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トゥルネイ検問所の長い一日  作者: 惟織
第1話 ブラック検問所
10/16

長官の意地


 やる気に満ち溢れたノエルと、どんよりしたウォーデンを門に立たせ、オスティンは『控えの間』でのんびりくつろいでいた。テオとチャロ、カサンドラはアザリアたちを気遣って世話をしている。


 トゥルネイの閉門時間が迫る夕暮れ時は、人々の波がどっと押し寄せてくる。これを逃してしまうと翌朝まで外へ出られないからだ。みんな、我先にと必死に通行証を突きつけている。

 本当なら早朝と同じく、カサンドラを除いた男5人組で対応しなければならないのだが、そこはオスティン。久々に暴れられるとうずうずして正気を失い気味のノエルに押しつけさせてもらった。ついでに彼と一緒につくことが多いウォーデンにも。


 ノエルはいつにない晴れやかな笑顔で女性客を魅了していた。


「……………」


 部下の仕事ぶりをぼんやり眺めていたオスティンの瞳が、突如閃く。


 固い地を蹴る馬蹄(ばてい)の騒がしい音と、道を開けろとわめく怒声。まだ遠いところにとどまっているようだが、研ぎ澄まされたオスティンの五感は敏感に捉えていた。


 来る。


「オスティンさん」


 すでに()えていたのだろう。【薄明の女神】の蒼い双眸がオスティンに訴える。彼は頷き、アザリアたちを物陰に隠すようテオに指示した。

 おびえた視線を注ぐアザリアに背を向け、オスティンは人数の減ってきた門に駆け寄る。疲れ果てたウォーデンはさらにげんなりと、ノエルはますます勢いづいた。


「あいつらですよね?」

「多分」


 若葉色の眼光が睨む前方。人々を道のわきに追いやり、門へ突入せんばかりに迫る集団。ウォーデンが叫んだ。


「門を閉めましょうよ! あんな頭が沸いてそうな連中を入れたら危険ですって!」

「まだそんな時間じゃない」

「時間とかこの際言ってられませんよ! ノエルも説得しろ!」

「入られる前に斬ったら万事解決」

「お前らあああああ!」


 変なところで規則に厳しい長官はもう、テコでも動かない。ノエルはノエルで剣を引き抜いた。辺りに銀の閃光が散る。


「うおおいっ! マジか。マジでやるのかノエル!? お、おお落ち着けっ」

「ノエル。しまっておけ」


 自分が許可を出しておきながら、オスティンは彼を制した。どうしてですか、と不満げに息を漏らすノエル。


「こんな少人数相手にやったら、ごまかしが()かんだろう」


 大勢でやってくるものと思い込んでいたが、門の手前で止まったのはたったの4人。全員立派な馬に乗っており、それぞれの馬首に家紋を刻んだ飾りをつけている。ハウゼンスタイン家の紋章だろう。4人とも、馬上から蔑んだ様子でオスティンを見下ろしている。

 彼らの敵意など、オスティンは伝わってないかのように微笑んだ。なかなか目の保養になるものの、どこか冷ややかだ。


「失礼ですが、通行証を………」

「たかが役人の分際でロレンツォ様に無礼な口を叩くな! アザリア殿がここに来たことは分かっているのだぞ!」


 丁重に出てやったのにこの仕打ちはあんまりだ。相手のことをけなし尽くすのはオスティンの十八番にして趣味だが、されるのは大嫌いだ。12年前までなら有無を言わさず叩きのめしていただろう。

 オスティンは内心で舌打ちし、なおも食い下がる。


「あいにく通行証をご提示願えないと、どなたも入れない決まりになっておりますので。うちの決まりはソフィア王室も認めていることです」

「生意気な口を!」

「分かった」


 声を荒げた大男を黙らせ、場違いなくらい気品のある優男風の青年が下馬する。大人しく通行証を渡してくれたところを見ると、話ができる相手のようだ。

 オスティンはアトローパの国章の()された通行証を確認する。

 身に染みついた仕事の癖は状況にかかわらず、つい現れてしまう。気づけば通行証に怪しい細工がないか、じっくり調べていた。


「ロレンツォ・ハウゼンスタイン閣下。アトローパの都市カロンの代官殿ですか」

「さっさとアザリアを出せ。足はついているんだぞ」


 前言撤回。やっぱり話ができない奴だった。

 間近に控えるウォーデンとノエルは固唾を飲んで長官とハウゼンスタイン家当主のやり取りを見守る。


 恨みを買いやすい職業柄、我慢強そうな長官であるが、実際はすさまじく気が短い。とりわけ自分の話を聞かない人間は最悪で、相手が違法な密売人だったりすると拳を固める。今も、抑えてはいるけれど指の関節を鳴らしていた。


「アザリア? どなたでしょうか」

「とぼけるな。隠しているつもりなんだろう」


 仕立屋に扮した使用人はハウゼンスタイン家に出る前、侍従長にトゥルネイへ行くことを漏らしてしまったという。間抜けなことをしでかしてくれたものだ。

 知らぬふりで騙し通せたら楽、と考えていたのは少々甘かったか。だがここで下手に動くとまずいのは彼らだ。代官ともあろう者が異国の地で問題を起こしたとなれば、ソフィア王室が黙っていない。


 ロレンツォに従う3人の大男がオスティンに詰め寄る。脅しのつもりらしい。たとえ襲いかかられても負ける気はしないが…………オスティンは肩をすくめた。


「お待ち頂けますか。ハウゼンスタイン閣下。これ以上の騒ぎになれば住民が被害に遭うことはおろか、ハウゼンスタインの名に傷がつきますよ。ここは穏便にお話ししたいと存じますが、どうでしょう」


 別にロレンツォはアザリアがほしいわけではない。不安材料を取り除きたいだけなのだ。当主の座を揺るぎなくするために。ならば交渉は簡単。


 ロレンツォが頷いたのを笑みで応え、彼は検問所を振り返った。


「――――テオ! アザリアと2人を連れてこい!」

「はあ?」

「え、………ちょーかんっ? え、ええっ?」


 嘘偽りなく明かしたところで、オスティン側に不利益はない。

 テオに促され、おそるおそるオスティンの傍まで行くアザリア。さっと顔色を変えるロレンツォを観察しつつ、オスティンは続けた。


「この子に付いていた従者はお返ししましょう。2人は通行証を持っていたので、うちの管轄外です」


 ロレンツォの目が大きく開いた。彼がこんな様子だと、アザリアの心はもっと穏やかじゃないだろう。


「ですが、貴方がたにとってアザリアは必要のない人間だ。それとアザリアは国境を越えたのにもかかわらず、通行証を持っていない。他の場所ならまだしも、ここは検問所のあるトゥルネイです。どんな人間でも、通行証がない限りこちらが対処しないといけません。なので」


 青ざめ、立ち尽くすアザリアの肩をぐいと引き寄せる。


「この子の身元はこちらで預からせてもらいます」




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