番外編 第三話 なんて勝手なんだろう
領地へ向かうまでの日々。
イヴリンは特に何をする気にもなれず、侍女たちが身の回りの品をまとめている様子を、ただぼんやりと眺めていた。
数日前、アレクが訪ねて来たと聞いた。
イヴリンからの謝罪は必要ないと言われたとも。
ガーデンランチでのエスコートが最後になると思っていたから、それで構わなかった。
――私は、アレクのことが好きだったのだろうか。
イヴリンは自問する。
学園一年の時。
同じクラスになった彼は、数少ない居心地の良い存在だった。
もちろん、それは彼が貴族社会へ足を踏み入れて間もなく、裏を隠す技量が未熟だっただけかもしれない。
あるいは、自分のことで精一杯で、イヴリンにまで気を回す余裕がなかっただけかもしれない。
それでも。
裏では嘲りながら、表では媚びへつらう者たちに囲まれていたイヴリンにとって、彼のそばは心地良かった。
イヴリンのエスコート役を引き受けてからも、それは変わらない。
彼は決して阿ることをしなかった。
エミリアの話を聞けば、いつも嬉しそうに語る。
その一途さが羨ましかった。
幼馴染の元婚約者は、あっさりと婚約者の座を降りた。
仕方のないことだと理解はしている。
だけど。
ほんの少しでいいから、渋る様子を見せてほしかった。
そんな様子もなく、新しい婚約者と親しげにしている姿を見るたび、やりきれなさが募った。
――アレクだったら。
そんなことを考えた。
バカみたい、とも思った。
アレクが一途なのは、エミリアだからだ。
分かっていたはずなのに。
ほんの少しだけ、そんな夢を見た。
でも、それなら。
もっと違うやり方があったはずだった。
だから多分。
一人の女性を想い続けるアレクと。
その想いを向けられ続けるエミリア。
羨ましさが、妬ましさへ変わったのだろう。
そして。
二人とも傷つけばいいと思った。
バカみたいだ、と改めて思う。
結局、何の意味もない醜聞だった。
喜んだのは、暇を持て余した貴族たちだけだろう。
アレクとエミリアを傷つけ。
父を疲弊させ。
ターナー家へ余計な火種を持ち込んだだけだった。
……そういえば。
トーマスにも迷惑をかけた。
婚約者でありながら、彼の体面も矜持も踏みにじった。
彼にも謝らなければならない。
そんなことを考えていた時だった。
扉がノックされた。
トーマスが来ている、と告げられる。
ちょうど彼のことを考えていたところだったので、少し驚いた。
こういうのも、以心伝心というのかしら。
そう思い、イヴリンは思わず笑ってしまう。
以心伝心できるほど、心を通わせたこともないくせに。
トーマスには、会ってすぐに言った。
「交流は最低限にしましょう」と。
なぜそんなことを言ったのか、自分でも分からない。
ただ、彼を近づけたくなかった。
「分かりました」
トーマスはそう答えた。
彼は元婚約者よりも頻繁にターナー家を訪れていた。
もっとも、それはイヴリンへ会うためではない。
ターナー侯爵から指導を受けるためだった。
そのため昼食や夕食を共にすることはあったが、会話の中心は父とトーマス。
イヴリンは儀礼的に同席しているだけだった。
以前の婚約者と定期的に開いていたお茶会も、二人の予定には組み込まれなかった。
忙しかったから。
イヴリンも。
トーマスも。
子爵家の次男がターナー侯爵家を継ぐ。
他家へ嫁ぐはずだった自分が侯爵夫人となり、家政を取り仕切る。
場合によっては嫡子として矢面に立つこともある。
それに耐えられるだけの知識と能力が必要だった。
並大抵の努力では足りない。
それはトーマスも同じだった。
だけど、イヴリンの目には、トーマスは易々と父の課題をこなしているように見えた。
才能の差を見せつけられている気がした。
だから、ますます遠ざけた。
遠ざけたのは自分なのに。
歩み寄ろうとしないトーマスに腹を立てた。
なんて勝手なのだろう。
なぜワイマール伯爵主催のガーデンランチへ参加し、あんなことを言ったのか。
当時は自分でも分からなかった。
何かに突き動かされるように計画し、実行した。
――壊したかったから。
いろんなものを。
自分自身も含めて。
その気持ちが、今になってようやく見え始めている。
それでも、まだ分からないことは多い。
その中には、トーマスへの気持ちも含まれていた。
ただ一つだけ確かなのは。
彼に非礼を働いたということ。
貴族としての体面も。
男としての矜持も。
べったりと泥を塗った。
だから謝らなければならない。
義務として。
自分はまだ、一応は貴族なのだから。
そう思いながら、イヴリンはトーマスの待つ応接室へ向かった。




