表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】聞かなかったのは、どちらだったのか  作者: くぎのりクロボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/34

番外編 第四話 庭を案内していただけませんか

応接室に入ると、トーマスが手前のソファに座っていた。


いずれここの当主になるのだから、奥に座っていてもいいのに。


そういう律儀さも鼻につく。


そんなことを思いながら、イヴリンは部屋の奥へ進んだ。


トーマスの横を通り過ぎる時も、あえて顔は見ない。


奥のソファまで辿り着いてから、くるりと振り返る。


そこで初めて、トーマスを見た。


何を考えているのか分からない、貴族らしい無表情。


自分よりもよほどターナー家の人間らしい。


その考えが、イヴリンの胸をひりつかせた。


心のひりつきは、言葉に棘を生む。


今の自分は、トーマスへ棘を向けてはいけない。


イヴリンは加害者で、トーマスは被害者なのだから。


謝罪の意を示すため、右手を胸へ当て、深く膝を折る。


「この度は、わたくしの稚拙な行いによって、トーマス様の尊厳を傷つけましたこと、深くお詫び申し上げます」


自分でも呆れるくらい、心のこもらない謝罪だった。


「イヴリン嬢。もしよろしければ、庭を案内していただけませんか」


何を言われたのか、一瞬理解できなかった。


少し遅れて、トーマスは謝罪を受け取らなかったのだと気づく。


「お庭を?」


謝罪を受け取りたくないのだとしても、庭を見たいという理由が分からなかった。


今のトーマスとイヴリンの関係は、トーマスの方が圧倒的に優位だ。


『不愉快だった。馬鹿にするのも大概にしろ。お前の謝罪になど意味はない』


そんなことを言われても、イヴリンは文句を言えない。


それだけのことをしたのだから。


「あなたを待っている間、庭を眺めていました。ここには何年も通っていますが、ゆっくり庭へ出たことはなかったなと思いまして」


トーマスは穏やかに続けた。


「それに今は、室内で向かい合うよりも、外で隣り合う方が自然に話せる気がしたので」


そう言われれば、そうかもしれない。


だけど――。


イヴリンは窓の外へ視線を向けた。


応接室から見える庭は、来客の目を楽しませる程度には整えられている。


だが、母がいた頃ほどの華やかさはない。


その事実が、イヴリン自身の至らなさを思い出させた。


それでもトーマスが庭を見たいと言うのなら、案内するべきなのだろう。


部屋に控えていたメイドは、すでに窓際で指示を待っていた。


頷くと、メイドは静かに窓を開ける。


立ったままでいたイヴリンの横に、すでにトーマスが来ていた。


どうやらエスコートをしてくれるらしい。


ややぎこちなく差し出された腕へ、イヴリンは戸惑いながらも手を預ける。


彼の表情に、不快感は見えない。


隠しているだけかもしれない。


だけど、このわずかな距離。


しかもイヴリンの自宅の中でさえ、きちんとエスコートしようとしてくれている。


その行動をどう受け止めればいいのか分からないまま、イヴリンはトーマスと共に庭へ出た。


庭に出ると、爽やかな風が吹いていた。


春と夏の境目。


ふわりと夢心地のような柔らかな空気と、きりりと引き締まった空気が混在している。


これから少しずつ、きりりとした空気の方が優勢になるだろう。


それでも今は、ふとした瞬間に柔らかな風が身を包んだ。


お母様がいらしたら、もっと見応えのある庭だったのに。


それが少し残念だった。


「少し、自分語りをしてもいいですか?」


不意にトーマスがそう言った。


「はい」


イヴリンは短く答える。


トーマスは歩調を合わせてくれている。


だが、こちらを見てはいない。


だからといって、庭の景色を眺めているわけでもない。


もっと遠く。


別の何かを見ているような表情だった。


イヴリンとトーマスの婚約期間は五年以上になる。


それなのに、ゆっくり語り合ったことはほとんどない。


だから、今の表情が何を物語っているのか分からなかった。


分からないからこそ、聞かなければならない気がした。


「私は、マイヤー家であまり良い扱いを受けてきませんでした」


そう言って、トーマスは語り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ