第三章 難波の夢 二
さて、ウィッカムが帰ってきた日の昼、イギリス人たちは全員が商館のダイニングルームに集って正餐のテーブルを囲んだ。献立は賄い方が大量に作り置きしていった甘藷の煮つけと、とっておきの朱欒の砂糖漬けだ。
「それでは乾杯! 誉れある会社とイギリス国王に!」
「誉れある会社とイギリス国王に!」
決まり文句で乾杯し、銀鍍金のゴブレットで麦焼酎の水割りを乾したあとで、ウィッカムが憂鬱そうに切り出した。
「ミスター・イートン、悪い報せがあるんだ。君がキャプテン・アダムスの名で江戸の宿主に送ったという在庫の件なんだが――」
「え、まさか届きませんでしたか?」
「いや、届いたよ。届きはしたんだが、私が受け取って持ち帰って来られたのは半分だけなんだよ。どうも残りの半分あの欲深な原住民に横領されちまったようなんだ」
「横領? 三雲屋殿が?」
イートンがぎょっとして問い返すのとほぼ同時に、コックスの右側に坐って甘藷に取り掛かろうとしていたアダムスが手を止め、剣呑な眼つきでウィッカムを睨みつけた。
「ミスター・ウィッカム、今のは聞き捨てならないな。あんたは私の友人が、私の名で預けられた商品を掠め取ったといいたいのか?」
「現に品が半分しかない以上、そう考えるしかないだろ?」
「いや、もうひとつ考えられるだろう」
「どのような?」
「状況を整理するぞ。まず、イートンが大阪から三雲屋に在庫を送った。三雲屋は江戸でうけとってあんたに渡した。平戸へ運んでくる間にその品が半分になった。なあリチャード・ウィッカム、この流れでどうして犯人が三雲屋だと言い切れるんだ?」
「では、あなたはそこの若い元・食料係が会社の品を横領したと?」
ウィッカムがちらりとイートンを見る。イートンは何とか無表情を保った。大型船の事務長の助手から商館の食料係を経て平戸で商人に昇格したというイートンの経歴は異色である。ウィッカムの隣に座ったエド・セーリスが感じの悪い含み笑いを浮かべている。アダムスは僅かに眉をあげた。
「ああ、勿論その可能性もあるな。それからもう一つの可能性も」
「――キャプテン・アダムス、貴方はこの私を疑うと?」
「疑わない理由が何かあるのか?」
「その侮辱は聞き捨てならないな。私は誉れある会社の総裁たるサー・トマス・スマイスと個人的な面識があるんだ」
「ほほうサー・トマスと。そいつは大したもんだなあ! じゃ、何でまたあんたは一介の平商人なんだ?」
アダムスの揶揄にウィッカムが顔色を変える。その手がナイフに伸びかけたとき、コックスが慌てて叫んだ。
「ウィル、そのナイフ片付けてくれ!」
「はい商館長!」
イートンがナイフを回収したタイミングでコックスが掌を打ち合わせる。
「おいおい二人とも落ち着いてくれたまえよ、たまの再会だっていうのにイギリス人同士で殺し合いをするつもりかい?」
「しかし旦那、三雲屋は信用できる商人なんだぜ? 奴がこの俺の名で預けられた品を掠め取る筈がねえ」
「勿論分かっているって。按針様の名で預けられた品を横領するほど浅はかな商人が日本に存在するはずがない」
「だろう? だから犯人は」
「そこを決めつけるのはまだ早いよ。落城からまだ二ヵ月だ。単にまだ届いていないだけかもしれない。ミスター・イートン、君は大阪に戻ったら商品を託した廻船業者を片っ端から当たるんだ」
「はい商館長」
「ミスター・ウィッカムも、江戸で念のためもう一度三雲屋殿に確かめてみてほしい。他の船荷に紛れているって可能性もあるからね」
「ええ商館長。私もそうであってくれることを願いますよ」
ウィッカムが澄まして口を拭う。アダムスはその顔を不愉快そうに睨んでいたが、じきにため息をついて頷いた。
「分かったよ。此処は旦那の顔を立てよう。だがひとつ条件がある」
「なんだい?」
「ウィッカムが江戸へ戻るときはミゲルも連れていけ」
「あの通訳を? 構いませんよ」ウィッカムが小馬鹿にしたように答えてゴブレットの中身を干した。イートンはその喉にナイフを突き立ててやりたい衝動を必死で堪えた。
犯人は勿論この男に決まっている。
俺が怯える召使たちを叱咤激励して包ませたあの美しい布類は、この浅薄な男の小遣い銭になったのだ。
金だ。
すべてが金だ!




