表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】聞かなかったのは、どちらだったのか  作者: くぎのりクロボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/34

第十八話 恋のはじまりーーエミリア視点ーー


幼い頃から、母が何かにつけエミリアを自慢し、優先することに、居心地の悪さを感じていた。


可愛がられていること。


大切にされていること。


それは十分に分かっている。


それでも、二歳上の兄マティウスから時折向けられる、意地の悪い視線に幼心は傷ついたし、母に連れられて行くお茶会で、母のいない隙を狙って囁かれる、聞こえよがしの嫌味にも疲弊していた。


母へ話せば、相手に言い返してくれるだろう。


だけど、それが貴族夫人として相応しい振る舞いではないことを、エミリアはすでに知っていた。


それに、嫌味の原因は母自身にある。


だれかれ構わず、エミリアの可愛らしさを、あけすけに語ってしまうのだから。


だからエミリアは、心の内へ感情をしまい込み、何も気づいていないふりをしてやり過ごしていた。


そんなある日のことだった。


兄たちと遊ぼうと、二人の背後から近づいた時。


マティウスは時折、「エミリアはいいよなぁ」などと嫌味を口にすることはあった。


それでも、本気で嫌われているわけではないと思っていた。


だから、いつものように近づいていき――そして、耳にした。


「はっ、エミリアのわがままにはうんざりだ。


いっつも僕たちの後ろをついて回ってさ。


それだけでも鬱陶しいのに、あいつが転んだり、服を破いたりすれば、僕たちが母上に叱られる。


だからといって遊んでやらなかったら、それはそれで叱られる。


あいつなんて、ただ可愛いだけで、何の役にも立たないお荷物じゃないか」


「うん……まぁ、そうだね」


パトリックとマティウスは、エミリアへ背を向けている。


だから、マティウスの吐き捨てるような言葉へ同調した時の、パトリックの表情は見えなかった。


エミリアにとって、パトリックはいつだって優しく、頼りになる兄だった。


マティウスが、一緒に遊びたがるエミリアを鬱陶しがっても、パトリックはいつも、そんな弟を宥めてくれていた。


だからエミリアは、パトリックがすぐにマティウスをたしなめてくれると思った。


それなのに。


パトリックもまた、マティウスへ同意した。


その事実をどう受け止めればいいのか分からず、その場へ立ち尽くしていると、不意にアレクと目が合った。


兄たちに鬱陶しがられている存在。


それを見られてしまった。


幼いながらも、エミリアはいたたまれなくなって。


逃げるようにその場を離れた。


少し離れた場所にあるガゼボは、エミリアのお気に入りの場所。


ベンチへ腰掛けた途端、それまで堪えていた涙が溢れそうになる。


家庭教師からは、人前で涙を見せるのは、はしたないことだと教えられた。


でも、今ここには誰もいない。


だから、少しくらい泣いても許されるだろうか。


本当なら部屋へ戻るべきなのだ。


それは分かっている。


部屋でなら、泣くことは許されているのだから。


だけど、部屋へ戻れば、きっと乳母はエミリアの潤んだ瞳に気づくだろう。


そうしたら、「どうされましたか?」と聞いてくるはず。


兄たちと遊んでくると言って部屋を出たエミリアが、そんな顔で戻れば、乳母は原因が兄たちにあると察するだろう。


そして、エミリアの「伝えないでほしい」という気持ちは無視され、このことは両親へ報告される。


そうなれば、兄たちはまた母に叱られてしまう。


だからほんの少しだけ、ここで気持ちを落ち着かせたかった。


しばらくして。


カサリ、という音に顔を上げると、そこにはアレクがいた。


目に浮かんだ涙は、まだ乾ききっていない。


エミリアは、静かにアレクへ視線を向けた。


「隣に座ってもいいかな?」


優しい問いかけだった。


アレクの口調から、気遣いを感じた。


だから余計に、エミリアの涙は再び零れ落ちそうになる。


気づかれたくなくて、俯いたまま。


エミリアは、アレクが座れるよう、自分の体を少しだけ端へ寄せた。


アレクはただ隣に座り、何も言わずにいてくれた。


時折、エミリアの髪をそよ風が揺らす。


ガゼボを囲む木々の葉が、さわさわと音を立てた。


時々、小鳥がチチチと鳴く。


自然の音を、ただじっと聞いているだけ。


静かに、時間だけが流れていく。


そうしているうちに、エミリアの中で今にも溢れ出しそうになっていた感情が、少しずつ元の場所へ戻っていった。


「エミリア。頭、ポンポンってしてもいい?」


まるでそれが分かったかのように、アレクが問いかける。


エミリアは、すぐには頷けなかった。


「……なんで?」


こんなの、可愛らしい返事じゃない。


いつでも可愛らしくあることを求められているエミリアにとって、この答え方は褒められたものではなかった。


「なんでだろう?


エミリアが可愛いからかな?」


少し茶化すような言い方に、アレクの優しさを感じた。


その優しさが、さっき胸へ刺さった棘を、するりと撫でた。


だからだろうか。


言うつもりのなかった言葉が、勝手に零れた。


「私は、わがままなんでしょう?」


こんな風に聞けば、「そんなことないよ」と答えるしかなくなる。


ずるい聞き方だと、自分でも思った。


だけどアレクは、


「七歳の女の子が、家の中でちょっとくらいわがままなのって、普通だろ?


マティウスがああ言ったのは、家庭教師に注意された腹いせだよ。


ただの八つ当たりさ」


と、穏やかに言った。


アレクは、エミリアがわがままであること自体は否定しなかった。


淑女教育を受けている身としては、わがままだと思われていることを恥じるべきなのだろう。


だけど、アレクの言葉と表情は、ありのままのエミリアを優しく受け止めてくれているようで。


エミリアの中で固まりかけていた感情が、ゆっくりとほぐれていく。


でも、その気持ちをうまく言葉にはできそうになかった。


だから、少しだけアレクへ近づいて。


そっと、自分の頭を差し出した。


アレクは、エミリアの頭を軽くポンポンと叩いたあと、優しく自分の方へ引き寄せてくれた。


アレクの体温。


頭を撫でる、穏やかな手の動き。


それを感じた途端、エミリアは自然と泣くことができた。


恥ずかしいとは思わなかった。


ただ静かに。


感情のままに。


七歳の少女が一人で抱えるには重すぎた、“誰かに疎まれている”という事実。


そして、それによって波立った感情を。


アレクは、ただ優しく癒してくれた。


それが、エミリアの恋の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ