結局、お人好し
「あ、あの、オスティンさん。みなさん。ありがとうございます。じゃあ私は、これで」
あっさりと収束してしまった事態に戸惑いながらも、アザリアは頭を下げて踵を返す。
「行くアテはあるのか」
すかさず投げられたノエルの問いがアザリアの足を縫い止める。テオやチャロ、カサンドラが見守る中、淡い紫の瞳が揺れた。
初めて、アザリアは気づいた。
実家のハウゼンスタインに戻ったとして、どんな扱いを受けるかは目に見えている。だからといって他所で暮らそうにも行き場がない。
それ以前に、アザリアは犯罪者なのだ。
「あったらこんな騒ぎになっていないだろう」
「長官?」
凍りついたアザリアに代わり、答えたのはオスティンだった。ウォーデンは門を閉めさせられている。
「こいつは自分の屋敷を出た時点で通行証がなかったんだ。アテといえば独房か、それとも」
握った手の親指を立て、検問所の建物をすっと指す。
「うちくらいだろう。お前、武器は扱えるか?」
アザリアに据えた若葉色の眼光。トゥルネイに運び込まれた商品を値踏みする目つきだ。アザリアの喉がヒクッと詰まる。
「ぶ、武器は持ったことがありません。けど、読み書きと計算はできます。それと家庭教師がいたから、3か国語くらいなら喋れます」
沢山の異国の人間が行き来するトゥルネイなら、聞いたこともない言語を話す人々もいるだろう。アザリアは広く公用語となっているフリスラン語以外にレヌス語、ガダラ語、マジュリート語を自在に操れる。少数派ながら、いずれも大陸の北部で用いられている言語だから、出会う機会も多いに違いない。
しかしオスティンの顔色は険しかった。
「………読み書きそろばんはお前じゃなくても皆できる。剣も使えないんじゃ辛いな……」
「や、やっぱり無理ですよね」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないのだ。アザリアはうなだれる。
「顔を上げなさい。アザリア君」
テオがにっこりアザリアの肩を叩いた。おそるおそる検問所の青年長官をうかがうと、彼は「でも」と重ねる。
「言語は貴重だ。外国の商人が来ても、誰も喋れないせいでよく厄介なことになる。お前がいてくれるとはかどるかもしれない」
一瞬、なんて言われたか理解できず、頭が真っ白になった。テオが小柄なアザリアに合わせて屈み、小声で伝える。
「ね、言ったでしょ。オスティン長官はかなりお人好しだって」
「で、でも………っ、いいんですか!?」
「独房送りにされたいのか? せっかく俺が情けをかけてやろうというに」
「だって、私、トゥルネイに不法侵入しようとした………」
もごもごと言葉を濁す彼に痺れを切らしたか、オスティンが肩をすくめる。
「その程度の悪さじゃ、俺はここで生きてないよな? テオ」
「ええ。そうですね」
意味深な目配せをする長官と副官。背の高い彼らはアザリアのかなり頭上で相槌を打ち合う。
「仕事はおいおいテオかカサンドラに教えてもらえ。ノエル、ウォーデン、お前たちは武器の使い方。チャロ、先輩として後輩の世話を頼んだぞ」
「うん!」
オスティンに頭をポンと撫でられ、威勢良く頷くチャロ。
最年少のおかげでいつも子供扱いされている彼だが、初めて一人前と認められて嬉しいのだろう。よろしくねとアザリアに握手する。
「…………聞いてりゃまあ、なんだかねぇ」
オスティンの提案を聞きとがめ、門を閉ざし終えたウォーデンが輪に加わる。
「ちょーかん。言うのは楽だけどさ。雇うには身元をハッキリさせとかなきゃなんないだろ。ソフィアの人間なら手を打てるけどよ。通行証もねぇのにどうすんだ?」
通行証を持たずに自分の国を出たら、身元不明と判断される。帰国は不可能に近い。自分の身分も証明できないから、誰にも信用されず路頭に迷うほかない。オスティンもウォーデンも、そんな人間を飽きるほど目にしてきた。
アザリアも同じ立場にいる。そうなった経緯は特殊だけれど、それだけで検問所に迎えようとするのはどうなのだろう。まして異国の出身者。トゥルネイの街の治安を任せるなど、沽券にかかわりかねない。
「通行証か………」
オスティンは首を傾げた。
「偽造したら、」
「なおさら問題っす!」
言い終えるのを許さずウォーデンが己の言葉に繋げた。
「いいじゃないか。うちは割と緩いんだ。そのおかげでお前も入れたんだぞ」
「ですけど! 俺、ソフィア人ですから!」
「………オスティン長官。その極論に走る癖、いいかげん直した方が賢明かと…………」
というか犯罪に走るような真似をしなくても、あのクライヴ代官に懇願すれば、アザリアの境遇に同情して領主と掛け合ってくれそうだが。しかしそうするとアザリアの罪はまぬがれても、検問所で引き取ることまで受け入れられるかどうかが厳しい線である。
「エレネに頼むか………」
苦々しい仏頂面で腐れ縁の少女の名前を挙げるも、ウォーデンに一蹴される。
「いや無理でしょう。ご領主様に報告が上がるに決まってる」
「だったら話をそれっぽく繕えばいい。騙しは俺の商売道具だ」
街を護るべき立場としてあるまじき物言いだ。ウォーデンは束の間凍りついたが、これでこそうちの上司だと思い直し、呆れ果てる。
「詐欺師」
「褒め言葉。世の中、いかに騙して生きるかが要だと教えられたもんでな」
「長官。いつも思うんですが、よくそんなので検問所に入れましたね………」
役人にとっては、正義感とは無縁なこの青年がなぜ検問所を任されているのかという方が疑問だったりする。
「オスティンさんだからこそですよ」
カサンドラが分かるようで分からない、謎の言葉を残した。
第一章完結です。




