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太閤の黄金  作者: 真魚
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第三章 難波の夢 六

 肥前守が帰還してから五日後、イギリス人の小船団が平戸を発っていった。

 乗り組んでいるのはアダムスとコッピンデール、ウィッカムとイートン、通訳のミゲルと従者のトメである。他に何人かのホジアンダー号の高級船員も、これから宮廷に伺候するコッピンデールの随員として同行した。



 平戸から唐津、下関、牛窓を経て、一行は一週間後に大阪の砂洲を目にした。


「やあ、これが本当に三ヵ月前まで包囲戦の行われていた町なのかい?」と、コッピンデールが感嘆した。「実に大きな港じゃないか! まるでアユタヤみたいだ」

「最盛期ならきっとアユタヤ以上でしたよ」と、イートンは誇らかに答えた。「大阪はね、ご覧の通り河口の港なんですよ。自然の法の定めた港ってことです。地上にテムズが流れる限りロンドンが滅びないように、川がある限り大阪は滅びません。何と燃え尽きようとも、不死鳥みたいに灰の底から甦って来る筈です」

 事実大阪は甦ろうとしていた。川上の城は焼け落ち、家屋敷も多くが灰燼に帰してはいるものの、遠浅の湾には林のように帆柱が乱立して、隙間の僅かな水面を、艀や小早が忙しなく漕ぎまわっていた。


 小船団が錨を降ろすと、葵の紋の幟を立てた奉行所の小早がすぐさま漕ぎ寄せ、イギリス人たちを中洲島の奉行所まで運んでいった。

 此処で面倒な事実が発覚した。

「奉行の話では、大御所様も将軍様ももう東へ発ってしまったそうだ」と、ミゲルが不機嫌に通訳した。「按針様はすぐに追いかけてこいと命令していったそうだ。馬は手配してくれる」

「ここからは陸路なんだね。なあミスター・イートン、献上品はみな馬で運べるだろうか?」

「難しいでしょうね」

 大阪に着いた途端、イートンは俄かに忙しくなった。まずはコッピンデールの献上品を運ぶ駿河行きの船の手配だ。次に倉庫を借り受けて鉛を陸揚げする。次いで真っ先にやることは堺の佐兵衛殿への挨拶だ。慌ただしくバタバタやっている間にアダムスとコッピンデールが謁見を済ませて駿河から戻ってきてしまった。



 葵の紋を掲げた艀で宿主(ホスト)の屋敷へ送り届けられてきたときから、アダムスはあからさまに不機嫌だった。最低限の挨拶を済ませるなり、怯えてへりくだる宿主を後目に母屋の奥に調えられた部屋へと引っ込んでしまった。

 寵臣としての立場と影響力を弁えて目下のものには親切なアダムスには珍しい態度だ。イートンはコッピンデールに訊ねた。

「キャプテン・コッピンデール、ダミアンとリエヴァノの釈放が上手くいかなかったのですか?」

「いや、そちらは問題なさそうだよ」

「では、例のヌエヴァ・エスパーニャ船のことで何か?」

「いや、そっちも問題は無さそうなんだが――」コッピンデールが気まずそうに答えた。「どうも、彼の友人の日本人が商品を横領していたらしくてね。ミスター・ウィッカムとその問題で衝突しているんだ」

「まさか、三雲屋殿ですか?」

「君も知っているのかい?」

「知っているも何も、三雲屋殿には私が大阪から商品を送ったのです。夏の包囲戦の戦禍を避けるために。その品をミスター・ウィッカムが平戸へ持ち帰ってきたのですが――」

 イートンが敢えて言葉を濁すと、コッピンデールが僅かに眉をあげた。

「ミスター・イートン、年長者として忠告しておくが、それ以上は口にしないほうがいい。ミスター・ウィッカムは我らが総裁サー・トマス・スマイスと個人的な面識があるそうだからね」

「彼の今の地位からして、ごく親しい友人というほどでもないと思いますが?」

 つい敵意をむき出しにして切り返すとコッピンデールが目を見開き、喉を震わせて笑った。「君は意外と手厳しいねえ! 私も同感だが、あれだけ公言している以上、サー・トマスにじかに手紙を書ける立場であることだけは嘘ではないのだろう。これ以上この問題に首を突っ込まないほうがいい。君のような立場の者は特にね」

「私のような、ですか?」

「ああ」コッピンデールが頷いて目を逸らした。「侮辱するつもりはないが、君は元々ヘクター号の事務長(パーサー)の助手だったのだろう? そこから商館の食料係を経て、キャプテン・コックスの後押しで商人に昇格したと聞く」

「――私の昇格は、キャプテン・コックスの独断ではなく、船団司令官(ジェネラル)ジョン・セーリスも認めたことですが」

「そうだね。それは聞いている。しかし、あらゆる人間がその決定を好意的に受け止めている訳じゃないんだ。だから黙っていなさい。君をあんなに引き立てているキャプテン・コックスのためにもね。実際の君を見れば、純粋に能力のための昇進だったことは分かるよ。しかしね、年輩の男が少年を――二年前の君のような年頃の若者を特別扱いしたとなると、色々下世話な憶測をめぐらす輩もいるんだ。此処は黙っているのが分別あるやり方だよ」

 コッピンデールは幼い子供を諭すような口調で云い、不意に思い出したように掌を打ち合わせた。「そういえばミスター・イートン、平戸には胡椒と蝋の在庫はあるかな?」

「ええ、どちらもふんだんに」

 イートンは心の中のわだかまり無視して答えた。「もしかして、ヌエヴァ・エスパーニャ船からの注文ですか?」

「御名答。胡椒一〇〇袋と蝋を六十五バーレル、平戸から大至急取り寄せて江戸(イェド)へ送って欲しいと、ミスター・ウィッカムから言付かってきた。君ならできるだろうからできれば年内に、だそうだ。引き受けて貰えるかな?」

「ええ勿論ですキャプテン」イートンは笑顔を拵えて答えた。「勿論、喜んでお引き受けしますとも」

「年内にかい? 本当に君は素晴らしいな!」

 コッピンデールがほっとしたように笑って背中を叩いてきた。イートンは激しい怒りを感じた。コッピンデールにも腹が立ったしウィッカムにも腹が立った。何よりも自分自身に腹が立って仕方がなかった。


 俺はこれから死ぬまでずっと見下され続けるのか?

 生まれつき金を持っていた奴らに、二本足で歩く犬みたいに扱われ続けるのか?


 そう思うと惨めで堪らなかった。

 

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