行く末は
「えっ………」
「何?」
ぽかんと口を開けたアザリアと、彼の兄。見た目も性格も全然違うのに、間の抜けた表情はなんとなく兄弟の繋がりを感じさせる。
「通行証がないということは密入国と同じですからね」
アザリアがトゥルネイに侵入したのは事実だ。使用人の2人は通行証と身分証を持っていたからまだしも、アザリアだけはどうしても罪に問わねばならない。
端整な容貌に人好きのする笑みを保ちつつ、オスティンは相手が一番欲しているであろうエサをちらつかせる。
「ご安心下さい。このことに関して、そちらに不都合が生じるような事態はありません。貴方とアザリアの間に何があったにせよ、通行証を持っていなかった彼については、こちらの法律で裁かせて頂きます。さしあたり、しばらく獄中に放り込むことになるでしょう」
事情が事情なので酌量の余地はあろうが、法に触れた人間を当主にしたいなどという輩はいないはず。
つまりロレンツォの当主の座は安泰だ。
暗に込めた意味を察したか、ロレンツォがわずかに身じろぎする。
ちょろいな。オスティンは確信した。
「ほら。お前たち、帰れ」
立ち尽くすアザリアの使用人を促すと、2人ともハッとして慌ててオスティンに耳打ちした。
「坊ちゃんはどうなるんですか? 坊ちゃんが罪人なら私どもも同罪です」
「知るか。どこぞの権力が絡んだ問題はうっとうしいんだ。面倒ごとはアザリアだけで充分間に合う。俺の仕事を増やすな」
明らかに職権濫用である。
「安心しろ。悪い扱いはしない」
なかなか主人から離れたがらない使用人たちにそう言い聞かせ、ハウゼンスタイン家の側に押しやる。
「…………ハウゼンスタインの迷惑になるようなことはない、と?」
ゆっくりと紡がれた問いに、オスティンは目を細める。
彼の言葉に飛びつこうかどうすべきか、ロレンツォは迷っている。慎重さを増した声音がそれをよく響かせていた。
「はい。トゥルネイ検問所の長官としてお約束します」
言い切った直後、隣で息を噴き出す音がした。横目で睨むと、ウォーデンが「無理だよ」と口をパクパクさせている。
さすがは検問所の役人。重要な役職といえ、長官にそこまでの権限がないのをよく分かっている。
嘘をつくことに罪悪感の欠片も覚えない青年は、部下の突っ込みを無視した。
「アザリアも深く反省していますし、トゥルネイで罪を働こうという気もありません。それほど大きく騒がれないでしょう。冷静に対処させていただきます」
おそらくロレンツォは、異母弟の行動がハイゼンスタインの名を傷つけることも嫌がっている。アザリアの犯した問題は隠せないけれど、できる限り広めないでほしい――――人通りの恐ろしく多い時間帯と場所で騒動が起きているのは置いといて。
そんな奴の本音が透けて見える。
「もしそれでも納得がいかないと仰るなら、そうですね。ここの領主と代官を挟んで話し合いといたしますか」
トドメを刺せば、ハウゼンスタイン家の当主は大男どもを下がらせた。馬に飛び乗り、手綱を握る。
「ふん。まあいい。戻ってきたところで罪人に代官を任せたがる奴もおるまい。――――手こずらせよって、この妾腹が」
悪態を残し、呆ける異母弟を睨めつけ、ロレンツォは馬の身体の向きをくるりと変えさせた。大男らもためらうアザリアの使用人を騎乗させ、それに従う。
去りゆく彼らをオスティンは見送った。
わざわざアザリアを追い駆けた理由が、たったこの程度のものだとは。なんて面倒くさい兄弟喧嘩だ。
殺気立った雰囲気はどこへやら、あっさり引き下がった男たちに、ウォーデンがすっとぼけた声を上げる。
「え、あれ? 終わった? 終わったんすか?」
「だな」
「は、だ、だって、すっげーあっけなかったすよね? てっきり修羅場になるのかと………」
上っ面だけの笑みを消し、いつもの無表情に戻るオスティン。飾り立てていない、冴え冴えした秀麗な横顔が赤々と染まる夕空を仰ぐ。
「俺の顔のおかげだな」
「ちょっと何言ってるか分からないんでとりあえず髪の毛ぶち抜いていいですかね?」
「くだらないことを考える暇があるなら門を閉めろ」
「暇なこと考えてるあんたに言われたくねーよ」
本気とも冗談ともつかぬ気の抜けた言い合い。また始まったと、検問所の役人たちが遠巻きで生温かく眺めた。




