番外編 第四話 庭を案内していただけませんか
応接室に入ると、トーマスが手前のソファに座っていた。
いずれここの当主になるのだから、奥に座っていてもいいのに。
そういう律儀さも鼻につく。
そんなことを思いながら、イヴリンは部屋の奥へ進んだ。
トーマスの横を通り過ぎる時も、あえて顔は見ない。
奥のソファまで辿り着いてから、くるりと振り返る。
そこで初めて、トーマスを見た。
何を考えているのか分からない、貴族らしい無表情。
自分よりもよほどターナー家の人間らしい。
その考えが、イヴリンの胸をひりつかせた。
心のひりつきは、言葉に棘を生む。
今の自分は、トーマスへ棘を向けてはいけない。
イヴリンは加害者で、トーマスは被害者なのだから。
謝罪の意を示すため、右手を胸へ当て、深く膝を折る。
「この度は、わたくしの稚拙な行いによって、トーマス様の尊厳を傷つけましたこと、深くお詫び申し上げます」
自分でも呆れるくらい、心のこもらない謝罪だった。
「イヴリン嬢。もしよろしければ、庭を案内していただけませんか」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
少し遅れて、トーマスは謝罪を受け取らなかったのだと気づく。
「お庭を?」
謝罪を受け取りたくないのだとしても、庭を見たいという理由が分からなかった。
今のトーマスとイヴリンの関係は、トーマスの方が圧倒的に優位だ。
『不愉快だった。馬鹿にするのも大概にしろ。お前の謝罪になど意味はない』
そんなことを言われても、イヴリンは文句を言えない。
それだけのことをしたのだから。
「あなたを待っている間、庭を眺めていました。ここには何年も通っていますが、ゆっくり庭へ出たことはなかったなと思いまして」
トーマスは穏やかに続けた。
「それに今は、室内で向かい合うよりも、外で隣り合う方が自然に話せる気がしたので」
そう言われれば、そうかもしれない。
だけど――。
イヴリンは窓の外へ視線を向けた。
応接室から見える庭は、来客の目を楽しませる程度には整えられている。
だが、母がいた頃ほどの華やかさはない。
その事実が、イヴリン自身の至らなさを思い出させた。
それでもトーマスが庭を見たいと言うのなら、案内するべきなのだろう。
部屋に控えていたメイドは、すでに窓際で指示を待っていた。
頷くと、メイドは静かに窓を開ける。
立ったままでいたイヴリンの横に、すでにトーマスが来ていた。
どうやらエスコートをしてくれるらしい。
ややぎこちなく差し出された腕へ、イヴリンは戸惑いながらも手を預ける。
彼の表情に、不快感は見えない。
隠しているだけかもしれない。
だけど、このわずかな距離。
しかもイヴリンの自宅の中でさえ、きちんとエスコートしようとしてくれている。
その行動をどう受け止めればいいのか分からないまま、イヴリンはトーマスと共に庭へ出た。
庭に出ると、爽やかな風が吹いていた。
春と夏の境目。
ふわりと夢心地のような柔らかな空気と、きりりと引き締まった空気が混在している。
これから少しずつ、きりりとした空気の方が優勢になるだろう。
それでも今は、ふとした瞬間に柔らかな風が身を包んだ。
お母様がいらしたら、もっと見応えのある庭だったのに。
それが少し残念だった。
「少し、自分語りをしてもいいですか?」
不意にトーマスがそう言った。
「はい」
イヴリンは短く答える。
トーマスは歩調を合わせてくれている。
だが、こちらを見てはいない。
だからといって、庭の景色を眺めているわけでもない。
もっと遠く。
別の何かを見ているような表情だった。
イヴリンとトーマスの婚約期間は五年以上になる。
それなのに、ゆっくり語り合ったことはほとんどない。
だから、今の表情が何を物語っているのか分からなかった。
分からないからこそ、聞かなければならない気がした。
「私は、マイヤー家であまり良い扱いを受けてきませんでした」
そう言って、トーマスは語り始めた。




