八つの縄墨③
武蔵野署の刑事が守弘のアパートを捜索したが、事件と関連のありそうなものは見つかっていない。守弘の愛車はアパートの駐車場に停められてあった。法事を終えてアパートに戻り、会社に行って殺害されたと考えられていた。
「あなた、ご家族はいらっしゃらないのですか?」
「嫌だな~刑事さん。そう言いながら僕の家族構成をちゃんと調べているんでしょう?」と石川がウインクしながら言った。
「ご両親は既に亡くなっており、兄弟はいない。独身だということは分かっていますが、恋人がいるかどうか、近々、結婚の予定があるのかどうかまでは分かりません」
「はは。恋人ですか。恋人は適当にいます。適当にね。結婚の予定は今のところありません。甲斐性がないものでね。はは。でも、まあ、南洲家の九代目当主となると、何時までも独身って訳には行きませんからね。早く身を固めて、十代目当主を作らなければなりません。はは。すいません、ちょっと下世話な話になってしまいました」
「遠藤康臣が南洲社長を殺害したとお考えのようですが、仮に遠藤が犯人ではないとして、他に、南洲社長に恨みを持っていた人物をご存じありませんか? 南洲社長とトラブルを抱えていた、そんな人間はいませんか?」
「さあ・・・前にも聞かれましたが、守弘さんと個人的に親しかった訳ではありませんからね。仕事やプライベートで、どんなだったのか私には分かりません。仕事はともかく、穏やかな人でしたから、人から恨まれる――なんてこととは無縁だったような気がします。ああ、そうだ。僕なんかより、篠村さんの方がよく知っていると思いますよ。彼、守弘さんの義理の兄貴ですからね」
「遠藤康臣が立ち回りそうな場所はご存じないということでしたけど、彼と親しかった人間をご存じありませんか?」
「またその話ですか。さあ、知りません。あいつ、その筋の人間でしたからね。あいつとは係わり合いになりたくありませんでした。私だけじゃない。親戚一同、みな、あいつのことを避けていたと思います」
「彼はとある事情から、あなたの言うその筋の人間から追われていました。身を隠すとなると、その筋とは関係のない、家族や親戚、古い友人などを頼りにしたと思うのですがね。彼はこの村の出身ですよね。この辺りの空き家を一軒一軒、調べて回れば、やつが潜んでいるような気がします」
祓川のことだ。実際に近所の空き家を一軒一軒、回っていそうだ。無論、令状無しでは空き家と雖も勝手に踏み込んで捜索する訳には行かない。
「へえ~あいつ、仲間に追われていたのですか。とことん、嫌われるやつですね。いえ、そんな人間、あいつを匿おうなんて人間、僕の知る限りいませんよ。あいつの実家が無人になって、近くにありますが、そこに行ってみたらどうです?」
「行ってみましたが、誰もいないようでした」
やはり近所の空き家を回っていたのだ。
「そうですか・・・でも、刑事さん、あいつですよ、あいつ。守弘さんを殺したのは、康臣です」
「なるほど~なるほど~ところで、石川さん。いや、玄宗さんでしたな。南洲則天さんの写真、お持ちじゃありませんか? 則天さんの転落事故をこちらでも少し、調べてみたいと思います」
「則天さんの写真ですね。残念ながら、僕は持っていませんので、ちょっと待って下さい。今、和美ちゃんと連絡を取ります。妹の和美ちゃんなら持っているはずだ。彼女になるべく新しい写真を送ってもらいます。刑事さん、徹底的に調べて下さいね」石川はそう言うと、電話をかけ始めた。
南洲隆也はなかなか戻ってこない。和美の言った通り、行方をくらましてしまったのだろうか。行き場のない隆也が何処に行ってしまったのか。
祓川と宮川が隆也を待っている頃、武蔵野署は上へ下への大騒ぎになっていた。
遠藤康臣が自首して来たのだ。
――俺のこと、探しているんだろう? 殺人容疑でも何でも良い。頼む。俺を捕まえてくれ!
そう言って、遠藤が武蔵野署に現れた。
遠藤は怯えた様子で、警察に保護を求めた。どうやら、浅田に大怪我を負わせたことにより、ヤクザ仲間から追われ、警察に逃げ込んできたようだ。
早速、武蔵野署では遠藤の身柄を確保し、取り調べが始まった。
「あの夜、守弘に呼び出されて、会社に行った」と南洲守弘を訪ねたことは直ぐに自供した。
妻、則天の事故死について、話があると呼び出されたと言うのだ。「九時に会社に来てくれ」と言われ、九時過ぎに守弘の会社を訪ねた。入口の壁にあるインターホンで、教えられた一〇一番を押して守弘に来訪を告げ、鍵を開けてもらった。
そして、会社に入った――と防犯システムに残っていた記録通りの行動だった。
だが、社長室に入ってからのことについては、言葉を濁した。「刑事さん。まあ、そんなに焦んなさんな。じっくりやろうじゃないか。俺は逃げも隠れもしない。ほら、こうして自ら出頭して来たんだ。時間はたっぷりある」
会社にいたのは十分くらいで、直ぐに会社を出たということは、証言した。これも、防犯システムの記録通りだ。
守弘がどうやって遠藤と連絡を取ったのかについては、潜伏先に直接、連絡があったと言い、「俺を匿ってくれたやつに迷惑を掛けちまう」と言って口を噤んだ。守弘がどうやって遠藤の潜伏先を知ったのか、「分からない」と言う。
守弘殺害については、「さあねえ~それを証明するのが、あんたたちの仕事だろう?」と否定も肯定もしなかった。
「ふざけるな! 何故、南洲守弘さんを殺したんだ――⁉ どうやって殺した――⁉」と取り調べに当たった刑事が問い詰めると、「ふん。殺されなきゃあならないようなことをしたっていうことだ。だから、絞め殺されたんだ。両手でこうぎゅっとね――おっと、危ない、危ない。うっかり口を滑らすところだった。あんたたちで調べな。そして、俺に『参りました。洗いざらいお話しします』って言わせてみな」
こうして、遠藤は守弘を会社に尋ねたことは認めたものの、肝心の殺害については言葉を濁した。そして、何を尋ねても答えなくなってしまった。
もともと、裏社会の人間だ。刑事を前にして、畏まるところがなかった。不機嫌そうに口元を結んで押し黙るだけで、刑事の言葉に、時折、馬鹿にしたような笑顔を浮かべるだけだった。
遠藤の取り調べは膠着状態に陥った。




