世の常、人の常②
「なるほど。遠藤の口を割らせる為に、浅田との和解が必要な訳だ」
「ご賢察の通りです。やつに何もやっていないことを自白させたいのです」
「分かった。ここに来るまでに、浅田についてちょっと調べておいた。遠藤の生い立ちを考えれば、浅田のやつ、少々、無神経過ぎたようだ。あいつも悪い。遠藤は少々、痛い目に遭うだろうが、命までは取らない――ってことで良いなら、仲を取り持ってやっても良い」
「助かります」
「なあに。お安いご用さ。借りたものは返さなければならない。それが世の常、人の常よ。息子の件では世話になったからな。お前さん、あの後、本庁から青梅署に飛ばされたって聞いた。悪いことをしたと思っているんだ。これで、少しは借りが返せる」
「私は自分の仕事をしたまでです」
「まあ、良いさ。連絡をもらって嬉しかったよ。で、話がついたらどうする」
祓川は浅田の口から「遠藤のことを許す」という連絡が欲しいと頼んだ。音声データを遠藤に聞かせて、口を割らせるのだ。
「分かった。じゃあ、お先にな。ここは俺のおごりだ、お代は払っておくよ」と金森が言うと、「いえ、国家公務員ですので、ご馳走になる訳には行きません!」と祓川が断固、断った。
「はは。相変わらず固いね~分かった。じゃあな。また何かあれば連絡してくれ」
金森は喫茶店を後にすると、入り口に違法駐車してあった黒塗りの高級車へと歩いて行くった。ガタイが良く、人相の悪いボディーガード風の若い男が車から出て来て、うやうやしくドアを開けた。
「祓川さん。あの人、誰ですか?」金森を見送ってから、宮川が尋ねた。
「金森組の組長だ」
「ヤクザの親分なのですね。祓川さんとどういう関係なのですか? 息子さんのことで、世話になったと言っていましたけど」刑事がヤクザと親しいとなると問題だ。
「やつの息子の無実を証明してやっただけだ」
祓川が多くを語らないので、想像で補うしかない。金森の息子は堅気の人間だが、ある殺人事件の容疑者となった。親が親だ。息子の犯行――ということで、捜査が進んでいた。それに祓川が異を唱え、息子の無実を証明した。その際、左遷の原因となった、上司との衝突があったのだろう。
組織対策部にいるかつての同僚に連絡を取り、浅田と遠藤の間を取り持つことができる人間がいないか尋ねたところ、金森の名前が出た。金森なら、祓川の依頼を断ること訳がない――ということになって、かつての同僚が金森と連絡を取ったところ、会って話をしたいと言われ、喫茶店を指定された。ざっとそういうところだろう。
「音声データを手に入れたら、お前に転送する。それを、お前が遠藤に聞かせて、やつの口を割らせるのだ」と祓川は言った。
「折角、都内まで出て来たのだ。石川健文の身辺調査に向かうぞ」と祓川が言い出した。
「身辺調査って、何処に行くのです? 南洲守弘が殺された会社ですか?」
「あそこは、お前らが調べ尽くした後だ。何も出ない。石川が働いていたという横浜の会社を訪ねてみよう」
祓川がコーヒーカップを置いて立ち上がった。
「分かりました」
金森が言った通り、美味しいケーキだった。宮川はテーブルの上の食べかけのケーキを慌ててほおばった。
祓川と宮川はナノエレを訪ねた。石川健文が以前、勤めていた会社だ。大学を卒業してから、ナノエレに就職して働いていたが、先月、突然、会社を辞めている。
青を基調とした洒落た外観の五階建てのビルだ。入口にR&Dセンターという文字があった。ナノエレの研究開発所だ。
受付で案内を請うと、八重歯の可愛い女性が「人事課長の広江が間もなく降りて参ります。そちらでお掛けになってお待ちください」とロビーに設けられたミーティング・コーナーに案内された。
程なく、面長で鼻の長い顔をした中年の男性がやって来て、「人事部の広江です」と二人に挨拶をした。
「何でも、石川君のことを聞きたいとか? 彼が何かしたのですか? 彼はうちを辞めた人間です。うちとはもう関係ありません」
広江は石川が何か悪事を働いて、会社の名前が出るのを心配している様子だ。
「ある事件の関係者の一人だと言うだけです。お宅の名前が出ることのないように配慮します。彼の入社の経緯や、どういった人物だったのか等、教えてもらえませんか?」祓川が如才なく頼む。時に、妙に世間慣れした面を見せる。
「そうですか。お願いします。石川君ですね。ああ、彼、招知大学の学生で、鷲尾先生の紹介で採用しました。毎年、鷲尾先生のゼミから、何名か、新入社員を雇っています」
招知大学は都心にキャンパスを置くマンモス私立大学だ。
「どういったゼミなのですか?」
「うちは透明電動膜がメインの商品の会社で、その研究室として有名なのが招知大学の鷲尾ゼミです。ゼミ生はここ、R&Dセンターの即戦力になります。石川君もそういった一人でした」
「ほう。期待されていた訳ですね。それで、何故、辞めたのですか? 会社で何かあったのですか?」
「いいえ。何もありません。突然、辞めると言われて、こちらも驚きました。どこか大手の引き抜きにあったのかと思いました。そこで、彼に聞いてみたら、引き抜きではなく、次の就職先は決まっていないと言うので、もう少し働いてみないかと説得したのですが、彼の意思が固くて、引き留めることができませんでした」
「なるほど~なるほど~次の仕事が決まっていないのに、会社を辞めた訳ですね?」
「はい。まあ、彼がそう言っただけですけど」
「なるほど~なるほど~で、会社での彼はどうでしたか? 何か問題を起こしたりしていませんでしたか? 仕事は真面目にやっていましたか?」
「非常に優秀な社員でしたよ。特にこれといった問題も起こしていません。多少、遅刻が多かったようですが、研究開発部の人間は皆、そうですからね。夜、遅くまで仕事をしていますから、遅刻が多くなってしまいます」
「なるほど~なるほど~彼と個人的に親しかった人はいませんか? その人から、お話をお聞きしたいのですが」
「ああ、はい。研究開発部に行って、聞いてみましょう。少々、お待ち頂けますか?」
広江は事情聴取から解放されて、ほっとした様子で、挨拶もそこそこに戻って行った。
「どういうことなのでしょうか? 何故、急に会社を辞めたのでしょうね」宮川が尋ねると、祓川は「良い金蔓を見つけたからだろう。地道に働くより、金もうけが出来ると考えたからだ。それで、仕事を辞めた」と答えた。




