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太閤の黄金  作者: 真魚
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第四章 プロクラドールの密使 二

 前に乗っていたヘクター号で事務長と司厨長が船倉からこっそりラホール藍を持ちだす現場を見つけたのは本当だ。


 それは彼らの密輸品でも会社の船荷でもなく、「ナセルカーン」と呼ばれていた有力なアラビア人商人から預かっていた荷だった。イートンは抗議したが、事務長は笑って取り合わなかった。


 おいウィル坊や、預かり物だなんて大げさだな! 相手はムーア人じゃないか。


 そういって藍の一部を無理やりに押し付けてきた。イートンはその場では受け取り、機会があったら上の人間に報告しようと思って衣装櫃に収めていた。



 ところで、このヘクター号と言うのは、クローヴ号とトマス号という他の二隻と共に船団を組んで、イギリス東インド会社(EIC)が出資を募った第八次航海の一環としてジャワ島バンタムを目指していた船の一艘だった。イートンがこの船に事務長の助手として乗り組んだのは、旗艦のクローヴ号に同郷人の商人頭リチャード・コックスが乗っているためだった。

 同郷というのはごく微かな縁故だが、それでも何もないよりはいい。何とかして彼に気に入られる機会を伺っていたのは事実だ。


 転機は意外な形で訪れた。


 船団がバンタムに着いてすぐ、ヘクター号のシップ・マスターが、水夫たちを先導して会社に対して反乱を起こしたのだ。

 どうあってもうまく運ぶようには見えなかったため、イートンは黙って成り行きを見ていた。反乱は大した規模にはならずに取り押さえられ、シップ・マスターは自分の船のマストに鎖で繋がれた。その直後、船団の旗艦を務めるクローヴ号が、モルッカ諸島を経て日本へ渡ると決めて、他の船からの移乗者を募ってきたのだった。イートンは勿論応じた。

 香辛料の一大産たるモルッカ諸島でふんだんに丁子を仕入れた船は、その後、日本へ向かう途中で、給水のためにドイという無人島に寄港した。

 ドイ島は呪われた島だった。牽引の為に出したスキフボートが渦に巻き込こまれて若い商人二人がおぼれ死んだのを皮切りに、砲手が一人自分で伐り倒した椰子の幹に頭を割られて死に、クォーター・マスターも倒木で致命的な大怪我をした。

 海で死んだ者は水葬にするのが航海中の風習だが、陸の使者たちはみなあの無人島に埋葬された。イートンが船団司令官のジョン・セーリスと話す機会を得たのは、その島で幾度か行われた葬儀の後だった。


 司令官、お話したいことがあるのですが――


 そう声をかけたときの心の戦きを、イートンは今でもよく覚えている。

 ラホール藍の横領を伝えると、船団司令官は目を見開き、後で現物を持ってくるようにと命じた。その夜、手つかずの分け前を届けると芝居がかった口ぶりで誠実さを絶賛された。


 イートン、君は素晴らしいね! 君のように誠実な船乗りがこの世にいるとは思わなかったよ! 


 そうして渡したラホール藍が本来の所有者の元に――はるか遠いアラビアのナセルカーンの手許へ多少なりとも戻ったものか、生憎とイートンは知らない。その後、日本に着くと、船団司令官は藍の返礼にかイートンを商館の食料係に任命したのだった。



 あの流れに何も不誠実なところはない。

 俺はフェアにやったのだ。

 イートンは必死で自分にそう言い聞かせた。

 大体、あの怠惰な船乗り共は、いつまでああして厨房で無駄口を叩いているつもりなのだろう?

 いっそのことキャプテンたちに報告してしまいたい。

 罪状は喫煙だ。

 日本では禁制なのだから、報せたら罰さない訳にはいかないだろう。

 あんな連中はマストに繋がれて、背中の皮が剥けるまで杖で打たれてしまえばいいのだ。


 想像すると多少は愉快になった。

 しかし、あいにく母屋にキャプテンたちの姿はなかった。召使頭に訊ねると、コックスはオスターウィックを連れて豊後様の屋敷に上がっているのだという。コッピンデールは風邪で寝込んでいるらしい。外科医が呼ばれていたのはそのためなのかもしれない。それなら家鴨など炙っていないでせっせと瀉血に励んでいればいいのだ。



 くさくさした気分のまま自分の部屋へ向かうと、室内に意外な姿があった。ボーイのジョアンが火鉢に炭を入れる様子を、日本風の藍色の着物姿のハドソン少年が熱心に眺めているのだ。

イートンは一瞬躊躇ってから声をかけた。

「ハドソン、何をしているんだ?」

 途端、少年がびくりと顔を向ける。雀斑だらけの瘠せた顏に怯えが浮かんでいた。ジョアンが手を止めて顔を向け、背の後ろにハドソンを庇った。

「エスクリヴォ、リックは見ていた。今日学校ない。朝からジョアン見ている」

 ジョアンは愕くほど達者な英語を話した。ちょうど声替わりの最中なのかざらざらした掠れ声だ。イートンは呆気にとられた。

「ジョアン、随分また英語が上達したんだな!」

「リック教える。ジョアンも教える」

 ジョアンがハドソン少年――リックに笑いかける。並んでみると二人は随分サイズの差があった。ジョアンのほうが大分大きいようだ。イートンはふと気になって訊ねた。

「ハドソン――いや、リックでいいか?」

「は、はい」

「リックは幾つなんだ?」

「十歳です」

「ジョアンは?」

「十四」

 ジョアンが綺麗な発音で答えた。数字を優先的に覚えているらしい。イートンは嬉しくなった。

「二人ともしっかりやれよ。ジョアンは今日帰るのか?」

「ああ。春日に帰る」

「そうか。カメシャムによろしくな。これで土産でも買うといい」

 巾着から小銭を出して渡し、ついでにリックにも与える。大小二人の少年は並んで頭を下げてから、まるで仲の良い兄弟みたいに笑い合いながら部屋を出て行った。


 ――じょあん、飴買うか?

 ――飴は買わん。姉しゃまに何か買うてやる……


 少年たちはイートンには分からない言葉で楽しげに話し合っていた。イートンは激しい孤独を感じた。


 船乗りたちはもう俺を仲間に入れてくれない。

 商人たちは俺が死ぬまで本当の仲間にはしてくれないだろう。

 俺は独りだ。

 ずっと独りだ。

 そう思ったとき、唐突に心が定まった。


 俺は必ず六〇〇〇テールを手に入れてやる。その金を持ってヌエヴァ・エスパーニャに渡る。そこで一から人生をやり直すのだ。


 

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