世の常、人の常①
結局、南洲隆也は戻って来なかった。
遠藤が自首してきたという連絡を受け、「武蔵野署に戻って、やつの証言を一言一句、聞き漏らさずに書き留めておけ。そして、明日、教えてくれ」と宮川は祓川に追い返された。
「遠藤に張り付いていろ」と言われたが、新米刑事に毛が生えた程度の宮川に出来る訳などない。ただ、遠藤の証言は全て記録することができた。出頭して来たのは良いが、遠藤は会社に行ったことを認めただけで、後は黙秘を続けているからだ。遠藤が話したことは多くなかった。
取り調べの音声データから証言を書き起こしておいた。
翌日、青梅署に行くと、早速、祓川から「遠藤の証言を詳しく教えてくれ。やつは何と言っていた?」と聞かれた。宮川は「そうおっしゃると思っていました~」と喜色満面で遠藤の証言を書き起こしておいたメモを手渡した。
「うむ」祓川は無言で受け取ると、メモに目を通して言った。「これだけか? 一言一句、聞き漏らさずに書き留めておけと言ったはずだ」
「祓川さん。南洲守弘の殺害に関して、遠藤は黙秘を続けています。やつが証言したのは、これで全部なのです」
「なるほど~なるほど~自首して来ておいて、犯行を認めていない訳だな」
「そうです。何が目的なのでしょう?」
「そんなこと、はっきりしている。やつはヤクザ仲間から追われていた。逃げ場が無くなって、警察に逃げ込んできたのだ。警察にいれば安全だと、保護してもらうつもりなのだろう。だが、あいつの罪と言えば、南洲守弘殺害を除けば、浅田に怪我を負わせたことくらいだ。だが、これは浅田が被害届を提出していないので、刑事事件にはならない。だから、南洲守弘殺害を匂わせて、拘置所に居座るつもりなのだ」
「犯行を自供した方が手っ取り早くないですか?」
「ふん。追手から逃れる為に警察に逃げ込んだだけだ。殺人の罪を被るとなると、割に合わないとでも思っているのだろう」
「祓川さんは、遠藤は犯人ではないと考えているのですか?」
祓川はそれには答えずに、「お前、この遠藤の証言を聞いたんだろう?」と証言メモを宮川に振って見せた。
「はい。聞きました」
「だったら、やつが犯人ではないことは明白だ。やつはこう証言している。南洲氏は両手で首を絞めて殺された――と。だが、検死で、南洲氏は細い紐状の凶器で絞殺されたことが分かっている。南洲社長が絞殺されたことは知っていても、凶器が何なのか知らなかったということだ」
「ああ~」と宮川は感嘆した。口は悪いが優秀だ。「すると、やはり石川が怪しいのでしょうか? 南洲社長を殺したのは石川なのでしょうか?」
また祓川は宮川の質問を無視して、「あいつ、南洲隆也がいないことを知っていた」と言った。
「え、南洲隆也がいないことを知っていた? どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。石川は、南洲隆也がいないことを知っていて、屋敷で俺たちを待ち伏せしていた」
「すいません。まだ分かりません。それがどういう意味を持つのでしょうか? 南洲隆也はどこに行ったのでしょうか?」
「だから、それを調べるのだ」祓川が立ち上がる。
今日も宮川がハンドルを握る。南洲家に向かうのかと思ったが、行き先は都内だと言う。具体的な行き先は指示せずに、「考えがあるので、都内に向かって走ってくれ」と言う。その内、何処かに電話を掛け始めた。どうやら、かつての刑事仲間と連絡を取っているようだ。
電話が終わってから、「渋谷に向かってくれ」と祓川が指示した。漏れ聞こえた会話の内容から、誰かに会うらしい。
駐車場に車を停め、向かった先は男二人で入るには気恥ずかしくなるような洒落た喫茶店だった。入口に椅子が並んでいる。週末になると、行列ができるのだろう。入口の傍に黒塗りの高級車が違法駐車してあった。
祓川がじろりとそれを睨む。
平日の昼間とあって、直ぐに店内に通された。店内はほぼ満員だった。
「あそこだ」祓川がずんずん歩いて行く。見ると、男が一人、四人掛けのテーブルに腰を掛けている。かなりの年配だ。頭が綺麗に禿げあがり、両サイドに残った髪の毛は真っ白だ。男が「おう」と祓川に手を上げた。
周りは若い女性だらけだ。宮川は小さくなりながら祓川の後を追った。
「お先に頂いているよ」と言った男の前に、コーヒーと食べかけのケーキが置いてあった。丸顔で目が小さい。小さな目の下には小ぶりで丸い鼻がついており、おにぎりに目鼻をつけたような顔だ。
「お久しぶりです。金森さん」と祓川が丁寧に挨拶した。珍しい。そして、「こちらは宮川。宮川、こちらは金森さんだ」と男を紹介してくれた。
「武蔵野署の宮川です」と宮川も丁寧に挨拶した。すると、「こんなところで、署の名前を出すな!」と祓川に怒られてしまった。
「はは。ちと無粋だが、まあ良い。宮川君とか言ったね。ここのケーキが美味しいんだよ。君もどうだ?」と金森が祓川をなだめてくれた。
「ああ、はい。頂きます」と答えると、「おっ! 君も甘党かね。気が合いそうだ」と金森が喜んだ。
「私はコーヒーだけで結構です。宮川、頼む」と祓川が言う。どうやら、甘いものが苦手なようだ。
宮川が立ち上がって、コーヒー二つとケーキを注文した。
宮川が席に戻ると、金森が尋ねた。「さて、私に頼みがあるとか。何ですかな?」
「遠藤のことです。遠藤康臣、ご存じですよね?」
「ああ、知っている」
「当然、浅田の件もご存じですね?」
「浅田のやつ、見つけ次第、セメント詰めにして海に沈めてやると息巻いているそうだ。おっと、こんなところでする話じゃなかったな。はは」
好々爺といった風貌だが、金森はどうやらその筋の人間のようだ。
宮川が注文したコーヒーとケーキが運ばれてきた。
店員が立ち去るのを待って、祓川が言う。「浅田に話が出来るのは金森さんしかいないと聞きました。遠藤との仲を取り持ってもらえませんか?」
その筋で、金森はかなりの大物だと言うことだ。祓川さんと一体、どういう関係があるのだろかと宮川は訝しんでいるようだった。
「うん? なんで、あんたがヤクザもんの肩を持つ?」
「遠藤のやつ、浅田が怖くて警察に逃げ込んできました」と祓川が言うと、金森が「だな」と返事をした。遠藤が自首したことを知っているのだ。「浅田が怖くて逃げ込んで来たのは良いのですが、黙秘を続けています。あいつ、何もやっていないはずです。話すことがない。だから黙秘をしている」




