八つの縄墨②
「はは。時代錯誤だと言いたんでしょう。まあ、かくいう私自身でさえ、正直、今のご時世に縄墨もへったくれもあるか! と思っています。ですが、やはり我々、南洲一族は、ひとつにまとまることが大事だと思います。結束してことに当たらなければなりません。我々は、運命共同体なのです。
この石板は南洲家初代、惟正翁が一族の掟を定め、石板に刻んだものです。もともと、南洲本家にあったものですが、隆正さんが亡くなった後、隆也さんが勝手に持ち帰ってしまいました。女性の則天さんに、宗家が勤まるはずがない――と隆也叔父は則天さんの当主就任に反対でしたからね。きっと、自分が当主になりたかったのでしょう。まあ、こうして石板を勝手に持ち帰ったりする隆也さんの性格が、人に嫌われた原因でしょうね。だから、隆正さんは後継者として隆也さんを指名しなかった」
石川の話によると七代目の隆正が亡くなった後、守弘が応接間に飾ってあった「南洲家の縄墨」を刻んだ石碑を「大きくて邪魔だ」と、物置に片付けようとしたことが発端らしい。それを知って隆也が激怒した。
「ご先祖様に申し訳が立たぬ!」と隆也は有無を言わさず、石碑を持ち帰った。
守弘は厄介払いができたと思ったようだ。則天も隆也が石碑を持ち帰ることを敢えて止めなかった。父親の遺訓により南洲宗家を相続したが、旧態依然とした旧家の当主としての自覚が無かったのかもしれない。
「なるほど~なるほど~達筆過ぎ読めないのですが、何て書いてあるのですか?」
「全部で八つの教えが書かれています。ひとつ目は、『一族のものは一致団結して事に当たるべし』です。我が南洲一族は石川数正の家系です。神君、家康公を裏切った家系として、江戸期には、お上から随分と虐められたものです。そこで初代は一族の結束こそ、何よりも大切だと説いたのです。
二つ目は、『外敵あらば一族を挙げて是を排すべし』です。これもお上を想定した教えなのでしょうね。三つ目は、『敵は悉に殲滅すべし』です。ただ敵と戦うだけでなく、やるからには完膚なきまでに叩きのめせ! と初代は言っています。どうです? なかなか勇ましいでしょう?」
「物騒な内容ですね」
「はは。昔の人が書いたものですからね。四つ目は、『祖先を敬い供養を絶やさぬこと』です。これは人として当たり前のことですよね。物騒ではない。次に五つ目ですが、『内奸には厳罰を以て当たるべし』です。一族の中から裏切り者を出すなという意味です。裏切が一番、怖い。最も、石川数正自身、江戸期には裏切者と呼ばれていたみたいですけどね。六つ目は『他人を誑かしても一門を誑かすこと勿れ』です。他人は騙しても良いが、一門の人間を騙すなと戒めています」
初代、惟正の定めた「縄墨」は歪んだ一族愛に満ちていた。徳川政権下で裏切り者の一族として、辛酸を嘗め尽くしてきたからだろう。
「内容は、一族が結束する必要性を説いたものばかりですね」
「そうです。全部で八つですので、まだ、あります」
祓川はうんざりした様子だったが、口には出さなかった。聞いたことを後悔しているのかもしれない。
「七つ目は、『不道には死を以て償うべし』です。もし、一族から裏切り者が出たら、裏切り者には死を以て報いるべしという意味です。そして最後、八つ目は、『縄墨に背く者はとこしえに祟られん』です。この南洲一族の縄墨に逆らうものは、未来永劫、ご先祖様から祟られることになるという意味です。くわばら、くわばら・・・」
「終わりですか?」祓川はほっとした様子で言うと、「ところで、石川さん。ああ、玄宗さん。あなた、毎日のようにこちらにいらっしゃいますが、お仕事は何をなさっているのですか?」と尋ねた。
隆也が戻ってくるまで、石川を尋問するつもりなのだ。
「仕事ですか。今は・・・南洲家の当主をやっています。これがなかなか忙しいのですよ。暇そうに見えるかもしれませんがね。この辺りは人が減っているので、将来を考えたら今から何か手を打たないといけません。村おこしですね。そういうことを考えなくちゃならないし、当主となると、意外にやることが多いのです」
「南洲家の当主になる前は、何をしていたのですか? あなた、以前、横浜にある会社で働いていましたよね? 会社の近くにアパートを借りて住んでいた。違いますか?」
石川の経歴を洗ったようだ。宮川を事情聴取に同行させるが、それが終わると、「今日はもういい。武蔵野署に帰れ」と直ぐに開放してくれる。その後、一人で調べ回っているのだ。
「おや――⁉ 刑事さん、ちゃんと調べているみたいですね~ひょっとして僕のこと、疑っているんですか? 嫌だな~でもまあ、その通りです。横浜にあるナノエレという会社で働いていました。透明電動膜をつくっている会社です。刑事さん、知っています? 透明電動膜って」
「いえ、存じません」
「透明で電気を通すことができる薄膜のことで、スマートフォンやタブレット端末などのタッチパネルに使用されています。その透明電動膜をつくる会社の研究開発部門で働いていました」
「なるほど~なるほど~随分とご立派なお仕事のようですね。何故、その仕事を辞めたのですか?」
「うん? まあ、一身上の都合ってやつですよ、刑事さん。他にやりたいことがあっただけです」
日頃、饒舌な石川が何故か言葉を濁した。
「一身上の都合ですか。それで、横浜で住んでいたアパートはどうなったのですか? 今でも住民票はそちらになっているようですが」
「はは。刑事さん、よく調べていますね。今でも、アパートはそのままにしていますよ。実家はこちらですけど、やっぱり、田舎だし、不便です。たまには都会の空気を吸いたくなって、横浜のアパートに戻ります。まあ、暫く、あちらにいると、反対に田舎が恋しくなって、こちらに戻って来たりします。もともと田舎者ですからね」そう言って、石川は「あはは――」と大笑いした。そして、「そう言えば、ご存じでしょうが、守弘さんも家はこちらなのに、会社の近くにアパートを借りて住んでいましたよ。僕なんて、独身だから、何処に住もうが関係ありませんが、則天さんはこちらに住んでいましたからね。あの夫婦は別居状態で、週末婚でした」と聞かれもしないのに守弘夫婦のことを付け加えた。




