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トゥルネイ検問所の長い一日  作者: 惟織
第2話 新米役人かく語りき
16/16

長官のお手並み

加筆修正したものを再掲しました。




 本当に、不思議な人だと思う。



 晩ご飯が出来上がるまでの間、アザリアは検問所の建物の裏で剣の稽古を受けることになった。指南してくれるのはウォーデンとノエルである。


「うっし。やるか。アザリア。仕事で疲れただろーが、手を抜くなよ」


 剣幅の太い長剣を肩に担ぎ、片方の手を腰に当てるウォーデンはいつもより勇ましい。


「はいっ」


 アザリアは意気込む。


 初心者なのでいきなり真剣というわけにもいかず、アザリアは昔ウォーデンが使っていたという木剣を貸してもらった。


 元はさぞかし光沢の載っていたろう木刀は傷だらけで、年月を感じさせる。これを一所懸命に振って身体を鍛えていたウォーデンが容易に想像できた。

 ノエルに渡されたそれを1人で持ち上げようとして、アザリアは目を丸くした。


「う、わ……重いですね」


 ただ樹を切ってそれらしい形にしただけの模造剣だと思ったら、大間違いだった。握った途端、両腕にかかった重みにふらついてしまう。


「おいおい。無理すんなよ、お前」

「だ、だいじょうぶ…………(おも)……」


 とうとう転びそうになり、木剣を取り落としてしまった。ハラハラと見守っていたウォーデンは、予想通りの結果に呆れ果てる。


「ほら言わんこっちゃねぇ」


 自分が情けなく、アザリアは頬を赤らめる。ノエルの無感情な視線が痛い。


「す、すみません」

「こっちも悪かったよ。いきなり素振りから始めようとしたらダメだよな」


 そんな体格じゃあな、とウォーデンはアザリアの腕を指差す。筋肉すらついているのか、怪しいくらいの細腕だ。


「まず2、3日は持てるところから頑張ろうな。稽古はあとだ」

「ありがとうございます」


 なるべく早く期待に応えようと、木剣を拾い上げるアザリア。すでに腕はだるいが、こんな程度でへこたれていてはダメだ。


「そういえばオスティンさんは、武器を使わないんですか?」


 やっとこさ剣を持ち上げ、足元を危なっかしくふらつかせながらアザリアは尋ねてみた。


 オスティンは検問所の長官だ。役人兼用心棒をこの2人に任せているとしても、それなりの武術はたしなんでいるべきだろう。カサンドラだって、自分を愛用しているというのに。


 けれど彼自身が武器を忍ばせている様子や、乱闘騒ぎに強そう、というイメージはない。口喧嘩なら誰にも負けなさそうだが。


 稽古とは関係のない質問をしたせいか、ウォーデンはをきょとんとする。そして「あー……そうだな」と曖昧な返事をよこした。


「使わないというか、『使えない』だな。あの人の言葉を借りるなら」


 珍しくノエルが応えてくれた。検問所の役人の中でも、彼は口数が少ない。しかも彼の傍には話好きのウォーデンがいるから、余計にだ。


 だからその張りのある声を聞いた時、肩が跳ねてしまったのだ。

 ノエルはアザリアの怯えたような反応を、いささか気に留めた風に一瞥(いちべつ)する。


「剣とか棍棒とか、そんな重苦しいものをいちいち持ち歩くなんて面倒臭い。あの人はそういう性格だからな」


 しかしさほど傷ついてはいないようで、彼は淡々と続けた。次いでウォーデンが相棒の言葉を補うように入る。


「まーでも、だからってちょーかんが弱っちいということにはならねーぞ。あの人が本気出せば、最悪『(ウラ)』の連中は皆……」


 そこで会話が途切れた。


 折良く話題の主が姿を現したからだ。年というほどでもないだろうに、休みたそうに腰をポンポンと叩きながら。


「やっと終わった。そっちはどうだ、順調にやっているか」

「おっ、ちょーかん。よくぞナイスタイミングに来てくれた」

「…………は?」


 あからさまに面倒臭そうな顔を上げる長官。


「アザリアがどうしてもちょーかんの実力を見たいんだってよ。俺たちみたいに武器のないちょーかんが、本当に戦えんのかって」

「ウォーデンさんっ。私、そこまで言って……」

「でも見たいんだろ?」


 確かに。機会があるならぜひ見たい。けど彼ははるばるトゥルネイの代官の館まで報告しに行った直後なのだ。昼間も誰よりも働いていたし、疲れ果てているに違いない。


 案の定、オスティンは形相を怖くした。


「お前たち……。仕事が終わってへとへとの上司を労わるでもなく、まだこき使う気か……」

「こんくらいの体力はあるでしょー? 若いんだし」

「お前たちよりは年寄りだ」


 軽い問答(もんどう)の中に気になるところがあったので、オスティンに何歳か尋ねてみると、26だと返された。

 意外だった。見た目はもっと若いから。


「何だその反応は」


 オスティンはあんぐりと口を開けたアザリアを睨む。


「い、いえ………。私より10近く上だなんて思えなくて……」


 若々しいですねと言ったつもりが、悪くとられてしまった。オスティンが不満げに口元をひん曲げる。


「失礼な。俺はお前が思っているよりも人生経験が豊富だというのに」

「そりゃ、長官とアザリアでは違いすぎるでしょうね……」


 かたや検問所に人生を捧げたような男と、妾腹といえ恵まれた環境で育ったアザリアだ。どちらが波乱万丈な日々を送ってきたかといえば、間違いなくこの男である。


「ほらほら、やっちゃいなって。上司の力を新米に見せつけないとナメられますよー?」

「…………新米でもないお前たちが一番ナメているように思えるが?」


 オスティンとウォーデンの目線が重なり、どちらともなく距離をとる。軽やかな雰囲気は消え去り、ある種の緊迫感がひしめいていた。


 オスティンがくいっと顎を上げれば、それが合図。


 長剣を構えたウォーデンがオスティンに突進した。

 ウォーデンの動きは素早く、(またた)く間にオスティンとの距離を詰めた。かと思えば、長剣は刃風(はかぜ)と共に振り下ろされていて。


 丸腰相手なのに、手加減がまるでない。あんなのをまともに食らったら、死んでしまうではないか。


「ッ! ウォーデンさ――――!?」


 アザリアは叫んだが、それよりも先にオスティンは地を蹴ってウォーデンの一撃を避けた。長剣は勢いを殺せず、持ち主ごと地面に倒れかかる。


 ウォーデンの動きが鈍った途端、彼の全身がふわりと浮き上がった。宙に一回転する巨体の下には、いささか不釣り合いな細身の青年が。自分よりずっと太い腕を引きつけていた。


 息をつく間もない一瞬のうちに、ウォーデンは地面に叩きつけられていた。鈍い打音がアザリアの耳の奥で潰れる。


「がっ……――――っ」


 背中に走る衝撃、痺れるような痛みに(うめ)くウォーデンの姿など気にもせず、オスティンは彼の右腕を踏みつけた。


「あまり上司に盾突くとこういう目に遭う。覚えておけ」


 若葉色の透き通った瞳は冷たく笑っている。

 アザリアは、唖然とするしかなかった。


「背負い投げ……」


 腕を組んでその場を見守っていたノエルも、絶句している。

 2人とも、目の前で何が起こったか、すぐには理解できなかったのだ。


「ど、どうして……。武器もないのに……」


 本気で痛がっているウォーデンから足を退()け、オスティンはバツが悪そうに後頭部に手をやった。


「俺も昔はどうしようもないクソガキでな。毎日自分より図体のデカい奴と喧嘩していたんだ。荒くれ者ばかり相手にしていて、時には二刀流の大男と丸腰でやり合ったこともある。それで鍛えられたんだろうな。逆に武器を持つ方がやりにくい」

「へぇ……今とはすごい違いですね。今のオスティンさんはとても優しくて紳士的だから、想像できません」


 アザリアの呟きに役人たちの動きが止まった。


「はぁっ? 紳士ぃ?」

「アザリア。考え直せ。考え直した上で長官を見ろ。どこにそんな要素がある」


 ウォーデンとノエルが頭から否定しにかかる。ところが不幸にも、オスティンから恩を受けて以来、彼を尊敬しているアザリアには効かない。


「アザリア………」


 一方この青年は逆の意味で震えていた。


 アザリアの両手をガシッと包み、若葉色の虹彩を華やがせて。オスティンは義弟(おとうと)を引き寄せる。


「お前を俺の引継ぎにしてやる。俺の任期が終わったら、次はお前が長官だ。そうなるように段取りをつけておこう。お前のような逸材が街を護ってくれれば、思い残すことはない」

「ちょ、あの、オスティンさんっ?」

「ちょっと待てコラ――――!! いい気になるんじゃねーよ、ちょーかん!」


 オスティンは外野の(わめ)きなど気にもならないほど、いたく感動していた。





 賑やかな情景を、物陰から盗み見る影が3つ。


「…………お嬢。なんだか良い雰囲気になってるんですが。入っていいものでしょうか」

「みんな楽しそうでずるいー。僕も入りたい!」

「あらあらチャロ君。ご飯の時間ですよ。あの方たちはほっといて、先にいただきましょうか」


 すでに夕食の支度を終えたのに、戻ってこないと思っていたら。盛り上がっていたのか。


 せっかくアザリアが役人たちと打ち解けつつあるのに、水を差すのは悪いだろう。

 テオとカサンドラは、ともすれば飛び出しそうなチャロの手を片方ずつ繋ぎ、検問所の中へと引き返す。


「オスティン長官もずいぶん明るくなりましたね」

「ええ。ほんとに」

「このまま持ち直してくれればいいのですが」

「なになにー? 何の話?」

「ふふふ。チャロ君。…………秘密ですよ」


 彼らの影が薄くなり、紅い夕闇が暗さを帯びる。店じまいした大通りの商家や家々の窓辺にぶら下げられたカンテラは、検問所から見るとまるで火の精が踊っているよう。


 街灯番が通り沿いに立つ街灯によじ登り、ロウソクを灯した燭台(しょくだい)をくべている。皆が目静まるひと時にも活気を求めるトゥルネイでは、見慣れた光景だ。


 こうしてトゥルネイの夜は深まりゆく。





これにて第二話、完です。


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