九代目、玄宗④
「康臣君がどうかしたのですか?」と篠村が尋ねるので、「おや――⁉ ご存じない。あなた、被害者の会社で働いているのですよね? 遠藤康臣は事件当夜、被害者を訪ねて会社を訪れており、防犯カメラにその姿が映っていたのです」と祓川が冷ややかに答えた。
「防犯カメラの映像を確認した時、私はその場にいませんでしたからね。康臣が守弘さんを訪ねて会社に行ったのですか――⁉」篠村は意外そうだ。
「やっぱり、康君が犯人なのね。彼が守弘さんを殺したのでしょう?」唐突に、和美が言い出した。
「何故、そう思うのです?」と祓川が尋ねると、和美は「あら、いやだ」と甲高い声を上げてから、「野良犬なんだから、誰かに噛みついたって不思議じゃないでしょう? 康君、とっても気難しい子だったから、守弘さん、康君の尻尾でも踏んだんじゃない?」と楽しそうに言った。
人を人とも思わない言い方だ。
「尻尾を踏んだ?」
「そうよ。きっと、お姉ちゃん、守弘さんに殺されたのよ。だから、それを知った康君が怒って、守弘さんを殺したのね」和美はそう言って、ケタケタと笑った。
石川同様、遠藤康臣が南洲守弘を殺害したのだと考えているようだ。
「篠村さん、あなたはどうです? やはり、遠藤康臣が南洲社長を殺害したと考えているのですか?」
祓川の問いかけに、篠村が答えて言った。「誰が社長を殺したかなんて、私には分かりません。分かりませんが、日頃の康臣を見ていると、犯人が康臣だと言われても、(ああ、やっぱりそうなんだ)としか思いませんね」
篠村の答えを受けて、石川が口を挟んだ。「刑事さん。康臣ですよ。守弘さんを殺したのは。あいつのことだ。則天さんの事故のことを問い詰めようとして、口論となり、かっとして守弘さんを絞め殺したに違いない。いいですか? 刑事さん。あいつの言うことを信じちゃダメです。どうせ嘘だらけだ。あいつの言うことなんか無視して、守弘さん殺害の犯人として、あいつを捕まえて下さい。逮捕する時、抵抗するようなら射殺しちゃって下さい。はは。それは言い過ぎですかね」
物騒なことを言う。祓川と宮川は南洲家での事情聴取を終えた。
「私が玄関まで送って行ってあげる。うち、迷路みたいでしょう」
和美が立ち上がった。
和美の案内で、また長い縁側を歩いて行く。和美は祓川と宮川の前を軽やかに歩いて行く。最初に通された応接室を通り過ぎ、「こっち、こっち。玄関はこっち」と廊下の先で和美が手招きをする。
玄関に着いた。
「どうも、ありがとうございました」と宮川が丁寧に礼を述べると、和美は宮川に顔を寄せて、「刑事さん。隆也叔父さんを探して。叔父さんがいなくなったの」と耳元で囁くように言った。
小声だったし、一瞬のことだったので、はっきりと聞き取れなかった。「えっ――⁉」と宮川が問いなおそうとした時には、「じゃあね~刑事さん」と和美は後ろ姿を見せながら廊下を駆けて行った。
帰りの車の中で、「彼女、何と言っていたんだ?」と祓川に聞かれた。玄関先で和美が宮川に何か囁いたことに気がついていたようだ。
「叔父の隆也を探してくれと言っていたと思います」
「南洲隆也が行方不明なのか⁉」
「はあ」と宮川が答える。
「ふむ・・・そう言えば南洲隆也からは、まだ話が聞けていないな・・・」と祓川が呟いた。
「祓川さん。篠村が南洲一族の一人でした。彼は南洲守弘の遺体の第一発見者です。被害者が社長室で首を絞められて殺されていたことを知っていました。だから、篠村から聞いて、石川・・・南洲玄宗と言った方が良いのかな? 彼が知っていたとしても不思議ではありません」先ほどから心の中でもやもやとしていたことを宮川は吐き出した。
何事か考え事をしていた祓川は「うん?」と返事をして、(こいつ、何かしゃべっている)と不思議な生き物を見るような目つきで、ハンドルを握る宮川を見た。
「前に祓川さん、言いましたよね。石川は被害者が社長室で絞殺されたことを知っていた。だから、怪しい――って。でも、篠村が南洲一族の一人で、石川に遺体の状況を話したのだとしたら、石川がそのことを知っていても不思議ではありません」
「まあ、そうだ」
「となると、やはり怪しいのは遠藤康臣なのではないでしょうか?」
「当たり前だ」と言うと、祓川は語気を強め、「刑事が一番、やってはいけないことは何だ?」と尋ねてきた。
「えっ――⁉ ええっと・・・法を犯すことですか?」
「刑事でなくても、法を犯してダメだ。冤罪だ。冤罪を生むことだ。無実の人間を罪に陥れてはならない。現時点で遠藤が最も疑わしい人間であることは分かっている。だがな、やつが犯人じゃなかったら、どうだ? 遠藤に目を奪われ、真犯人を見過ごしてしまったら、我々、警察の汚点となってしまう。だから、俺たちは捜査をしている。遠藤以外の人間で、怪しいやつがいないか調べる為に。疑わしい人間がいないか、一人一人、虱潰しに潰して行くしかないんだ」
珍しく、祓川が饒舌だ。「は、はい」と頷くしかなかった。
「石川が最後に言った台詞を覚えているか?」
「はい。遠藤を見つけたら、射殺してくれと言っていましたね」
「何故、あんなことを言ったのだと思う?」
「さあ・・・いかに遠藤が信用ならない人間なのか、説明したかったからではないでしょうか?」
「そうかな? やつが犯人だと仮定してみろ。俺には、遠藤を見つけたら、有無を言わさずに口を塞いでくれと言っているように聞こえたぞ」
「・・・」宮川は沈黙した。祓川さんこそ、石川を犯人と決めつけて捜査をしているんじゃないかとでも思っているのだ。だが、それを口に出来るはずなどなかった。




