保険①
今日も南洲本家に石川がいると言う。
篠村を介して、石川と斎藤が繋がっているのではないかという祓川の考えを鈴木に伝えたところ、「宮川君、それは石川が犯人であると仮定して、初めて成り立つ説だよ。祓川さんは石川が犯人だと決めつけているようだけど、現時点では遠藤の容疑が晴れただけで、石川が犯人だという証拠は上がってきていない。せいぜい、浅田から逃げていた遠藤の逃亡を助けというだけで、それも被害届が出ていないから、逃亡幇助罪には当たらないよ」とやんわりたしなめられた。
祓川に影響されて、石川が犯人だと思い込んでいたようだ。
Nシステムの件については、「それは凄い!流石は祓川さんだ」と鈴木は手放しで誉め称えた。「写真に写っていた人物が誰なのか確認する為に、南洲家に向かっている」という話をすると、「誰だか分かったら、こちらにも教えてくれ。今の話、それに篠村のことも、管理官に伝えておく。まあ、石川が犯人かどうかはさておき、斎藤と繋がりがないか、こちらで篠村に当たっておくよ」と言って電話を切った。
「ハンドルを握りながら携帯電話はダメだ」と言うので、車を停め、宮川が鈴木に電話する間、祓川は助手席で大人しく座っていた。
車をスタートさせながら、宮川が言った。「あいつ、南洲家に居座るつもりですかね」
宮川の言葉には答えずに、助手席で祓川は携帯電話を弄っていた。口角が僅かに上がっている。笑っているのだ。奥さんか娘さんにメッセージでも送っているのかもしれない。
「でも、Nシステムの写真を見る限り、南洲社長を殺害したのは、写真に写っている人物だと考えるのが妥当なような気がします」
祓川がまだ、石川が犯人と思っているのかどうか気になった。遠藤の件は、祓川の見込み通り無実だった。恐らく、犯人として仕立て上げる為に仕組まれたのだろう。遠藤はその罠にはまった。
そして、今、新たな容疑者が浮上して来ている。祓川がそれをどう考えているのか知りたかった。
「うん?」と祓川は携帯電話から顔を上げると、「それを確かめに南洲家に行くのだ」と答えた。答えになっていない。宮川は勇気を振り絞って尋ねた。「石川が犯人なのでしょうか?」
「遠藤を自分のアパートに匿ったのは誰だ? 守弘が呼んでいると会社に誘き出したのは誰だ? やつを罠にはめた人物が誰なのか考えれば、自ずと犯人が誰なのか分かるはずだ」
祓川は石川犯人説を捨てていないようだ。
車が南洲家の庭に滑り込む。相変わらず、不気味な屋敷だ。この一角だけ、音がしないのだ。鳥や虫の鳴き声すら聞こえてこない。まるで、防音壁が周囲に巡らされているかのようだ。南洲家は静寂の中に沈んでいた。
相変わらずスポーツ・カーが一台、停まっている。石川の車だ。
「やあ、刑事さん。またお会いしましたね。今日はどんなご用件でしょうか? もういい加減、十分なくらい、捜査には協力したと思うんですがね」南洲家では、石川が何時もの、にやついた笑顔を顔に張り付けながら二人を出迎えた。
「殺人事件の捜査です。よろしくご協力下さい。今日は、あなたに見て頂きたいものがあって、お邪魔しました」
「僕に見せたいもの? はて、何でしょう? まあ、いい。こちらへどうぞ」
何時もの応接間のいつもの場所に腰を降ろすなり、祓川が言った。「石川さん。玄宗さんと言った方が良いのでしょうかな。守弘さんの会社の防犯システムに外部からハッキングされた形跡が見つかりました。土曜日の夜、南洲氏の死亡推定時刻の防犯カメラの映像が書き換えられていたようです」
「えっ!」と石川は大仰に驚いて見せてから、「防犯カメラの映像が偽物だったということですか? へえ~そうなると、どうなるのですか?」と尋ねた。
見え見えだ。防犯システムへのハッキングがバレたことを知っていた。
石川と篠村が繋がっているのなら、防犯システムの細工がバレたことは、既に連絡がいっているはずだ。やはり、二人は繋がっていると、石川の様子から、確信できた。
「我々は、南洲守弘氏は別の場所で殺害され、遺体が会社に持ち込まれたのではないかと考えています」
「別の場所で殺されたのですか? それは一体、何処ですか?」
石川の質問を無視して、祓川はNシステムが撮影した写真をテーブルの上に広げると、「玄宗さん。これを見て下さい。ここに映っている人物、この車を運転している人物が、誰だか分かりますか?」と言った。
石川相手に手の内は見せられない。
「映っている人・・・う~ん。あっ!これ、この人は・・・多分、間違いないと思います。いや絶対にそうだ」
「知っている人物ですか?」
「はい。よく知っています。南洲隆也さんだと思います」と石川がテーブルの上の写真から顔を上げて言った。
「南洲隆也――⁉」
南洲隆也は七代目当主、隆正の弟で、八代目当主、則天の叔父だ。一族の長老と呼ぶべき人物だ。
「はい。隆也さんです。これ。間違いありません。でも、一体全体、何故、隆也さんが守弘さんの車を運転しているのでしょうか?」
「おや、私は車を運転している人物と言っただけで、南洲守弘氏の車だなんて、一言も言っていませんよ」
流石は祓川。証言の矛盾を聞き逃さない。
「嫌だな~刑事さん。これ、守弘さんの車でしょう。見たら分かります。何時も守弘さんが乗って来ているセダン車ですから。違うのですか?」
「南洲守弘氏の車です。あなたは他人の車のナンバーまで覚えているのですか?」
「だから、守弘さんが乗っていた車と同じだったので、そう思っただけですよ。私、車に詳しいもので、ちょっと見ただけで車種まで分かります」
「ところで玄宗さん。あなた、隆也さんとほぼ同時刻に、都内に車で向かっていますね?」そう言って、Nシステムが撮影したもう一枚の写真をテーブルの上に重ねた。
石川の表情が微かに動いた。




