第二十話 話さなくなったーーエミリア視点ーー
アレクが所属していたのはBクラス。
生徒を四〜五人ずつの班へ分け、それぞれの領地の特産品を持ち寄り、何らかの工夫を加えて販売する。
そして、その製作過程や研究内容を書き記したものを、販売ブースへ掲示することで学術発表としていた。
アレクの班は、アレクが果実を。
他の班員たちが小麦、酪農品、甘味料、さらには他国産の香辛料などを持ち寄り、焼き菓子として販売していた。
アレクは、その焼き菓子をエミリアへプレゼントしてくれた。
だけど、エミリアは素直に喜べなかった。
同じ班にいた女子生徒と、アレクが仲良く話しているところを見てしまったからだ。
学術発表会へ向けて準備をしていた時期、アレクの帰りが遅くなることがあった。
その時、彼女も一緒だったのだと知ってしまい、エミリアの胸には複雑な感情が残った。
だけど当時のエミリアは、ただの幼馴染にすぎない。
そんな立場で、明らかな嫉妬を見せるわけにはいかなかった。
だから、そのもやもやとした感情は、行き場を失ったままエミリアの中へ残り続けた。
学生時代、アレクの口からイヴリンという名前が出たことはない。
だからエミリアは思った。
あの時の女子生徒が、イヴリンだったのではないか、と。
その人を、アレクは二年間、公の場でエスコートする。
もしかして、あの頃からずっと交流が続いていたの?
その問いを、エミリアは口にしなかった。
そもそも、イヴリンをエスコートするという話自体、アレクはエミリアへ伝えてくれなかったのだから。
……私たち、婚約したのよね?
それなのに、どうして他の女性をエスコートするの?
そして、そのことを私へ話してくれないのは、なぜ?
父の話では、エスコートの見返りとして、ターナー家からホイヤット領への支援が行われるらしい。
リンバー家も支援はしている。
だが、侯爵家からの援助となれば、その規模は比較にならない。
だから。
自分の婚約者が、別の女性をエスコートすることを、黙って受け入れろということなのだろうか。
卒業後すぐ、アレクは何度かイヴリンをエスコートしていた。
そのことを、アレクはエミリアへ話さない。
だけど、誰かが教えてくれる。
ほんの少しの悪意と、哀れみを混ぜながら。
それを耳にするたび、エミリアは自分の心のどこかが、冷たく固まっていく気がしていた。
それからエミリアは、自分のことを話さなくなった。
感情を見せず、他愛もない会話を繰り返すだけ。
今までどんなことでもアレクへ話していたエミリアにとって、それは大きな変化だった。
今のアレクが、自分のことで精一杯なのは分かっている。
だけど。
結婚を約束した相手なら、いつかは自分の変化へ気づいてくれる。
そう信じていた。
けれど――。
結局アレクは、エミリアの変化へ気づかないまま、時間だけが過ぎていった。
そしてエミリアは、王立学園へ入学した。
アレクは、それさえ忘れているようだった。
エミリアが言えば、お祝いの言葉も、プレゼントも用意してくれるのだろう。
でも。
それに何の意味があるの?
自分が意固地になっている自覚はある。
だけどエミリアは、何も伝えないまま王立学園へ入学し、寮生活を始めた。
入学直後は、生活環境の変化に戸惑うことも多く、アレクのことを考える余裕などなかった。
だけど、それはエミリアにとって、ありがたいことでもあった。
学園生活にもだいぶ慣れてきた五月半ば。
突然、アレクがエミリアへ会いに来た。
エミリアが王立学園へ入学したことを、今さら思い出したらしい。
学園の談話室で向かい合うエミリアに、アレクはようやく、何かがおかしいと感じ始めているようだった。
どうして入学のことを教えてくれなかったのか、と尋ねられる。
だからエミリアは、聞かれなかったから、と答えた。
その返答に込めた意味へ、アレクは気づくだろうか。
――あなたは、私に大事なことを教えてくれない。
だから私も、教えないわ。
そんな思いを抱えながら、笑顔を作る。
感情を乗せない微笑みも、ずいぶん板についてきた。
アレクとの婚約を伝えられた時、まさか二年後に、こんなやり取りをする関係になっているなんて思いもしなかった。
順調にいけば、三年後には結婚する相手なのに。
それを、誰より願っていたはずなのに。
今はもう、その未来に幸せな自分の姿を思い描けない。
あの日、ガゼボで泣いていた幼いエミリアが、今の自分へ問いかける。
――もうアレク様のこと、好きではないの?
……分からない。
二年という歳月は、エミリアの恋心を凍らせるには十分な長さだった。
だけど、消えてしまったわけではない。
今、目の前にいる、かつて愛しかった人は、ようやくエミリアの変化に気づき始めている。
この先の会話が、自分たちの未来を決定づけるかもしれない。
そんな予感があった。
何を言い、何を言わずにおくのか。
そんなことを考えていると、開け放たれた談話室の扉の向こうに、シャノンの姿が見えた。
シャノンには、アレクへ恋をしたあの日から、何度も相談に乗ってもらっている。
特にこの二年は、愚痴のオンパレードだった。
エミリアと目が合うと、シャノンは迷うことなく談話室へ入ってくる。
こちらへ向かってくるシャノンは、一見すると無表情にも見えた。
しかし、エミリアにだけは分かる感情を浮かべていた。
――どうしたい?
もう少しアレクと二人で話したいのか。
それとも、ここから離れたいのか。
そう問いかけてくれている。
エミリアは、シャノンを迎え入れるため立ち上がりながら、
――分からないの。
そう言うように、心の揺らぎを表情へ滲ませた。
時間にすれば、一秒にも満たない変化。
表情と呼ぶには、あまりにも微細な揺れ。
だけどシャノンは、それを正確に読み取ってくれた。
シャノンがアレクへ初対面の礼を示したことで、二人が初めて顔を合わせたのだと知る。
エミリアがお互いを紹介したあと、三人は軽い会話を交わした。
そして頃合いを見て、シャノンが、馬術部の部長がエミリアを探していたと伝えてくれる。
エミリアは、それを理由に席を立つことができた。
アレクから離れられたことへ、ほっとしている自分に気づき、エミリアは苦笑する。
以前なら、一分でも一秒でも長く、一緒にいたいと思っていたのに。
今はもう、何を話せばいいのか分からない。
それでも、結婚をするのなら、いつかは話さなければならないのだろう。
心に根付いてしまった、不信と諦め。
そんな感情を抱えることになった理由を。




