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聞かなかったのは、どちらだったのか  作者: くぎのりクロボ


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9/19

第九話 理解を深めました

正午を少し過ぎて出発した馬車は、滞ることなく進み、主催者の邸宅へ到着した。


開始時刻は一時だったらしい。


だが到着した時にはすでに十分ほど過ぎており、食事を先に楽しんでいる客たちは席に着き、前菜と飲み物が振る舞われていた。


配置されたテーブルの数から考えるに、参加者は二十人前後だろうか。


どうやらこの会において、イヴリンは最上位の招待客らしい。


最も眺めの良い位置に設えられたヘッドテーブルへ案内される。


アレクは、イヴリンをそこまでエスコートした後、自分は別席へ移るものだと思っていた。


だが、そのままイヴリンの隣へ座るよう促された。


遅れて到着したせいもあるのだろう。


招待客たちの視線が痛い。


まともに顔を見ないよう視点をぼかしながらも、なんとか正面を向いたままイヴリンを席へ導き、自分も腰を下ろす。


昼間の茶会へ参加するのは、これが初めてだった。


座席の配置。


胸元に飾られたスズラン。


ポケットへ差し込まれた、ターナー侯爵家の紋章入りのチーフ。


それらすべてが、自分とイヴリンをまるで新郎新婦のように見せている気がして落ち着かない。


会場全体も妙に静かだった。


時折、ひそひそと声を潜めて話す者はいる。


だが全体としては、水を張ったような静けさが広がっていた。


その中で、ときおり感じる“こちらを窺う視線”。


居心地が悪い。


それでも食事は運ばれ、静かに会食が始まった。


左隣に座る主催者――伯爵夫人と、差し障りのない会話を交わしながら、会は滞りなく進んでいく。


誰も積極的に話しかけてはこない。


挨拶回りのようなものもない。


昼の茶会では、これが普通なのだろうか。


参加経験のないアレクには判断がつかなかった。


そうして静かなまま食事は終わり、アレクはデザートフォークを皿へ置いた。


食後のコーヒーへ口をつける。


イヴリンの皿を見ると、彼女もすでに食べ終えていた。


招待客たちとの交流は、ほとんどできていない。


だが少なくとも、大きな失敗なく食事は終えられたと言っていいだろう。


この後はどうなるのか。


庭園を散策するのか。


他の招待客たちと交流するのか。


あるいは、これで解散なのか。


イヴリンの動きを見て判断しようと思っていた、その時だった。


イヴリンが、すっと立ち上がる。


招待客たちの元へ向かうなら、自分もエスコートするべきなのか。


瞬時に判断できず、アレクは内心でうろたえた。


そんなアレクをよそに、イヴリンはまっすぐ一つの席へ向かっていく。


招待客たちもまた、固唾を呑んでその行き先を見守っていた。


イヴリンの向かう先が自分だと理解したのだろう。


一人の客が、静かに立ち上がる。


―――エミリアだった。



なんで、エミリアがここにいるんだ――?


ずっと、ここにいたのか?


ずっと、自分たちを見ていたのか?


状況の異様さに、アレクは一瞬その場で固まった。


だが、二人が向かい合っていることに気づき、慌てて駆け寄る。


エミリアは、目上であるイヴリンに対し、きちんと膝を折って頭を下げ、初見の礼を示している。


アレクが近づいてきたことを確認すると、イヴリンが静かに口を開く。


「あなたがエミリアよね?」


「はい」


「あぁ、頭を上げてちょうだい。少し話がしたいの」


イヴリンの言葉を受け、エミリアはゆっくりと姿勢を戻した。


「私ね、あなたに言わなければならないことがあるのよ」


エミリアはイヴリンの顔を見つめたまま、

何も答えない。


「今日のこの状況を見ても、冷静なのね?


見ての通り、私とアレクは恋仲なの」


――何を言っているんだ?


あまりにも突拍子のない言葉に、アレクは目を見開くことしかできなかった。


イヴリンは、淡々と話を続ける。


「だけど残念なことに、私は婿を取り、アレクは嫁を迎えなければならない。


だから結婚できないことは、お互い納得しているわ。


でもね。


私、どうしても彼との子供が欲しいの。


……意味は、分かるわよね?」


「はい」


エミリアは静かに答えた。


「これを聞いても、動じないのね?」


「はい。父から、お二人の邪魔はするなと申し付かっております」


一切感情を浮かべないまま返されたその言葉に、アレクは愕然とする。


美しいほど整った表情と、その口から紡がれる内容の残酷さが、現実味を奪っていく。


――リンバー伯爵が?


邪魔をするな、と?


どういうことだ。


きちんと説明していたはずじゃないか――。


何が何だか分からない。


アレクは、ただ黙ったまま立ち尽くすことしかできなかった。


「それに――」


そこで初めて、エミリアがわずかに言葉を切った。


ほんの僅かなためらい。


その視線が、一瞬だけアレクの胸元へ落ちる。


スズラン。


ターナー侯爵家の紋章入りのチーフ。


エミリアはすぐにイヴリンへ視線を戻し、静かな声で言った。


「本日のホイヤット伯爵子息様のお姿を拝見し、理解を深めました」


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