保険③
何時も通り、青梅署に応援に来ていた。
DNA鑑定の結果を受け、宮川は祓川に確かめてみた。
「祓川さん。犯人は南洲隆也で決まりだと思うのですが――」祓川がまだ、石川が犯人だと思っているのか気になったからだ。
南洲隆也が重要参考人となってからは、捜査の主戦場が青梅署に移った感じだった。武蔵野署内で、祓川のパートナーとして活躍する宮川の存在が重要なものになっていた。
祓川独自の捜査により、南洲隆也が容疑者として浮上して来た。守弘殺害の動機について、石川は「そりゃあ、隆也さんも守弘さんが則天さんを殺したと思っていたからでしょう。あの転落死はいかにも怪しい。隆也さんは一族の結束にこだわっていました。則天さんを殺されたとあっては、一族の長老として黙っていられなかったのだと思います」と証言した。
――南洲一族の縄墨。
南洲隆也は祖先の教えに従って、守弘を殺害したと言うのだ。
そして、姿を消した。
青梅署でも、宮川も含め、守弘を殺害したのは、南洲隆也で決まりという空気が流れていた。
「南洲隆也が疑わしいのは間違いない。だが、まだ確実な訳ではない。可能性のひとつに過ぎない。別の可能性があるなら、それを潰しておかなければならない」祓川はそう答えた。
石川犯人説を捨てていないということだ。
「南洲隆也は犯人ではないのでしょうか?」
「それは分からん」と祓川は素っ気ない。
「でも、祓川さんが探り当てた通り、南洲社長の車を運転していました」
「恐らく、車を吉祥寺のアパートの駐車場に戻す為に、運転して行ったのだろう」
「と言うことは、やはり隆也が南洲社長を殺したのでは?」
「南洲守弘氏が死んでいることを知っていたことは間違いないな。犯行に一枚、噛んでいたようだな」
「やっぱり・・・」宮川が呟くと、「だがな。ほとんど同じ時刻に、石川の運転する車が都内に向かっている。二人はグル、共犯だった可能性が考えられる」
「何故、二台に分かれて行ったのでしょうか?」
「簡単だ。恐らく、石川の車のトランクには南洲氏の遺体が積んであったのだ。遺体を会社に運んで行った。そして、南洲隆也は南洲社長の車をアパートまで運び、駐車場に停めた。これで、南洲社長が南洲家からアパートに戻ったことになる。後は遺体を会社に放置した石川が隆也をピックアップして、南洲家に戻ってくる」
「ああ、なるほど。遺体を運ぶのは南洲社長の車でも良かったのでは?」
「南洲社長の車は直ぐに調べられる。遺体を運んだ形跡が残っていれば、何処かで誰かに殺され、車で運ばれたと分かってしまうだろう。車のトランクに持ち主の遺体の痕跡を残しておく訳には行かない」
「ああ、そうか。そうですね。二人は共犯なのですね?」
「分からん」滔々と推理を述べたかと思うと、急に突き放す。
恐る恐る「ひょっとして、石川は逃走用に車を遠藤に貸し与えるつもりだったのではないでしょうか? 遠藤に罪を押し付けるために。だけど、遠藤が姿を消してしまったので、出来なかった」と言うと、祓川が「うむ」と頷いてくれた。
可能性はある。祓川が認めてくれた。宮川はそれが誇らしかった。
「南洲隆也宅で凶器となるロープが見つかったのは何故でしょうか?」
祓川はジロリと宮川を睨んで言った。「お前も見ただろう、あのロープ。机の引き出しの中に放り込んであった」
「はい。見ました」
「どう思った?」祓川に試されているようだ。
「そうですねえ・・・凶器にしては、ちょっと長い気がしました」
ロープは四メートル近くあった。
「うむ。それもある。確かに長い。他に、不自然なところはなかったか?」
「ああ、そうですね・・・」
宮川の返事を待ちきれなくて、祓川は自分で答えた。「書斎の机の引き出しに、ロープを仕舞っておくなんて変だろう? 引き出しを開けた時、妙な感じがしなかったか?」
「確かに・・・そうですね」書斎の引き出しの中で、ドグロを巻いていたロープは確かに場違いな印象を与えた。
「まさに見つけてくれと言わんばかりだった」
「えっ! 祓川さんは、あのロープ、見つけ易いように、わざと引き出しに入れてあったと言うのですか?」
「ふん。これ見よがしに引き出しに入れてあったのだ。あのロープ、我々に発見してもらいたかったに違いない。南洲隆也が犯人だとすると、殺人の凶器を後生大事に引き出しに仕舞っておく訳がない。そんなことしてみろ。一体、どういう神経をしているんだ? と疑われてしまう。とっとと処分してしまうべきだろう。
考えても見ろ、守弘氏が会社で殺害されたのだとしたら、わざわざ凶器を持って帰ったなんて変だ。あれはいざという時の保険だったのだ」
「保険ですか?」
「遠藤のアリバイが崩れ、疑いが自身に向いた時のため、やつは凶器のロープを保管してあったのだ」祓川の言う「やつ」とは石川のことに違いない。「やつは南洲隆也が留守であることを知っていた。知っていて、屋敷内を調べるように我々を誘導した。自分に疑いが向かないように、我々が来る前に仕込んでおいたのだ。あのロープを我々に見つけさせて、隆也に罪を押し付けるつもりだったのだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。祓川さん。石川健文があのロープを仕込んだと言うのですか⁉」
「ふん」と祓川は鼻を鳴らしただけだった。
「それに、石川は南洲隆也が留守であることを知っていたのですか? 南洲隆也の逃亡に手を貸したということでしょうか?」
宮川の問いかけに、祓川は「どうだろうな? 南洲隆也のために、そう祈っているがね」と恐ろしいことを言った。
「まさか・・・隆也氏は既に・・・」と宮川が言いかけると、それを遮って祓川が言った。「推測でものを言うな。あれこれ想像しても始まらん。それよりも捜査だ。証拠が必要だ。ひとつ、面白い情報を掴んだ。それを確かめに行くぞ!」
祓川が立ち上がった。
「行くぞって、祓川さん、何処に行くのですか?」
「招知大学の鷲尾ゼミだ!」
慌てて祓川の後を追う。詳しい事情は、おいおい移動の車中で祓川から聞くしかない。




