番外編 第六話 これから先の話を
「あなたは、アレク殿がお好きだったのですか?」
まっすぐな質問だった。
まっすぐすぎて、避けきれなかった。
思わず、自分の心を覗き込む。
「私は……」
イヴリンは胸へ手を当てた。
そして思う。
私は一体、ここに何を溜め込んでいるのだろう。
「分からないの。
好きだったような気もするし、エミリアが羨ましかっただけのような気もする」
トーマスの自分語りに触発されたのか。
気づけば、素直な言葉が口からこぼれていた。
「時々、アレクが婚約者だったらと考えたことはあるわ。
だけどそれは、今婚約者だったらじゃなくて。
前の婚約者だったら、なの」
トーマスは何も言わない。
ただ静かに耳を傾けていた。
「アレクが婚約者で。
だけど、家の都合でその縁が消えることになった時。
アレクだったら、少しくらい悲しい顔をしてくれたかしらって」
そこでイヴリンは小さく笑った。
自嘲するような笑みだった。
「でも、それは私がエミリアでなければ成り立たないのよ。
そんなこと、分かっていたはずなのに」
言葉が途切れる。
そっとトーマスの顔を窺った。
こんな話を聞かされて、どう思っただろう。
だが、なぜだろう。
トーマスはどこか肩の力が抜けたような表情をしていた。
むしろ、少しだけ安堵しているようにも見える。
「正直に言うと、私はあなたから『最低限の交流で良い』と言われて傷つきました」
トーマスは静かに言った。
「ですが、あなたがなぜそう言ったのかを知ろうともせず、勝手な僻みで、言われた通り歩み寄らなかった」
その声に責める響きはない。
だからこそ胸に刺さる。
「ですが、私のそういう態度が、今度はあなたを傷つけた」
トーマスは一度言葉を切った。
「お互い、一番最初から距離感を間違えたのだと思います」
イヴリンは黙って聞いていた。
反論できない。
その通りだったから。
「だから、これから少しだけ歩み寄ってみませんか?」
柔らかな声だった。
「歩み寄った上で、やっぱり考え方が合わないとか。
好きになれないとか。
そういう気持ちの方が上回るなら、その時に改めて二人の関係を見直せばいい」
春の終わりの風が吹く。
花の香りを運びながら、二人の間を通り抜けていった。
「近いうちに領地へ行かれるのでしょう?
私も同行させてください。
あちらで少しずつ、いろいろな話をしましょう」
なんでそんなことが言えるのだろう。
イヴリンのせいで散々嫌な思いをしただろうに。
返事をしなければならない。
そう思うのに、胸の奥から出てきたのは別の言葉だった。
「このお庭、本当はもっと華やかだったの。
お母様がいらした頃は……」
言ったあとで、自分でもおかしくなった。
今する話ではない。
それなのに。
「領地に行ったら、いろいろな花を見て回りましょう」
トーマスは自然にそう返した。
「きっと、この庭に似合う花もあるはずです。
そして、ここへ帰ってきたら、それを植えましょう」
イヴリンは息を呑んだ。
その言葉を聞いた瞬間、自分が何を望んでいたのかが分かった気がした。
失ったものばかり見ていた。
なくなったものばかり数えていた。
だけど、本当は。
これから先の話がしたかったのだ。
やっぱり私は、この人には敵わないのだわ。
改めてそう思う。
けれど今までのような不快感はなかった。
ただ、見習いたいと思った。
素直に。
ふと振り返る。
いつものように、侍女が少し後ろに控えていた。
「あなたもついて来てくれる?」
イヴリンが尋ねると、侍女はほんの少し目を見開いた。
だが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「もちろんです。お嬢様」
その笑顔には、かすかな安堵が滲んでいた。
それを見た瞬間、イヴリンの胸の奥で何かがほどける。
私は一人じゃない。
ようやく、そう思えた。
だから――。
「トーマス様。この度は本当にごめんなさい」
今度は儀礼ではない。
心からの謝罪だった。
その言葉は涙とともにこぼれ落ちる。
春と夏の境目の風が、そっとそれを攫っていった。
ーー完ーー
これにて本編、番外編ともに完結です。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。




