表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聞かなかったのは、どちらだったのか  作者: くぎのりクロボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/19

第七話 手紙の香り

食事を終え、自室へ戻ったアレクは、机の引き出しから便箋を取り出した。


エミリアが選んでくれたものだ。


上質で、書き心地がいい。


貴族となり、折に触れて手紙を書かなければならなくなった時。

選ぶ基準すら分からなかったアレクに、エミリアは色々なことを教えてくれた。


リンバー家で長い時間を過ごし、共に学んできた。

それでも、いざ自分が貴族として振る舞わなければならなくなると、分からないことは多く、不安も大きかった。


そんなアレクを、リンバー家の人々は皆支えてくれた。


そしてエミリアは、いつも笑いながら言ってくれていた。


「大丈夫よ、アレク様なら」


その笑顔と優しい声色に、どれだけ救われていたことか。


――それなのに。


婚約者という立場になった途端、自分はエミリアを顧みない態度を取っていた。


エミリアは、どんな思いでいたのだろう。


今日何度目かも分からない自己嫌悪を振り払い、アレクは便箋にペンを走らせた。


突然訪ねてしまったこと。

エミリアの入学を今日まで忘れていたこと。

せっかく会えたのに、「おめでとう」を言いそびれてしまったこと。


そして――婚約してからの二年間、自分があまりにも自分本位だったこと。


リアムとの会話で、それを思い知らされたこと。


書き進めるうちに、どの文末にも「すまない」と書いてしまいそうになる。


もはや手紙というより、反省文のようだ。


だが、それでも。


――エミリアに対しては、誠実でありたい。


その思いが、アレクの文章をひどく率直なものにしていた。


貴族らしい婉曲な言い回しを使い、万が一にも自分の意図とは違う意味をエミリアに読み取らせてしまったら。


もしそれが、今ある二人の溝をさらに深めることになったら。


今必要なのは、貴族らしさではない。


誠実さだ。


そう思いながら、アレクは手紙を書き続ける。


近いうちに会いたいこと。

その時に、自分への率直な気持ちを聞かせてほしいこと。


不満も、不安も、全部。


もし二人の間に溝があるのなら、それを埋めたいと思っていること。


――もっと何か書いた方がいいだろうか。


自分の気持ち。

なぜあんな態度になってしまったのか。


書こうと思えば、いくらでも書けてしまう。


けれど、それを書き始めれば、とんでもない長さになる気がした。


伝えたいことは、きっと山ほどある。


だけど、それは会った時に話そう。


その前にまず、自分はエミリアの気持ちを聞かなければならないのだから。


手紙を書くという行為は、自分でも気づいていなかった感情を、心の奥底から浮かび上がらせるものなのかもしれない。


そんなことを思いながら、アレクは静かに便箋を封へとしまった。


朝一番に手紙を出した。


アレクの自宅と王立学園との距離なら、今日中にはエミリアの元へ届くだろう。


――返事をくれるだろうか。


普段のエミリアなら、返事を書かないなどありえない。


だが昨日、自分に向けられた、完璧な社交用の微笑みを思い出すと、不安になる。


一日をどこか落ち着かないまま過ごしていたが、夕方には返事が届いた。


どうやら、手紙を読んですぐに書いてくれたらしい。


返事が来たことにひとまず安堵しながら、アレクは封を開けた。


開けた瞬間、ふわりと甘く爽やかな香りが広がる。


エミリアの香りだ。


以前は、いつも自分のそばにあった香り。


昨日だって、確かに彼女は目の前にいたはずなのに。


手紙から漂うそれは、会わなかった日々の積み重ねを、アレクへ静かに突きつけてくるようだった。


手紙には、次の休日は馬術部全員で遠乗りへ出かけるため、一日不在であること。


その次の休日は、午後にガーデンランチへ出席しなければならないが、その後でよければ時間を取れることが書かれていた。


『お会いできるのを楽しみにしております』


その一文は、もしかしたら貴族らしい社交辞令なのかもしれない。


それでも今のアレクには、希望のように思えた。


アレクは手紙を丁寧に封筒へ戻し、机の引き出しを開ける。


そこには、これまでエミリアから届いた手紙が大切にしまわれていた。


学園時代。


煮詰まっている時。

悩んでいる時。

落ち込んでいる時。


そんな時には決まって、エミリアから手紙が届いた。


長い文章ではない。


ただ短く、アレクを気遣う言葉が綴られている。


――自分は、一度でもエミリアに手紙を書いただろうか。


なんて不甲斐ない婚約者なんだろう。


五歳も年上のはずなのに。


幼いと思っていたエミリアの方が、ずっと大人じゃないか。


アレクは今になって、ようやく二人の関係がどういうものだったのかを理解し始めていた。



『ガーデンランチのあとに時間を作ってほしい』


そう返事を書き、アレクは配達人へ手紙を手渡した。


もうすぐ社交シーズンも終わる。


そうなればホイヤット領へ入り、また以前のように、簡単には会えなくなるだろう。


今までのようではいけないと分かっていても、物理的な距離ばかりはどうにもならない。


だからこそ、その前に。


エミリアときちんと話をしなければならない。


エミリアが何を望んでいるのか。

何を思っていたのか。


それを、自分は知らなければならない。


とりあえず、会う約束は取り付けた。


今日は珍しく、一日予定が入っていない。


今度会う時に渡せるよう、何か贈り物を買いに行こうか。


昨日見たエミリアは、これまで自分の記憶の中にいた少女より、ずっと大人びて見えた。


だから今の彼女に似合うものを、ちゃんと選びたいと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ