采配を握る
「あの……いいんですか? 私たちだけ」
「んー? どうかしたのアザリアー?」
昼食後、テオとチャロはいつものように食料品店が立ち並ぶ通りへおつかいに行き、夕飯の食材とお菓子を買ってきた。
2人は毎日、お菓子をどっさり買って帰る。おおかた、チャロがねだっているのだろう。
門を施錠する時間とともに1日の仕事を終えた役人たちは、夕食前の一服と称して『控えの間』でカスタードパイを味わっていた。カサンドラが淹れてくれた紅茶の香りが湯気に溶けて漂い、彼らの疲れを癒してくれる。
アザリアは不安げな薄紫の瞳を動かして、ちらりとオスティンたちの様子を探る。
「私たちはパイなのに、お2人は別のものなので……」
オスティンたちは少し離れた場所で違うお菓子を手にしていた。極東の島国・オークニの伝統的な焼き菓子で、センベイというらしい。明らかに堅そうなそれを、砂糖なしの紅茶と共に食べている。彼の傍らでカサンドラも同じものを口に含んでいた。
ボリボリという咀嚼の音が聞こえてきそうである。あの2人のイメージを崩しかねなくて怖い。
「それでいいんだ。気にするな」
「でも……」
「ちょーかんは甘いものがお嫌いなんだ。一口食べただけでも胸やけがするとか言ってたぜ」
「お嬢も、どちらかというと辛い方がお好きなんですよ。無理に統一するよりも、こちらの方が気楽ですし」
彼らと一番つき合いが長そうなテオが言うのだ、今までずっと続いてきた方針なのだろう。
だからって離れて食べなくても…………と思うが、これも理由あってのことだろう。新入りのアザリアがうるさく突いても仕方がない。
ふとオスティンの指先がカサンドラを掠めた。彼女の顔に張りついていたらしいセンベイの欠片を、地に降り立った鳩にやる。
仲がいいな。アザリアも、あんな風にかつての異母兄を慕えていたら。
心が暗くなる。アザリアはブンブンと首を振った。
自分はもう異母兄とは関係がなくなったのだ。気にかける必要はない。
邪念を消し、再び彼らを目で追う。
いったい何をしゃべっているのだろう。
美男美女の組み合わせはものすごく魅了される。アザリアは釘付けになっていた。
そして、発見した。
――――あれ?
2人の耳を飾る、雫型のピアス。ガラス玉か、本物の宝石か。
どちらも片耳のみにつけている。お揃いなのだろうか。
「テオさん。オスティンさんとカサンドラさんって、ご兄妹なのですか?」
「はい? なんでそんなことを」
アザリアは2人のピアスについて話した。
言われてみれば……と、ウォーデンとノエル、チャロも頷く。
「まったく一緒だよなあ。気づかなかった」
「でもテオ、あの2人ちっとも似てないよ?」
確かに2人は美しい。並んでいる光景はもはや絵物語だ。検問所と門を行き来するだけで、人々が足を止める。見目麗しいカサンドラと秀麗な長官はちょっとした名物だったりするのだ。
だが誰も兄妹とは思わないだろう。まとう雰囲気も違うし、そんな関係もまったくうかがえない。
「オスティン長官のはね、貰い物なんですよ」
歯切れの悪い、含みのある答え方だった。それを隠すようにテオは重ねる。
「お嬢にはお兄さんがいらっしゃいましてね。その方から頂いたんですよ」
「お兄さん!?」
アザリアだけでなくウォーデンたちも初耳だったようで、目をしばたく。
「サーシャに? ほんと? テオ」
「ええ」
彼らさえ知らなかったということは、テオとオスティン以外、彼女の兄と顔を合わせた役人はいないのか。
「マジすか、テオさん。ってことは、その人も美形だったんだろーな」
「うーん。どうでしょう……」
ホッとした表情のテオが苦笑する。
「似てるといえばそうかもしれませんが、お嬢と並べたらとなると…………とてもあの子の兄とは信じがたいですね」
アザリアはカサンドラの兄を思い描いてみる。彼女とおんなじ鮮やかな紅髪、整った容貌。けれど少し硬質さがあって、眼差しも力強く鋭い……。
いったいどんな人か、会いたくなった。
勝手に作り出した面影がなんとなく長官と重なり、アザリアは話題の男女を見直す。
こちらの会話など耳に入らない2人は、聞き取りづらい声音で言葉を交えている。なんてことないはずなのに、妙に艶っぽい。
「似合いだよなぁ、あの2人」
俺もああいう美人を捕まえてイチャコラしたいぜ。恨めしさを込めてウォーデンが呟くと、横から「無理だろ」とノエルが一蹴する。
「なんでだよノエル」
「デンさんはあらゆる方向でダメだ。長官ほどの魅力もない。それと賭博、まだ続けてるって?」
「あほかお前!」
ウォーデンが容赦なくノエルの頭を叩いた。
「ちょーかんのいるトコで声に出すなよ! あの人、ほんと厳しいんだって!」
「オスティン長官のことですから、泳がせていそうですね」
テオが脅しに近い口を挟む。
「だったらオレ、叩かれ損だな」
「許せノエル」
「明日オレの当番もデンさんがやってくれるって言うなら」
「デンさん。ついでに僕の当番も変わってよー」
「…………チャロ。『ついで』じゃねーよ」
軽口を叩き、笑い出すウォーデンたちが微笑ましく、アザリアの口元がほころぶ。
突然、激しい風が吹き抜けた。
今日は風が強い。紅茶の表面が細かく波立つ。驚いて手がブレてしまい、カップから熱い液体が零れた。
「あっつ!」
「よそ見すんなよアザリア。見ろよ、アレ」
「ふえっ?」
アザリアはウォーデンの指差す先へ咄嗟に顔を上げる。
一瞬にして、火傷の痛みが吹っ飛んだ。
彼女の長い髪をオスティンの手が軽く押さえていた。風のせいで巻き上がった乱れを梳き、撫で下ろる。カサンドラのほっそりした指が彼の手首に絡んだ。
カサンドラを見下ろす眼差しがとても優しい。きっと彼女も同じ瞳で彼を見上げているのだろう。
恥ずかしくなって、アザリアはうつむく。
ウォーデンとノエルをちらりと盗み見れば、鼻白んでいた。
「アレで本当に何もないんだから、おかしいよな」
「ノエルも思ってたか。もどかしいんだよ毎日毎日。くっつきそうでくっつかなくてさ。ままごと遊びかよチクショー」
「仲がいいなら充分じゃないですか」
さりげなくチャロの耳を塞ぎつつ、テオがなだめる。
彼らを冷やかしてしばらくの後、オスティンが立ち上がった。カサンドラを置いてアザリアたちのところへ来る。
もしかして筒抜けだったのだろうか。
アザリアの考えを裏切り、オスティンは5人の前を通り過ぎた。呆気に取られたウォーデンがその背中を呼び止める。
「よっ。ちょーかん。どうでしたか、美女との密談は。見ててイラッときました」
「押しつけられた」
むすっと明らかに不機嫌な長官。
「は?」
「嘘っぽいマジュリートの薬屋を取り締まったろう。今から代官のところへ行って、状況報告をすることになった」
検問所絡みで派手な事件が起こったら、代官に報告せねばならないのがトゥルネイのルールだ。報告する役人は事件の後始末をした者と決まっている。
昼間のマジュリート商人の件はカサンドラが片付けたのだから、彼女が報告すべきである。しかし。
「久しぶりに運動したから疲れたのだと」
要は面倒がられたらしい。
先ほどの態度とは打って変わって、ウォーデンが可哀想なものを見つけた目を寄越す。
「ああ……そりゃ…………お疲れなことで」
「まったくだ」
うだうだ愚痴るが、断らなかった長官が悪い。断れなかった、というべきか。
役人ならばみんな周知のことだが、長官はカサンドラにとことん弱い。他の部下だとあっさり切り捨てる頼み事でも、カサンドラに求められたらたいてい応じる。
これも【薄明の女神】といわしめる能力のせいか、はたまた長官の惚れた弱みか。いずれにせよ、検問所の真の支配者は彼女である。




