九代目、玄宗②
「勿論ですとも! 健文さんに当主になってもらえるのなら、私に異存はありません。少なくとも、あの叔父様が当主になるより、ずっといい」と和美が同意した。
どうやら南洲隆也が嫌いらしい。
「ありがとうございます。では、早速ですが、南洲宗家九代目当主就任のお披露目式について相談させて下さい。当主不在の時期が長くなってはいけません。なるべく早くお披露目式を執り行いたいと思います」
「ああ、そうですね。その辺、全部、お任せします。健文さんのやりたいようにやって下さい。助けが必要なことがあれば、言ってもらえば手伝います」と篠村が答えると、和美が「うん。それが良い」と隣で頷いた。
「はは。僕に任せてもらえますか。嬉しいなあ~南洲家の九代目当主になるのですから、石川健文って名前じゃ格好つきませんねえ・・・そうだ! 則天さんの後だから、私は南洲玄宗と名乗ることにします。玄宗皇帝の玄宗です。九代目同士ですしね」
「玄宗皇帝?」と祓川がぼそりと呟いた。
「知りませんか?」と再び、石川、いや、南洲玄宗が説明する。
武則天の死後、王朝は再び唐に戻ったが、復位した中宗の皇后、韋后は武則天に倣い女性ながら皇帝になろうと考えた。そして、夫の中宗を毒殺してしまう。
唐王朝は再び王朝簒奪の危難にあったが、クーデターにより韋后一族を殲滅し、唐王朝の復権を果たしたのが李隆基こと玄宗皇帝である。玄宗は唐王朝の第九代皇帝となると、善政を敷き「開元の治」と呼ばれる唐王朝の最盛期を紡ぎ出した。
石川はその故事に倣おうと言うのだ。
「世界の三代美女の一人に数えられる楊貴妃はご存じでしょう? その楊貴妃を寵愛した皇帝が玄宗皇帝です」
「楊貴妃くらいは知っています」祓川がすねたように言う。楊貴妃だったら、名前くらい、宮川も知っていた。
「玄宗皇帝はね。治世の晩年に絶世の美女、楊貴妃を寵愛し過ぎた為、安史の乱という大乱を招いてしまいます。唐の都、長安を捨てて蜀に逃れ、途中、臣下に迫られ、泣く泣く、大乱の元凶となった楊貴妃を処刑しました」
楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子の妃だった。楊貴妃を見初めた玄宗は息子から楊貴妃を奪い取ると後宮に入れてしまう。政務は臣下に任せっきりにして、玄宗皇帝は楊貴妃を溺愛した。
玄宗が政務に倦んでいることを良いことに、楊貴妃の従兄弟、楊国忠が朝廷を壟断するようになる。やがて、辺境の節度使、地方軍閥のようなものだが、安禄山との間で政権闘争が勃発、安禄山は大軍を擁して都、長安を囲んだ。都は戦火に包まれた。未曾有の大乱へと発展した。
玄宗皇帝は乱を避ける為に都を捨てて蜀へと逃れた。逃避行の途中、臣下の反乱により、大乱の原因となった楊貴妃は殺害されてしまう。
石川は楊貴妃と玄宗皇帝の故事を長々と説明した。
祓川は歴史に興味がないようだ。「歴史の講釈はもうその辺で結構です」と石川の説明を遮ると、「ところで、石川さん、いや、南洲玄宗さん。南洲家の当主になると言うことは、南洲家の遺産を相続することになるのですよね?」と聞いた。
南洲守弘が死んで、得をする人間――それが石川健文となる。
「えっ――⁉」と石川は意外そうな顔をした。
遺産相続のことなど、まるで考えていなかったと言いたげな様子だ。
「南洲玄宗さん。南洲宗家の九代目を継ぐということは、先代の則天さんの遺産を相続するということなのでしょう? 則天さんには守弘さんという配偶者がいた訳ですから、民法上、則天さんの遺産は夫の守弘さんが相続され、守弘さんが亡くなった今、本来であれば、守弘さんの遺族が相続することになるのではありませんか?」
「ああ、そのことですか」石川は不適に笑った。
「南洲家を継ぐと言っても名ばかりです。名誉職といって良い。まあ、南洲家の資産と言っても、この屋敷と、後は周りの畑くらいです。他に山を幾つか所有していますが、買い手がつかないような二束三文のクズ山です。大体ね。山を所有すると管理が大変なのです。林業をやるといっても、一人じゃできませんからね。それに、儲からない。かと言って放っておくと、荒れ放題になってしまいます。何処かに管理を任せると、お金がかかる。山を持っていると言えば、聞こえは良いのですが、実際は持て余すだけです」
「じゃあ、そういった資産は全て守弘さんの親族が相続される訳ですね?」
「そうですよ。ここにいる篠村さんの奥さんが守弘さんの唯一の親族となります。篠村さんの奥さんが相続することになると思います。ああ、一点だけ、南洲家が所有している山のひとつ、石川山は南洲家発祥の地です。石川家はこの土地に流れて来て山を切り拓いて勢力を広げ、平地に降りてきたと言われています。その発祥の地である石川山だけは、南洲家の当主として、所有しておきたいと考えています。辺鄙な奥地の山ですが、譲って頂けないか、篠村さんにお願いすることになりますね」
石川健文はただ、南洲宗家の当主という名誉が欲しかっただけだと言いたいようだ。




