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太閤の黄金  作者: 真魚
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終章 ――目撃者のロンド再び 1


三日後の早朝である。


 EIC商館の年かさの通詞どん、通称ゴレザノは、川のほうから水鳥の羽音を聞いた気がして寝床から這いずり出た。


 そして母屋の前庭に奇妙なものを目にした。


 躑躅の植え込みの陰で腰をかがめた白い襦袢姿の女である。


 黒い巻き毛と弾むように肉感的な体つき。

 商館長の若い愛妾のマティンガである。


 ややあの女狐奴()、ついに尻尾を出しおったかとゴレザノは随喜した。


 この頃は母屋の於松様などと敬われているが、あの女は所詮女郎上がり、かぴたんに見初められる前には黒船の水夫と懇ろだったと評判だし、今も屋敷の若い者と不義密通の噂が絶えない。


ここはひとつ現場を押さえ、かぴたんをお呼びして間男ともども重ねて斬っていただこうではないか。



そんな具合に張り切って様子を窺っていると、マティンガが倉庫を眺めているのが分かった。

 早朝だというのに扉が開いている。

 すわ泥棒かと思いかけたとき、倉庫から、襦袢に羽織をひっかけただけの商館長が姿を現した。


 もしやかぴたんが新たな妾を引っ張りこんで、この女が悋気を起こしているのやろうか?

 もしそうなら俺が慰めてやるのもやぶさかではない。


 ゴレザノが期待に満ちて眺めるうちに、倉庫からひょろっと背の高い若い男が出てきた。


 エスクリヴォだ。

 白いシャツに黒い袴できちんと帽子を被った、珍しくまともな身形をしている。

どうも色恋沙汰ではないようだ。


 では一体何事か?


 よく見ようと足を進めるとマティンガに気づかれた。

 唇の前に指を立ててシーッとやられる。ゴレザノは不精不精従って腰をかがめた。マティンガは甘い薫りがした。ええいこの女狐奴が。

 商館長は腕に奇妙な包を持っていた。

 藁に包まれた大きな瓢箪だ。


 一体何やろうか?


 二人してごくりと息を飲む。その瞬間、エスクリヴォがちらりと植え込みを見た――ような気がした。


 危ない危ない。


 改めて息をひそめ直すと、商館長がおもむろに瓢箪から藁を剥がし始めた。

 現れたものは――


「あれは、太閤様ン?」

 ゴレザノが声を漏らした途端、マティンガが目を吊り上げて尻を抓ってきた。

 藁包の中身は瓢箪だった。

 一抱えもある黄金色の瓢箪だ。商館長の手つきからしてかなりの重さがあるようだ。

 間違いない。

 大阪から失われていたと評判の太閤様の馬印だ。


『さてエスクリヴォ、気を付けて運びなさい』

 商館長が――何故か――ポルトガル語で云った。ゴレザノは全身を耳にした。

『この品は先の皇帝の旗印だ。秀頼様もその息子も死んでしまった今、我々がこの品を隠し持っている意味はなくなった。此処においても危険なだけだから、唐津(クレイツ)志摩様(シマシマ)のところにこっそり届けるんだ』

『はい商館長。必ず届けます』

 エスクリヴォが――こちらも何故か――ポルトガル語で応え、黄金の瓢箪を受取ってボート乗り場へと下っていった。

『では頼んだよ二人とも。ミゲル、三之丞様(サンジェロ・サム)によろしく』

『はい商館長』


 下にはどうもミゲルまでいるらしい。

 おのれミゲルめとゴレザノはやっかんだ。商館長は植え込みの人影には気づかず――いかにも気づかないような足どりで母屋へ戻っていった。



 その背が屋内へ引っ込んだあとで、目撃者二人は同時に長いため息をついた。


「のう通詞どん、今ん話は――」

「於松どん、内密や。かぴたんが隠していらせられるのやけん、口が裂けても他言してはならぬ」

「そうやな。内密やな」

 マティンガが真剣な顔をして小指を差し出してくる。

指切りだ。

実に細い指だ。

 きゅっと小指を絡ませて頷き合った後でマティンガは母屋へ戻っていった。ゴレザノもさて戻ろうかと腰を伸ばしたとき、門のほうから強烈な視線を感じた。


 目を向ければ門番のペドロだった。矮鶏の餌らしい笊を手にして信じがたい何かを見るように瞠目している。ゴレザノははっとした。

「ペドロ、今んは」

「通詞どん、おいは何も見ておらん」門番はすさまじい勢いで首を横に振った。「於松様など見ておらん。指切りなど見ておらんっ」

「待て、ペドロ、話ば聞いてくれん!」

 ゴレザノはくれぐれも内密にと念を押して今見た事実を説明する他なかった。

秘密はそうしてその日のうちにEIC商館の殆どすべての使用人たちが知るところとなったのだった。



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