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【完結】聞かなかったのは、どちらだったのか  作者: くぎのりクロボ


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番外編 第五話 あなたはアレク殿がお好きだったのですか?

「両親は兄を溺愛していました。


ですが兄は、あまり勉強が得意な人ではなかった。


逆に私は、幼い頃から読み書きが得意でしたから、私を後継者にした方が良いと言う親戚もいたのです」


トーマスは淡々と続けた。


「両親はそれが気に入らなかった。


その鬱憤を、私へ嫌味を言うことで晴らしていました。


両親がそういう態度だったので、兄も自然と私を見下すようになり、時には手が出ることもありました」


イヴリンは思わず眉を寄せる。


トーマスは小柄だ。


兄との体格差があれば、抵抗などできなかっただろう。


「兄は体格も良く、年齢も上でした。


私がかなうはずもありません。


ですが両親は兄を諫めませんでした。


それどころか、『お前が女なら、もう少し使い道もあったのに』とまで言われました」


この国では、女性は小柄な方が美しいと評される。小柄なトーマスを貶すには、十分な言葉だった。


しかし、その言葉を口にするトーマスの声に、恨みは感じられなかった。


ただ、事実を述べているだけ。


それがかえって痛々しい。


「だから、婚約者としてあなたと対面した時。


あなたから『必要最低限の交流しかしなくて良い』と言われた時」


トーマスは少しだけ苦笑した。


「あなたも、小柄で男としての魅力に欠ける私が婚約者になるのを嫌がっているのだと思いました」


イヴリンは、ひゅっと息をのんだ。


あの時、そんなことは考えていなかった。


いなかったけれど。


失礼な態度だったことは間違いない。


だが、まさかトーマスがそんな劣等感を抱えているとは思いもしなかった。


トーマスは静かに話を続ける。


「あなたがお兄様を急な病で亡くされたこと。


そのせいでお母様が病に倒れたこと。


それ自体は知っていました」


そこで一度言葉を切った。


「ですが、それがあなたへどのような影響を与えているのかまでは考えもしなかった。


また、幼い頃から親しかった婚約者との縁を解消するということも、今ひとつ実感できませんでした。


私には、そういう相手がいなかったので」


風が吹く。


木々の葉がさわりと揺れた。


「ターナー侯爵は、私の洞察力を評価してくださいます。


ですが、あれは天賦の才能ではありません」


トーマスの視線が遠くへ向く。


「成人すれば貴族籍を離れることは確定していました。


ですが、平民になるとしても、その中では上位にいたかった。


読み書きや計算だけではなく、何か秀でたものが欲しかったのです」


だから。


と続ける。


「人を観察するようになりました。


相手が何を考えているのか。


何を求めているのか。


それが先に分かれば、優位に立てると思ったからです」


イヴリンは黙って耳を傾けた。


「努力の甲斐あって、人の感情はかなり読めるようになったと自負していました。


だから、あなたが私を受け入れたがらないのも、先ほど申し上げた通り、私の男性としての魅力が乏しいからだと思い込んでいたのです」


トーマスの顔に影が差す。


「ですが、今回の件であなたについてターナー侯爵から話を聞き、考えが変わりました。


私には、あなたを理解するための下地が足りていなかったのではないかと」


イヴリンは何も言えなかった。


「それと、もう一つ」


トーマスの声が少し低くなる。


「あなたはターナー家で愛されて育った。


ご両親からも、お兄様からも。


それはターナー侯爵のお話を聞いていれば、嫌でも分かります」


その言葉に、イヴリンは小さく目を伏せた。


「だから私とは分かり合えるはずがない。


外見への劣等感だけではなく、そういう気持ちもあったのだと思います」


そして。


少しだけ顔を俯けた。


「それに……アレク殿に対しても、僻みを抱いていました」


イヴリンは思わず顔を上げる。


ーーアレクに?


「彼のお父上は、この国でも有数の外交官でした。


貴族として育ちながら、成人後は平民となり、それでもなお実力だけで頂点へ立った。


私にとっては理想の生き方です」


トーマスは、再び苦笑した。


「そんな方が父親であるアレク殿が羨ましかった。


私が海外研修へ赴く間、アレク殿へあなたのエスコートを任せたいとターナー侯爵から聞いた時も」


少しだけ間が空く。


「ターナー侯爵も、アレク殿へ期待しているのだと思いました」


風が吹き抜ける。


「もし、ホイヤット領の災害が数年早く起きていたら。


ターナー侯爵は私ではなく、アレク殿を婿に望んだかもしれない」


そこまで言って、トーマスは肩を竦めた。


「そんなことまで考えていたのです」 


苦笑を浮かべた顔はそのまま。

だけど、その目には拭いきれない寂しさが滲んでいるように見えた。


イヴリンは、数日前の父との会話を思い出した。


――アレクとなら、ターナーを率いることができるか。


父は確かにそう言った。


あれは理解不能な娘を前にして、思わず口をついて出た言葉だったのだろう。


だが、一度も考えたことがなければ出てこない言葉のような気もする。


実際、父がアレクへエスコート役を任せたのも、彼の資質を見極めたいという思いがあったのかもしれない。


もっとも。


アレクをターナー家の婿とすることは不可能だ。


彼にはエミリアがいるのだから。


ふいにトーマスが顔を上げた。


そして真っ直ぐ、イヴリンを見た。


「あなたは、アレク殿がお好きだったのですか?」

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