宝の山③
要は南洲守弘が何事か悩んでいたというだけだ。会社の経営は楽ではなかった。悩んでいたのが不倫だったとは言い切れない。
残念ながら証拠にはなりそうもなかった。だが、二人が横浜のレストランで会っていたという証言があった。浅子の話を単なる妄想だと、切り捨てることはできなかった。
「なるほど~なるほど~二人が不倫をしていたのなら、何故、則天さんは事故死したのでしょうか? 二人にとって、邪魔者は守弘さんだったはずです」
「それは・・・あの日、聡美さんは守弘を亡き者にしようとして、誤って転落したのだと思います。あの子を二階のベランダから谷底に突き落として、殺してしまうつもりだった。ところが、守弘に交わされてしまい、反対に聡美さんが転落してしまった。きっとそうです」
「なるほど~なるほど~」
浅子の話は想像に過ぎないが、的を射ているように聞こえた。
「聡美さんが殺されてしまったものだから、健文さんは一族のものを焚きつけて、守弘を殺したのです! あの子、南洲を名乗っていましたが、私もあの子も、南洲家とは血の繋がりはありません。聡美さんの遺産はあの子が継いで、あの子が亡くなったら、私が継ぐべきです。たった一人の親族なのですから。それを、あの一族は人を金の亡者だと決めつけ、あの子の遺産を取り上げようとしている。クズ山だから、あの山だけは欲しい? 冗談じゃないわ。今の話だと、クズ山どころか宝の山じゃない! 全く、あの一族の人間は――」浅子はギリギリと歯ぎしりをした。
溜まっていた鬱憤が爆発してしまった。どうやら、浅子は石川山を石川に渡すことに同意していないようだ。
「まあ、奥さん、少し、落ち着いてください」などと祓川は言わない。「なるほど~なるほど~」と感情の赴くままにしゃべらせた。
浅子は、「あの夜、事件があった夜、夫は南洲家から青い顔で戻って来ると、私に『すまない、すまない』と繰り返したのです。『何があったの? 何がすまないの?』って聞いても、答えてくれませんでした。後で、その夜、守弘が殺されたことを知って、あの晩、南洲家で何かあったのだと思いました。あのろくでなしの一族が、よってたかって守弘を殺害したのです。そうに違いありません!」と一気に吐き出してから、はたと口を噤んだ。
うっかり、夫の犯罪を告白したことに気づいたようだ。
「どうしました?」と祓川が水を向けても、「いえ、何も・・・忘れて下さい。全ては私の想像ですから・・・」と前言を撤回した。
二人の子供たちから、父親を奪う訳には行かないのだ。
「弟さんを殺害した犯人を捕まえたいのです。何でも結構です。石川健文が犯人だと示す証拠はありませんか?」祓川は暗に「犯人は石川なので、安心してしゃべって構わない」ということを伝えようとしていた。
夫の身を案じているのだろう。浅子は口を閉ざしたままだった。祓川は「奥さん、警察はバカじゃない。隠していたって、いずれ分かります。警察に知れてからじゃあ、何を言っても遅い。見た感じ、あなたがた夫婦は石川に利用されているだけのようです。ここは我々の捜査に協力した方が、あなたがたの為です」と畳みかけた。
「実は――」と浅子が落ちた。「ある日、不動産会社から夫宛てに郵便物が届いたのです。私、気がつかずに、それをうっかり開封してしまいました。そしたら、中にアパートの賃貸契約書が入っていました。夫は私に黙って、八王子にアパートを借りていたのです。私、てっきり浮気をしているのだと思って、夫を問い詰めました。そしたら、『健文さんに頼まれて、アパートを借りたんだ。賃貸契約の契約者になっただけだ』と言うのです。そんなこと・・・私、信じられなくて、アパートに行ってみました。そしてら、アパートには若い男の人が一人、住んでいるだけでした。
私、心配なのです。夫が変なことに巻き込まれていないか。南洲一族の掟だとかで、仕方なく協力しているだけなのです。全く、今時、あんな古臭い掟を信じるなんて・・・刑事さん、お願いです。夫は悪いことなんか出来る人じゃありません。きっと健文さんに唆されて、協力させられているだけです。助けてください」
浅子は両手で顔を覆って、泣き出した。
「奥さん、それで結構です。旦那さんは石川の悪事に無理矢理、加担させられているのでしょう。それで、そのアパートの住所を教えてもらえませんか?」
祓川は浅子から八王子のアパートの住所を聞き出した。
篠村家を辞すと、祓川は「捕り物には興味がない」と言い、宮川に「武蔵野署と連携して、大至急、八王子のアパートにいる人物を押さえろ!きっと事件の鍵を握る人物のはずだ」と怖い顔で命じた。
「いいんですか――⁉ 祓川さん。手柄を譲ることになりますよ」と宮川が言うと、「くだらん! 手柄もへったくれもあるか! 事件を解決することが先決だ」と一喝されてしまった。
宮川は鈴木と連絡を取り、「篠村幸太郎は石川の指示により八王子にアパートを借りて、誰かを匿っているようだ。事件に関係のある重要人物だと祓川が言っている」という情報を伝えた。
「分かった。俺たちに任しておいてくれ!」と鈴木たち武蔵野署刑事課の捜査員は勇躍、八王子に向かった。そして、アパートを急襲した。
八王子郊外にある鉄骨造のプレハブ工法で建てられた二階建てのアパートの二階の一室が目指す部屋だった。問題のアパートには男が一人、住んでいた。
アパートを訪ねると、男はドアを薄く開けて顔を覗かせたが、来訪者が刑事だと知ると、いきなりドアを閉めた。そして、ドアとは反対側の窓から逃走を図った。当然、逃走に備えて、裏にも刑事を配置してあった。
男は二階の窓から飛び降りた。足をくじいたようで、地面で動けなくなっていた男を難なく取り押さえることが出来た。
男は斎藤淳史だった。
コジョーの前身、アツモリを守弘と一緒に立ち上げ、共同経営者となっていた男だ。その後、守弘と仲たがいし、袂を分かった。そして、新たに立ち上げた会社の経営に失敗、借金を抱えた。借金返済の為に、親類縁者から金を借りたが、その金を持ち逃げし、詐欺罪で訴えられている。
逃亡中の身の上だった。
「はは。こういう力仕事は、祓川さん向きの仕事じゃないかもしれないな」鈴木はご機嫌な様子で、斎藤確保の一部始終を宮川に教えてくれた。
僕もその場にいたかったというのが宮川の素直な気持ちだったろう。




