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トゥルネイ検問所の長い一日  作者: 惟織
第2話 新米役人かく語りき
13/16

不思議な人


 不思議な人。それが彼に対するアザリアの印象だった。仕事にまじめで、厳しいけれど、「偽造する」とか平気で言ってのけるし、アザリアのために代官を通じてトゥルネイ伯とかけ合って、検問所の臨時採用の職を与えさえしてくれた。


 しかもどう説得したのか彼…………オスティンは代官を交えてハウゼンスタイン家と対面し、アザリアの身の上について話し合ったそうだ。案の定、罪を犯した人間はハウゼンスタイン家にふさわしくないと、兄が一方的に絶縁を申し出たらしい。


 境界を侵し、実家にも見放され、今度こそ牢屋行き……。血の気を引かせるアザリアをオスティンがなだめ、こう言ってきたのだ。


『そこでだ。お前、縁組を組んでみないか』


 ソフィアの者と縁組になったら、ソフィア人となることができ、簡単な手続きでトゥルネイ検問所に雇ってもらえる。ついでに投獄に替えて罪を償える。

 居場所ができる。


 即答した。すがる思いでお願いした。そしたら彼は満足そうにうなずき、丸められていた羊皮紙の留め紐を解いたのだ。


『じゃあここにサインしろ』


 広げられた紙面は、ほとんどが文字で埋め尽くされていた。

 どう見てもそれはオスティンの義理の弟になるという文書で。異母兄の(ハン)も了承の形で押されていた。信じられなくて、言葉が出なくて。目が何度も文書と彼の間を行ったり来たりした。


 ぴたりと目が合えば、オスティンが無言でうなずく。なぜだかとても胸が暖かくなり、ぼんやりと夢うつつの心地でアザリアはペンを取ったのだった。



 オスティンと縁組を結んだことでソフィア王国――――トゥルネイの市民権を得た。このことは、すごく感謝している。

 アザリアはもうハウゼンスタイン(せい)ではない。オスティンの姓をもらってアザリア・フローレになった。オスティン自身も『もらい物の苗字』だと言っていたから、彼も誰かと縁組を組んだのだろうか。尋ねてみたかったけれど、話したくなさそうだったので我慢した。




*******




 アザリアの身元の整理に奔走(ほんそう)した翌日の午後、早速彼のマジュリート語が活躍した。

 今、彼を介して北の大国マジュリートからやってきた商人と、オスティンとが対峙している状態だ。もうかれこれ半時間以上、両者一歩も引かぬ舌戦が繰り広げられている。


「だから何度も言っているだろう。ケシは持ち込んじゃいけない商品なんだ。もし売るつもりなら罰金とあわせて独房行きだ。分かったならさっさと引き返せ――――」

「ちょ、ちょっと待って下さいオスティンさん! まず伝えますから!」


 まったく耳慣れない言語をやかましく述べ立てては、いろんな植物を手に取って見せる商人をオスティンが冷たく切り捨てる。そこにアザリアの通訳がほとんど追いつけていないのに、会話の内容自体はどうしてか噛み合っているのだから驚きだ。本当は互いの言葉を知っているのではないかと、アザリアは頭の片隅で疑う。


「すみません。整理したいのでもう一度言っていただけますか?」

「クララは精神錯乱の毒だ。これを使った犯罪が昔続出して禁止されている。ベラドンナも神経毒で下手をしたら死ぬ。目を開く作用があるから、娼館の女が今でもこっそり使ってるらしいがな。下手すると見えなくなる…………こいつ、『(ウラ)』とかかわっているんじゃないだろうな?」

「う、裏? し、知りませんけど……」


 禁制品、という国内外への持ち込みと持ち出しが禁止されている商品がある。それは特産品の劣化を避けるためであったり、危険物が出回らないよう規制したりする目的で指定されている。マジュリート商人が売ろうとしていた植物は毒性を含んでいるので、その規制に引っかかったのだ。――――本人は、あくまでも薬草だと訴えているが。


 アザリアがオスティンの過激すぎる発言をいくぶん柔らかくして翻訳し、それに対するマジュリート商人の応答を伝える。


「じゃあ注意された商品は、この街を出るまで預かってもらう。でも別の植物なら売っても構わないだろうと言っています」


 どう説得しようと、オスティンは石のまま。長官のこの態度だと、何があっても通さないつもりだ。


「別の? ハッ。どうせ薬師と名乗っておきながら麻薬の密売人だろう。点検させてもらったが、ヒヨスとかニガヨモギのどこが薬だ。街の人たちを薬物中毒にしないでもらいたい」

「ええっと…………私、ど、どんな風に通訳すればいいですか?」


 泣きかけのアザリアと長官が商人の相手をしている間、ほかの役人たちは『控えの間』へ退却していた。他人事に近い心持ちで高みの見物を決め込む。


「やべぇ。ちょーかん、悪人面になってるよ」

「活き活きしていらっしゃいますね」


 いつになく若葉色の虹彩は爛々(らんらん)と輝いている。目つきは厳しいがわずかに引き上げられた口元の笑みは、さながら魔王である。


「ケシもヒヨスも、分量さえ正しければ鎮痛剤になるんですけどねぇ」


 ああおいしい、と紅茶をすすって和むカサンドラ。彼女だけ間違いなく別の世界に(ひた)っている。


「カサンドラさん。あいつ、普通の薬売りだと思いますか?」


 1人優雅な彼女にノエルが問いかけた。


 アザリアの通訳によると、商人自身が薬師だそうだ。…………少し、うさんくさい。腰のベルトにジャラジャラ下げた悪趣味な装飾品の数々も、はだけた胸元から覗く浮き出た骨格も、ちゃんとした出どころの商人とは信じにくい。


「さぁ? でも身分証はあるんでしょう?」

「きったないマジュリート語で書いてるから解読不能だってさ」


 暇を持て余していたチャロも加わる。


 のんびり喋っているうちも、オスティンは自称・薬師の荷車の荷台にある植物を1つずつ取り上げてはイチャモンをつける。やれトリカブトは解毒剤がない毒草だの、やれエニシダは麻痺を起こすだの、はっきり言ってうるさい。しかもバリバリの母国語で喋っているので、当のマジュリート商人にはおそらく理解されていない。

 そもそも、なんでそんなに毒に詳しいのかと()ける者もいない。


 最後の一口までゆっくり紅茶をたしなんだカサンドラは、満足そうに口を開いた。ここからオスティンたちまで距離があるのに、それを思わせない透き通った声を発する。


「オスティンさん。そんなに心配なら、代官様に頼んで監視をおいてもらったらどうです? ご領主様のところには何人か薬剤師がいるはずです。そのうちの1人に来て頂いて、きちんと薬として売っているか見張ってもらえばいいでしょう」

「毒物だって薬だ。『薬物』だからな」

「譲りませんねぇ……」


 逆に言えば、ちゃんとしたお薬も毒物になってしまいますよ、と眉を下げるカサンドラ。

 予知の能力を持つ彼女ならば、商人の正体を見抜いていそうなものなのに。かなり限られた力では、そこまでは知られないのだろうか。


 彼女のどっちつかずな態度を役人たちが怪しんでいる隙に、


「おい待てっ!!」


 薬売りが強硬手段に出た。




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