第五話 ヴルスガルド
海峡の水面を右に見ながら俺たちは北上していく。海峡からは時折ザッパーンと大きな波飛沫をたてるなにかの音はするが、目をやった時にはもう何も見えない。飛沫の泡だけが残った状態だ。
光の加減にもよるだろうが、そのうちに見れれば良いなと思う。音の主はシーサーペントだろうかクラーケンだろうか、はたまた新しい魔獣だろうか胸が躍る。
そんな俺とは違い、肩に乗せたスーパーミニチュアホースのディザスターに夢中なのがビビだ。そう名前はディザスター(災厄)という名前を付けられた、小さくふわふわした白馬だ。愛称はディ。
他の召喚士について詳しくは知らないが、俺の召喚獣は三体ともビビと仲良しだ。ビビと仲が良いのは結構なことだが、知らない人に着いていくことがないか心配でならない。
ケットシーステップで風を切って走ることにもディーは臆することもなく、もっと早くと強請るくらいだ。馬の性がそうさせるのだろうか、将来が楽しみだ。
「それにしても、ミミの召喚の時間長くなったよね」
「そうだな、今じゃ半日召喚してても問題ないからな」
「もしかしたら出しっぱなしでも大丈夫なんじゃない?」
もしかしなくても大丈夫だとは思う、現に出立前はほぼ一日出してても大丈夫だった。
召喚を繰り返す度に時間が長くなったために、何度も繰り返し召喚してたのだから。
ただ如何せんサイゾーもユニも体長が大きく圧がある、だから地元以外では召喚は自重していた、目立ち過ぎるのだ。悪目立ちして良いことなんて何もない。
今回のディはサイゾーとユニと正反対の存在だ。だからといって欲しがる者が居ないというわけではない。寧ろ今まで欲しがると警戒していた者たちとは違う層に目を付けられる可能性が高い。こういう時はビビにそれとなく聞くのが一番だ。
「もしディを常時召喚していたら悪い奴らに狙われやすくなるんじゃないか?」
「村や町以外なら大丈夫!」
「ひひひん」「ひん」「ぶひひひん」「ひひひひん」
「ほら、ディも平気だって!」
ビビはディが言ったことをちゃんと理解しているのだろうか……。
「我の名はディザスター。かつて戦場を鮮血の海に変え、数多の騎士を屠り、ついた字は『首狩り』なり」
自分のことを首狩りなんて妄想を語ってる。その後もディは武勇伝を語っているがビビは「かわいい」「かっこいい」「すてき」だなんだと持ち上げるものだからディは更に饒舌になった。
「帰還」
「あっ、ディ!」
「ぶひひん!!」
最後にディは「鮮血の王を帰還させるだとっ!」とお怒りだった。
「ディの話、中盤のクライマックスだったのに……」
「俺はあまりに血なまぐさい話に、もうお腹いっぱいだ」
「あー、おやつの時間だ」
ビビはディを帰還させた事に思うところは無いらしく、あそこの木の下が良いと指差し向かったので、俺は後を追った。
「今日のおやつは楽しみにしていたピンクのリンゴ!」
はい。ミミのピンゴと言って小ぶりのリンゴを二つ手渡された。もうピンゴって名前つけてるのか。お礼を言って受け取る。
「おっ、美味いね」
「あの村の特産なんだって」
「そのリンゴで作ったジャムも美味しいって言ってた」
「なにー、買いに戻ろっか」
俺は胸を張り猫の額から出したジャムをビビに手渡した。
「食べきったら言って、五個づつ買ってる」
「さすがミミ!」
「この先海峡の奥から国が変わるから」
「海峡の名前にもなってるヴルスガルド王国だよね」
「海峡に挟まれた半島で、海峡が天然の防壁になってる。神の啓示から国を通過するのは自由になったそうだ」
「へー、太っ腹だね」
商人たちは国境なんて今じゃ飾りみたいなもんだと笑っていたが、ヴルスガルド王国があったから南西の国々は紛争にあまり関わらないでいられたのは事実だ。
子供たち以外にも神の啓示があったそうで、国同士の一切の紛争を当面禁止すると、今争ってる者たちは直ちに終戦することと啓示があったそうだ。
まあ、そんな啓示じゃ戦争は終われない。そんな紛争地帯に武器を持った者たちに天から雷が降り注ぎ、何度武器を持とうとしても雷が降り注いだそうだ。
それが世界中で起きた、攻め込んだ者は奥歯をギリギリと嚙み締め、攻め込まれていた者は安堵に包まれた。武器がなければ争っても良いだろうと曲解したある国の上層部は、武器無しで戦えと兵たちに命を下し全員雷に打たれてしまった。
色々な抜け道が探られたが、結局のところ国同士の争いがダメだと判明した。夫婦喧嘩や酔っぱらいの喧嘩などには、雷は一切降らなかったからだ。
そんなとき、ダンジョン街で食料や鉱物等がダンジョンでドロップするという報告が各国を巡った。各国首都に現れた一方通行の転送装置、いくつかの国では既に活用されているようだと末端の商人たちにも話は伝わった。
そんな商人たちから情報収集した俺たちは出遅れたことに感謝だなと、リンゴを齧りながら思った。
「このリンゴほんと美味いな」
「リンゴのピンゴだって」
そう笑って返すビビにそろそろ行こうかと声をかけた。
街道をケットシーステップで軽快に進みながら、今日の寝床について考える。このままだと野宿になるが、関所の町に辿り着ければ宿に泊まれるだろう。
俺たちは北上するほどに、大地の荒廃が目に付くようになっていった。大陸南西部はやはりヴルスガルドという巨大な『防波堤』が、大陸の争いの火をここで食い止めてきたのだと、その穏やかな景色が雄弁に語っていた。
何人も通さない鉄壁の関所門の北側が、通り抜けできるように解放されており、スムーズに人々が通り過ぎている。高々半年程度でこんなに世界が変わるのかと、入国審査の長蛇の列を見ながら、俺たちは列を避けて東に進路を変えた。
「海峡を越えたから此処からは東へ進むぞ」
「関所の外に、宿屋とかあるって聞いてたのにないね」
町らしきものは、関所を超えた先には確かに見えている。老若男女が、無骨ながらも整備された道を行き交っている。入国しないと駄目なら先を急ごうか。
「ミミ。関所抜けた先に屋台とかあるよ!」
少し先を行っているビビが大きくて手を振っている。そうか東側が解放されているのか。
「宿屋も食堂もなんでもありそうだな」
眼前に広がったのは最前線の駐屯地、兵士たちが寝食をしていた建物たちだろう。今や無用の長物と化した物たちが、違う形で活用されている。
そこで働く者たちは元兵士なのだろう、足がない者や腕のない者までもが働いている。それは悲壮感漂うものじゃなく、皆笑顔で生き生きとしている。この勇者たちに感謝を……。
「ビビ先に宿をとってしまおう」
「了解!」
ビシッと返事を返したビビは辺りを見回し、武器屋横の路地へ入って行った。路地を抜けた所に、一軒だけ看板を掲げている店があった。他にも建物はあるが、どうもまだ兵舎などに使われているようだ。
「ここがいい」
「それじゃ、受付けしようか」
ゴロンゴロンと鳴るドアを開けると目の前にカウンターがあり、右手は食堂とバーの立て看板があり左には二階へと上る階段だ。
「いらっしゃいませ。本日はご宿泊ですか?」
「二人だが空いてるか?」
「空いてますよ。五泊でも十泊でもしてくださいね。」
受付の女性は「宿屋ギャグです」と微笑みながら部屋の案内をしてくれた。思わず笑ってしまったが、これで三度目の宿屋ギャグ……。お約束というやつか。
案内中にトイレの場所やお湯と浴布の貸し出し、食事時間の説明があった。
「ふぅー、人心地ついたな」
「夕飯までちょっと露店を見よう」
「そうだな、此処でもポーションを売ってしまいたい」
受付けの女性に少し出てくると言い、露店へと繰り出した。ビビが直感でポーション買取りの良い店を選び、今は買い物中だ。するとビビが急に喋りだした。
「それってビビのこと~?」
まあ、また何かを見つけたか見つけられたかなんだろう。
「ミミに訊いてみるね」
そう言って振り向いたビビは、心なしか薄笑いを浮かべているように見える。嫌な予感がする……。
「ねえミミ、小さい神様が困ってるんだって、助けてあげる?」
「何の神様が何に困ってどう助けて欲しいって?」
「えっとね、盾の神様でこの国を守っているんだって。戦争が終わったでしょ、それで皆が盾の神様を崇めなくなって、神様は今は海峡からの攻撃を重点に防いでいたんだけど。信仰心が足りなくなってきてるからこのままじゃ守れなくなるから助けて欲しいって」
内容は良く解ったが、これはどうしたものか。ビビが翻訳者のようになる事は、今までもあった。大抵は神位が高く、俺じゃ発する言葉を理解できない。
なので助けたいのはやまやまだが、俺にそんな力があるのか? う~ん、どうするか……。
あっ、ビビの左目が光ってる……。
「ミミが歌って~、僕が躍るの」
ビビは満面の笑みだ。これはもう既に、神様との話し合いは終わっているのだろう。
「それで何を歌えば良いんだ?」
「この国で伝え続けられている詩があるんだって、それにミミが即興で曲付けて、歌って、僕が躍る」
「紙に書いて良いか?」
「本番では紙見ちゃだめだよ。それと信仰心を忘れるなって願ってね」
なかなか難しいことを言ってくれる、短時間で詩を憶えて曲を付けて歌えって……。
ビビの詩の朗読が始まったが、思った以上に長い。これを記憶し信仰心を忘れるなと願いながら歌うのか……。
「此処は歌うには適さないから、こっちこいだって」
暗記するのに必死な俺は、返事も曖昧に手を引かれ移動した。
「さあ、ミミ! ここが僕たちのステージだよ!」
そこは英雄たちを幾人も迎えた凱旋門の頂だった……。俺たちは入国しなかったが、ここからならヴルスガルトが一望できる。
「こんな所に上っても良いのか?」
「良いでしょ。アイギスがここから歌えって」
「アイギスが神様の名か」
「そう、お城の王の間にいるんだって」
遠く水平線に太陽が沈み始める。じゃあ、演るかとビビと目を合わせた。二人の金の目が光る……。
風が止み、海峡の波音さえも遠のいた……。
♪海の門に風が満ちる
光の盾よ、眠りより目覚めよ
我らの声を聞け、古き守り手
ヴルスガルドを包む永き腕よ
鋼の波が砕けても
我らの心は折れぬ
盾の神よ、我らの誓いを受けよ
この地に立つ限り、汝の名を掲げん
旅人よ、恐れるなかれ
汝の歩む道に盾の影あり
アイギスの加護、風に乗りて
海峡を越え、光の国へ♪
俺の歌声に答えるように、静かにビビのダンスステップが始まる。ビビには荘厳な曲調だと伝えてあるので、ステップも厳かであり力強くもあるものだ。
神様だけじゃない、戦争で亡くなった者、傷ついた者のことも忘れるな敬えと祈った。俺の歌声は風に乗り夕日に溶けていった。
傍らに目をやると、踊るビビの踏むステップから金色の波がザザザザと、国全体へ流れていくように見えた。
歌い終わり躍り終わった俺たちに、ヴルスガルトから大きな歓声が波のように押し寄せた。
「アイギス喜んでる。力が戻ってきてるって」
「そうか、それは良かった」
「ミミの歌、よかった!」
「ビビも良かったよ」
さて、怒られる前に宿に帰ってしまおう。
そう言って二人で笑いながら、オレンジ色に染まった路地を駆け抜けた。
この日、ヴルスガルドの盾は、たしかに息を吹き返した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。まだ三話なのに書ききった思いでいます。
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