第三話 当たり前だった日々
エミリアは、手にしていた紅茶のカップをそっとソーサーに戻した。
アレクをまっすぐに見据え、ほんのわずかに首を傾げる。
そして、やわらかく微笑んで言った。
「それは、アレク様がお聞きにならなかったからですわ。」
アレクとエミリアの婚約は、アレクが学園を卒業した直後——三月に結ばれた。
二人で婚約同意書に署名した日を記念日とし、数か月前、その日を祝うためにリンバー家で食事をした。
ささやかな贈り物を交わし、他愛のない会話を楽しむ。
エミリアも、いつものようにふわりと微笑んでいたはずだ。
だから、普通なら——
あの場で、四月からの学園入学の話題が出てもおかしくはない。
王立学園への入学は、貴族の子弟にとっては当然のことだ。
それでもなお、人生の節目として、近しい者と祝うだけの意味を持つ出来事でもある。
アレクは、本来、王立学園へ進む義務のない立場だった。
両親はそれぞれ貴族の次男と次女で、結婚を機に籍を離れ、平民として暮らしていたからだ。
父は王宮で文官として働き、語学の才を見込まれて外交の任にも就いていた。
アレク自身も、いずれは父と同じ道を進みたいと考え、文官科への入学を望んでいた。
だが、平民にとって王立学園は容易に門戸が開かれている場所ではない。
高難度の試験に加え、貴族と同じ環境で生活するための相応の礼儀も求められる。
その点で、アレクは恵まれていた。
両親は元貴族であり、幼い頃からその作法に触れて育っている。
さらに、母が弟を産んだ後に体調を崩して亡くなって以降、父が不在のときにはリンバー家で預かってもらうことが多かった。
両家の父母が、それぞれ親しい間柄だったためだ。
父方の実家では、次期伯爵である伯父が父を疎んでいた。
母方の実家では、母の死を弟リアムのせいだと信じた祖父母が、彼を忌み嫌い、父にも厳しい言葉を向け続けていた。
そのため、やがてどちらの家とも距離を置くようになったらしい。
母が亡くなって間もなく、父は外交官の任を解かれ、出張や残業の少ない部署への異動を望んだ。
——それに待ったをかけたのが、エミリアの両親だった。
エミリアの父は、当時まだ伯爵位を継いではいなかったが、いずれ伯爵となれば議員として貴族院に籍を置かなければならない立場にあった。
そのため人脈拡大を目的に、王都で積極的に社交を行うよう求められ、一年を通して王都のタウンハウスで生活していた。
そうした事情もあり、アレクとその弟を、父親が出張で不在の間預かることは難しくなかった。
偶然にも、エミリアの上の兄とアレクは同い年で、さらにアレク兄弟を預かり始めて一年後には、エミリアの下の兄が生まれている。
男の子四人は、いつも賑やかに、わいわいと成長していった。
結果としてアレクは、年の半分以上を伯爵家で、爵位継承権を持つ子どもたちと共に過ごしていたことになる。
そのため王立学園が求める最低限のマナーは、意識せずとも自然と身についていた。
さらに、リンバー家の二兄弟に家庭教師がつき、学業に力を入れることになった際、アレク兄弟だけが遊んでいるのは好ましくないという申し立てがなされた。
言い出したのは、リンバー家長男だった。
その結果、アレク兄弟もまた、リンバー家の兄弟と同等の教育を受けることとなった。
こうしてアレクは、長年にわたり貴族に準ずる教育を受けてきた。
ゆえに彼にとって、王立学園の入学試験は、悲壮な覚悟で臨むようなものではなかった。
――だが、文官科への進学は叶わなかった。
入学試験の数か月前、アレクの父の実家であるホイヤット領で、例年にない大雨が降り続いた。
各地で河川が氾濫し、複数の堤防が決壊。田畑や住宅地は浸水し、山間部では土砂崩れも相次いだ。
本来であれば迅速に対応すべき状況だったが、その頃にはすでに伯爵位を継いでいた伯父とその一家は、銀行に預けていた現金資産を持ち出し、行方をくらませていた。
その後の調査で、さらに多くの事実が明らかになる。
書類上は実施されているはずの公共工事が、実際には行われていなかったこと。
すでに完了したとされる工事でも、帳簿に記載されたものよりはるかに質の低い資材が使われていたこと。
本来優先されるべき危険度の高い箇所が放置され、逆に優先度の低い場所の工事が先に進められていたこと。
それらの指示を出していたのが伯父であり、さらに複数の役人が黙認、あるいは積極的に加担し、その見返りとして金銭を受け取っていたことも判明した。
そうした事実が、次々と明らかになっていった。
『これはもう、ホイヤット家のお取りつぶしは免れまい』
そう誰もが思った。
だが、アレクの父親がホイヤット家の次男であることが分かると、外交官として順調に出世コースを歩んでいた彼に任せてみては、という声が上がり始めた。
本人は固辞した。
外交手腕と領地経営の才能は別物だ、と。
それでも最終的には、王命に近い形でアレクの父親がホイヤット伯爵となった。
これは、アレクの祖父である前ホイヤット伯爵の意向でもあった。
彼の代まで、「ホイヤット伯爵といえば堅実」と誰もが口にするほど、危なげのない領地経営が続いていた。
とりわけその人柄は国王陛下にも認められており、だからこそ「彼が次男に期待するのなら、一度任せてみよう」という判断に至ったのだ。
外務大臣にアレクの父親の評価を問うと、語学の才能はもちろんのこと、適材適所を見極める力。
相手の要望の優先順位を正確に捉え、交渉を有利に運ぶ術。
分からないことは徹底して調べ上げる粘り強さと、他者の意見を柔軟に取り込む姿勢。
そのどれもが高く評価されていた。
それらの資質は、領地経営においても十分に発揮され得ると見なされたのである。
こうしてアレクの父親は世襲貴族となり、アレクもまた爵位継承者となった。
父はアレクに、無理をして継承者になる必要はないと言ってくれた。
自分たちが継がずとも、親族の中から後継者を指名すればよいのだから、と。
その言葉を受けて、アレクは悩みに悩んだ末、継承者となる道を選んだ。
結論に至るまで、何度もエミリアの父と兄に相談している。
彼らの助言はこうだった。
王立学園で領地経営を学び、卒業後に実地で経験してみて、それでも自分には無理だと判断したなら、その時に文官を目指すことはできる。
だが、その逆はほぼ不可能に近い。
アレクもまた、それが最も現実的な選択だと納得した。
入学試験自体は、希望する科を変更したとはいえ、直前で慌てるほどではなかった。
しかし父は外務省を辞め、ホイヤット領に入り、すぐに采配を振るわなければならなかった。
資金補填のため、代々受け継がれてきたタウンハウスや、伯父が所有していた王都のアパートメント、他領地の別荘などの売却も急務となる。
加えて、他貴族家へ復興支援を求める必要もあった。
もしアレクの母が存命であれば、あるいは父が再婚していれば、伯爵夫人としてそれらの役目を担うこともできただろう。
だが父は独身で、任せられる人物も身近にはいない。
そのため彼は、常に多忙を極めていた。
結果として、リンバー家とホイヤット家合同で行われた入学祝いに、父は出席できなかった。
それを、彼は心から悔しがっていた。
外交官時代には、何か月も前からその日は必ず休むと周囲に伝え、不測の事態が起きても自分以外で対応できるよう、入念に根回しまでしていたというのに、と。
その姿が強く印象に残っているからだろうか。
アレクもまた、エミリアの入学祝いには必ず顔を出し、リンバー家の面々と共に祝うつもりでいた。
――それを、忘れていたのだ。
本来であれば、アレクが忘れていたとしても、エミリアが一言伝えれば済む話だったはずだ。
だが彼女は言う。
あなたが聞かなかったから、言わなかったのだと。




