九代目、玄宗③
「ああ、石川山ですか。ええ。由緒ある山ですので、石川山は健文さんにお譲りして構いません。あの山は南洲家の当主が持っているべきです。まあ、最終的には家内の意見を聞いて決めますけど」篠村が横から口を添えた。
「南洲則天さんが事故死した、別荘のある山ですか?」
篠村は、そんなことまで知っているのかといった顔で、「いえ。別荘のある山はまた別の山です。石川山ではありません。石川山には南洲家の菩提寺があって、そこの住職が則天さんの法事に来てくれました」と答えた。
「なるほど~なるほど~では、南洲玄宗さん、何故、南洲宗家を継ぎたいのですか? 南洲宗家当主の座は名ばかりのものなのでしょう? 今さら宗家を継いでも、厄介ごとが増えるだけで、何も良いことはないように聞こえるのですが」
その通りだ。石川はにやりと笑うと、遠い目をして言った。「まあ、そう思われるのも無理はありませんね。私はね、小学生の時に母を亡くしています。まだ母親が元気な頃、南洲宗家の法要に連れていかれたことがあります。今、考えると六代目の南洲文正の法要だったと思います。石川寺の講堂で盛大な法要が営まれました。冒頭、七代目、隆正が、一族を前に講和をしました。六代目の徳を忍び、法要に足を運んでくれた一族に感謝の意を伝えたのだと思います。話の内容は忘れてしまいましたが、子供心に一族の前で朗々と話をする七代目が、とにかく恰好良く見えました。そして、(僕もこんな人になりたい。宗家の当主のようになりたい)と、その時、強烈に思いました」
「私利私欲の為ではないと言うことを、おっしゃりたいのですか?」剣のある言い方だ。
「まあ、そうです。自分で言うのも何ですが、私こそ、由緒ある南洲家の当主を継ぐに相応しい人間だと思います。ああ、誤解しないで下さい。他の方が当主に相応しくないと言っている訳ではありませんよ。和美さんと隆也さんが当主を継がないのなら、私こそ、適任だという意味です。だって、私は南洲家と元石川の両方の血を引いているのですから」
「元石川?」
「元石川については説明が必要ですね。南洲家は石川数正の次男、康勝を始祖としています。明治維新の頃、当時の石川家の当主だった惟正が、新政府にへつらって西郷隆盛の雅号であった『南洲』を姓として名乗りました。
この初代、南洲家の当主、惟正という人は、元々は石川家の家宰だった人です。ああ、家宰とは、執事みたいなものです。石川家の次女と結婚して籍に入り、権謀術策を弄して石川家を乗っ取りました。当時の当主を石川勝久と言って、彼には跡取り息子の勝之がいました。それを毒殺してお家を乗っ取ったと言われています」
「毒殺ですか? それは聞き捨てなりませんね」
「まあ、明治の頃の話ですので、時効ですよね。惟正は亡くなっていますし。はは。それに、あくまで噂です。石川家を乗っ取った惟正は姓を南洲と改名しました。石川姓に愛着が無かったからでしょう。勝之には勝則という腹違いの弟がいました。妾腹とは言え、立派な跡継ぎ息子です。本来なら、勝則が石川家を継ぐべきだった。この勝則の系譜が、この辺りで元石川と呼ばれています」
「なるほど~なるほど~石川本家と言った意味ですね」
石川が「ええ、ええ」と嬉しそうに相槌を打つ。「私の実家はね。この元石川の末流なのです。父方は勝則の直系で、祖母が南洲広正の三男、憲之の娘です。どうです? 私が南洲家と元石川の両方の血を引いていると言った訳が分かったでしょう?」
「ああ、そうですか」と祓川は軽く聞き流した。
祓川のことだ。南洲家の家系図が既に頭に入っているのかもしれない。宮川は言葉で説明されても、頭に入ってこなかった。
「ああ、そうだ。憲之の娘の家系に遠藤梨奈もいるのですが、刑事さん。康臣の行方を知りたかがっていましたね。丁度、良い。孝太郎さん、康臣が今、何処にいるのかご存じありませんか?」
突然、話を振られて、篠村は「えっ――⁉」と驚いてから、「いや、知りません。彼とは、もう何年も会っていません」と答えた。
「和美さんはどうです? 彼とは兄妹のようにして育ったのでしょう? 康臣の連絡先を知っていたりしませんか?」
石川の問いかけに、和美は「私が? 康君の? 連絡先?」と疑問を連発すると、「康君は、お姉ちゃんのものだったから~私は知らない」と答えた。
「お姉ちゃんのものですか?」すかさず祓川が尋ねる。
「うん。変な意味じゃないのよ。康君はお姉ちゃんの言うことなら、何でも聞くの。私の言うことなんか、ちっとも聞かないの。康君はお姉ちゃんのペットみたいなものだから、飼い主が亡くなって、野良犬になっちゃったのよ」身も蓋も無い言い方だ。
「益男君は――」と石川は和美の隣に座る若い男に話を振ろうとして、「康臣とは会ったことが無かったですね」と言うと、益男は「うん、うん」と大きく頷いた。




