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太閤の黄金  作者: 真魚
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終章 --目撃者のロンド再び 2

 ところで、この日は元和ならば二年の五月七日に当たった。


 同じ日の夕方、唐津の寺澤志摩守広高は居城の本丸に訳の分からない来客を迎えていた。


 真中で膝を揃えて神妙に坐っているのは、面識があるのかないのかよく分からない若そうなエゲレス人である。何故か膝の前に小汚い小さな木の樽を置いている。

 右後ろに按針様の通詞様が澄ました顔で控え、左後ろには、この頃、志摩守自身が元服させてやって家臣の熊澤某の娘と娶わせた松浦家の庶子、蔵人信正(くらんどのぶまさ)が鯱張っている。


 組み合わせからして何が何だかサッパリ分からない。


 この謎の三人組は、夕刻に蔵人信正所有の弁財船で城下の港を訪れるなり、按針様からの使いだと強弁して拝謁を申し出てきたのだ。


 志摩守はここ数日多忙を極めていた。

 平戸松浦の膝下で、きたるサン・ジョアン・バチスタの日に――元和ならば五月の十一日に駿河への反乱が企てられているという密告があったためである。

 志摩守はその日に合わせて先んじて平戸を攻め、大御所様亡きあとで混乱している駿河に事後承諾の形で報せて、松浦家の所領を併合しようと目論んでいた。もしも認められなかったら、今目の前にいる蔵人信正に家督を継がせて、唐津が後見すればよい。


 寺沢広高このとき五十二歳。

 永禄生まれで乱世を生きた唐津藩主に元和の偃武など関係ない。

 取れる所領があれば取る。

 それはもう本能だ。

 猫の前に秋刀魚を放置したら、秋刀魚を奪った猫が悪いのか? 

 否、猫に罪はない。

 むろん秋刀魚にもないが。

 そんな倫理観で生きている。VOC商館の若き海賊たちとは分かり合えそうな価値観である。


 目的の日まではあと四日。

 今は秘かに戦支度の正念場である。

 そのときにこの謎の来客ときた。


 志摩守は不機嫌さも露わに、とりあえずはミゲルに訊ねた。

「通詞殿、そなたの主君が暹羅から戻っていたとは、この忠次郎寡聞にして知らなんだが」

「志摩様、我が主は今もって暹羅に」

「しかし、そなた按針(あんじ)からの使いやと」

 志摩守は舌打ちしたくなった。

 この小生意気な朝鮮人(こまびと)はいつまで虎の威を借りているのだ? 

 大御所様が亡くなった今、この通詞にもエゲレス人どもにもへりくだる必要は何一つないのだ。いい加減思い知らせてやらねば。


 いっそこの場で手打ちにしてくれようか?


 志摩守が不穏なことを考えかけたとき、エゲレス人が不意に樽をひっくり返したかと思うと、中から何やら黄金色の塊を引っ張り出した。


 それは瓢箪だった。

 一抱えほどもある黄金色の瓢箪だ。


 志摩守は目を疑った。

「その瓢箪は――」


「志摩様、ご覧の通り、太閤様の馬印や」

 通訳が断言した。


 まさしくそれは馬印だった。

 大阪の落城以来失われていた太閤秀吉の馬印。

 千成瓢箪の頂を飾っていた純金製の大瓢箪である。


 志摩守は唇を戦慄かせた。

「御印は――琉球からか?」

 来客たちは答えなかった。

 志摩守は確信した。


 按針は先だって暹羅へ行こうとして琉球へ漂着した。

 そこで珍しい芋を手に入れて唐津にも届けてくれた。

 間違いない。

 あの噂は本当だったのだ。

 秀頼様は切支丹たちの援けで琉球へ逃れられた。


 そして。


 そして――?


 そこまで考えたところで、志摩守ははっとした。

 御馬印がこうして戻って来たということは、何を意味するのだ?

「――エゲレス人。答えよ。秀頼様は亡くなられたのか?」

 ミゲルが通訳するとイギリス人が頷いた。志摩守は掌で顔を覆った。

「然様か。秀頼様が――」

「志摩様――」

 ミゲルが声をかけた。

「この御馬印は志摩様の御手柄として駿河へ――あいや、江戸へとお届けくだされと、エゲレス人は申している。代わりに頼みがあると」

「何や」

「何卒平戸を攻めてくれるな、企てはみな肥前様に伝えて家中で裁かせる故、平戸を焼いてくれるなと」

「エゲレス人がそがん頼みば?」

 志摩守は呆気に取られて訊ねた。「何故や?」

 エゲレス人はしばらく考えてから、何度も練習してきたような難波言葉で答えた。


「あんな志摩様(シマシマ)、わいはあの津が好っきやさかい、燃やされとうないのや」



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