防犯システム②
「ええ、あなたが持って来たのでしょう。それがどうかしたのですか?」
「いえ、ね。画像を巻き戻しますよ。土曜日の夜に」細野はマウスを巧みに動かして、一瞬で事件当夜まで画像を戻した。流石はIT企業の社員だ。
「ここを見てください。薄暗いのでよく見えませんが、ほら、ここ! 紙コップが映っているでしょう」社長室から漏れてくる灯りで、部屋全体がぼんやりと見えている。細野の机は画像の隅なので、社長室から遠く、机の上のものは輪郭が確認できる程度だ。
「確かに、これ、紙コップですよね!」宮川が声を上げた。
細野の言う通り、紙コップに見える。日曜日の朝、会社にやって来る時に持ってきた紙コップが土曜日の夜の画像に映っていた。あり得ないことだ。時間が逆転している。
「鈴木さん、見てください。紙コップが映っていますよ! 祓川さんの言った通りだ。防犯カメラの映像が変なのです」
宮川の興奮と裏腹に、鈴木は冷静だった。防犯カメラの映像は絶対だと思い込んでいた。それが信用できないとなると、事件の全体像がガラリと変わってしまう。
これは大変なことになった。冷静に見えて、鈴木も動揺していたはずだ。
早速、篠村を呼びつけて防犯カメラの映像に細工した跡が見つかったことを告げた。土曜日の夜の画像に日曜日にしか無かったものが映り込んでいた。それを指摘すると、篠村は青くなった。直ぐに伊納が呼ばれ、「伊納君。悪が、至急、防犯システムのプログラムを見直してくれ。何処かにデータを改ざんした跡がないが調べてくれ。誰が、どうやって、防犯システムをハッキングしたのか調べてくれ」と指示を出した。
宮川は一旦、携帯電話で、結果を祓川に報告した。「分かった。防犯システムの分析が終わるまで、そっちにいてくれ。俺は少し、調べたいことがある」と、あっさりとした返事だった。
偏狭な性格だが、手柄をひけらかすようなところは微塵もない。
たっぷり一時間以上は待たされた。鈴木と宮川は会議室で、伊納の確認が終わるのをひたすら待った。
やがて、「あの、刑事さん。細かいところは、時間が必要ですが、どうやって防犯システムのデータを書き換えたのか、大体、分かりました」と伊納がパソコンを手にやってきた。
先ずは鈴木が釘を差す。「そうですか。すいません、我々、パソコンは素人ですので、なるべく分かりやすく説明してもらえませんか?」
「そうですね。分かりました。なるべく簡単に説明します。防犯システムにはバックドアが仕掛けられていて、外部からハッキングできるようになっていました」
「バックドア?」
「ああ、すいません。裏口のことです。システムに穴が開いているみたいなもので、外からその穴を通して防犯システムにハッキングすることが出来たのです」
鈴木にも何となく理解できた。「要は外部から防犯システムのデータに細工することが出来た訳ですね。映画みたいに、画像を細工したのですか?」
「ちょっと違います。防犯カメラの映像は動画に見えて、パラパラ漫画みたいにコマ撮りした画像を連続して記録し、再生しているだけです。一秒間に何枚の画像で構成するかによって、動画の動きが変わります。この一秒間で何枚、保存するかをフレームレートと言います。このフレームレートが高いとスムーズに動き、低いとカクカク動きます。まあ、当然、フレームレートが高いと動画の容量が大きくなってしまいます。うちは業務用サーバー内にデータを保存していますので、少々、大きくなっても構いませんが、家庭用のハードディスクだと容量の制限があるので、録画して保存しておける期間が短くなってしまいます。ほら、一週間分とか一か月分とかあるでしょう?」
「ええ、まあ」と答えたが、段々、ついて行けなくなる。
「うちのフレームレートは15くらいでしょう。一秒間に十五枚の写真を撮影して、保存してある訳です。どうやってデータを改ざんしたかと言うと、この十五枚をコピーして新しい画像を作ります。そして、都合の悪い画像がある箇所に、この作った画像を上書きすると、都合の悪い画像を消去することが出来るのです。同じように、画像を移動させることも出来ます。防犯システム上では、きちんと時系列順に画像が並んでいたので分からなかったのですが、フレーム毎のタイムスタンプを確認してみると、土曜日なのに日曜日のタイムスタンプのあるフレームがあったのです。土日の画像に日曜日の画像を上書きした箇所が見つかりました」
「具体的には、どの画像が書き換えられていたのですか?」
「先ず、土曜日の夜です。八時半から翌朝、六時までの画像がまるごと翌日のものに置き換えられていました」
「と言うことは土曜日の夜八時半からの画像は、本当は日曜日の夜八時半からの画像だったと言うことでしょうか?」
「恐らくは。これを見て下さい。日曜日の朝、五時五十九分と六時の画像です。ここで画像の書き換えが終わっているのです。ほら、ここ、細野の机の上に紙コップが消えます」
「あっ! 本当だ」鈴木と宮川が同時に叫ぶ。
伊納が再生してくれた画像を注意深く観察すると、確かに六時になった瞬間、細野の机の上にあった紙コップが突如、消え失せた。次に紙コップが現れるのは、細野が会社を訪れる八時五十六分以降だ。
「他にも日曜日の夕方六時から夜十時までの画像が書き換えられていました。いいですか?こちらもつなぎ目の部分、夕方五時五十九分と六時の画像におかしな点があります」
日が暮れ、職場全体が薄暗くなっており、画像の隅、細野の机の辺りは真っ暗になっていた。ところが、六時になった途端に、ほのかに明るくなり、机の上の紙コップがはっきりと見えるようになった。
「どういうことでしょう?」宮川が尋ねると、「社長室の灯りだ」と鈴木が答える。「南洲守弘氏がやって来たのは日曜日の夜九時過ぎだったのだ。彼は会社にやって来て、灯りをつけた。その画像を土曜日に持って行ったのなら、日曜日の夕方に社長室に灯りがついていなければならない。だけど、本当は灯りがついていなかった。だから画像を書き換えたのだ」




