32-幕間1 博麗隊、その後
冬の夜にまぎれて、バスの上を飛び移る不審者がいた。
イルミネーションや街灯が多いとはいえ足元は暗く。踏みつける足場は土台として適さない耐久性をしている。
そんな道なき道で迷いなくルートを選択し、寄り道をせずに目的地まで移動した。
ティ〜ンポォ〜ン♪
博多にある高層マンションのエントランスでインターホンが押される。耳触りのいい優雅なチャイム音は、場違いな容姿をした不審者を威圧した。
しばらくの沈黙を受け、もう一度インターホンを押すか悩む不審者。呼び出しの間に気持ちを整理することを優先し、連絡もせずに訪れた理由を反芻した。
「……はい。どちら様?」
「大吉ハナマルです。手代さんのお宅で間違いないでしょうか」
「……ハナマル。っハナマル! 帰ってきたの!?」
「良かった。お姉さんと一緒に捕まったって聞いたからその声が聞けて安心した。本当によかった。
あの、こんな時間に押しかけてごめん。帰ってきたら一番に顔を見せようと思ってロロに会いに来たんだ。それと今から重要な話をしたいんだけど……
人が来たから入れてくれないか? 見つかったら困る」
「えー…………っと、わかった。今開けるね。部屋片付けるからゆっくり来てね!」
「ありがとう」
オートロックが解除され、ガラス製のドアが自動で開く。
人目を気にして素早く中へ入り込む。それから階段を探して駆け上がった。
手代ロロの部屋は最上階にある。駅近で立地のいい高層マンションは、周りのビルを見下ろすほど高く、最上階まで階段を登るだけで1日分の運動量を確保できる。
そんな苦行を好んでする人間はこのマンションには住んでおらず、非常階段を利用するのは清掃の仕事に来たアルバイト程度なものだ。
今のハナマルにとって非常階段というのは人の目を避けられて、ゆっくり来て欲しいというロロの願いも叶えられる好都合なルートになっていた。
最上階にあるロロの部屋。その手前で立ち止まり、周りに人の気配が無いことを確認しながらインターホンが押された。
「はーい」
すぐに返事が来て、扉が開かれる。
「ドモドモ〜〜〜。こんばんは〜」
そこにはハナマルとは別人の、作業服を着た二人組の外国人がいた。
「………誰?」
「遅れちゃってごめんなさいヨ〜〜。入国審査に手間取っちゃってネ〜」
「《間違いない。こいつが弟だ》」
外国人の片方は日本語を流暢に操り、片方は聞き慣れない言語を使ってロロを動揺させた。
「ワタシたち、遠くからキミを迎えに来たのヨ〜。キミがいないととっても大変。みんな困るヨ」
「え……え?」
「《何喋ってるんだ。さっさと連れて帰るぞ》」
「あの……今日はこれから来客があって、別の日に」
「そなの〜〜?? どうしましょかネ〜」
「《なんと言っているんだ?》」
「《これから用事があるらしい。日を改めてほしいそうよ》」
「《まさか言うことを聞く気か?》」
「《静かにしてなさい》」
馴れ馴れしくロロに話しかける交渉役の外国人と違い、もう片方は日本語をさっぱり使えないらしい。作業着越しでもわかる筋肉だるまな体つきから戦闘員と思われる。その声には圧力があり、気性の荒さが声から滲み出ている。腕っぷしに過剰な自信があるのか、怪しい会話を隠そうともしない。
そんな戦闘員は任務に忠実なようで、交渉役が指示を出すまでは手を出さない冷静さを備えていた。
それでいて危険を察知したときには、直ちに戦闘態勢に切り替える柔軟性がある。任務を阻害しない範囲での戦闘は事前に認められていた。
ちょうど今、どこかから威圧する視線が飛んできたところだ。遠くから感じた視線に身震いする筋肉だるまだが、一瞬己に垣間見えた臆病さに憤り、保っていた冷静さと引き換えに戦闘の構えを間に合わせた。
「《出て来い!!!》」
怒号は最上階の端まで届く。だが言葉の意味までは響かない。非常ドアの後ろに隠れたハナマルは、先客がいることに驚いて出てこれないでいた。
「《やめろ。出直すよ》」
「《俺にガン飛ばしやがった!》」
交渉役の片割れはため息を吐き、相棒の血の気の多さに呆れてもう一つため息を吐き、大事になる前に退くことを即決した。
しかし押しかけておきながら、相棒の失態を見せただけで帰るというのはあまりに情けない。
不審がられてしまったのはロロの表情で察している。今後それが門前払いの理由になるのだけは避けたい。交渉役から挽回の布石が打たれた。
「日を改めてまた来ますネ。ロミお姉さんもキミを待ってますヨ」
「えっ……」
警察に連行されてから一度も音沙汰が無い姉の名前を出され、ロロは二人組への印象を改めずにはいられなかった。二人組への警戒は姉の手がかりへと変わり、胡散臭さは一段と増した。
「デワデワ〜〜オジャマしました〜」
ファイティングポーズを崩さない相棒の尻を叩き、戦闘態勢を解かせて帰還を促す。
それでも相棒の冷静さは戻らない。興奮状態は続いている。そんな態度でも反抗はせず、指示通り移動してエレベーターに乗った。
不審な連中が去り、ようやく非常ドアが開かれた。
「ハナマル!」
「よっ、久しぶり。まさか来客がいたなんて。急に押しかけてごめんな。悪いことしちゃったよな」
「全然大丈夫だよ。ただの……点検の人だから」
「いまどきの点検の人って怖いな」
「そだね。まぁ入ってよ」
ハナマルは自分の足を見る。人間の時に履いていた靴はサイズ違いになって捨てた。それからはずっと裸足のまま移動を続けている。足の裏は当然のように汚れていて、割れた皮膚の隙間に土や石ころが詰まっていた。
「ごめん。上がる前に足を洗わせてくれ」
「あはははは!」
今のハナマルの見た目に似合わない人間臭い言葉を聞いて、ロロは笑いをこぼさずにはいられなかった。
その後、玄関でハナマルが四つん這いになった。そして肘と膝の先だけで立ち、床を汚さないように移動する様を見て、ロロは更に笑った。
ロロから砂臭いと言われ、ハナマルは足どころか全身の汚れを風呂場で洗い流した。ダンジョンで染み付いた匂いをボディソープの匂いに付け替え、一糸纏わぬ姿で更衣室を出る。
リビングに入った瞬間、「ポンっ」と祝砲が鳴る。瓶の先からスパークリングワインの香りが吹き出し、白い炭酸ガスが部屋の空気と混ざり合った。
「おかえりハナマル!」
「おかえりなさいっす!」
「ありがとう! ただいま! って、えっと……確かキミは森アルム」
「久しぶりっすね」
森アルムはハナマル、サキ、ロロ、モモコと愉快な世捨て人たちと同期のプロ探索者だ。フェンシングを得意としており、次期オリンピック選手候補としての実力を高めるためにダンジョンで鍛えている。
サキとユーキとハナマルが怪物に変身したときにも同伴しており、指定モンスターの秘密を共有する間柄だ。
ハナマルは鼻に意識を集中して部屋のニオイを嗅ぐ。するとアルムのニオイが部屋に馴染んでいることに気づいた。他にも鉄の濃い匂いや乾いた汗の匂いを嗅ぎ取り、アルムが何故ここにいるのかを推理した。
「二人はパーティを組んだのか?」
「うん。最初はソロで活動してたんだけどひとりじゃ大変でね。臨時でパーティを募集したいと思っても、そもそもプロの数が少なくてナギかアルムしか組める相手がいないし。ナギはモモコのチームで活動することが多いから、いつの間にか固定パーティになってたんだよね」
「なんだか二人の間に割り込むようで申し訳ないっす」
「いやいや謝らないで! オレのほうこそ長い間留守にしてごめんって感じだからな! これからもよろしく頼みます!」
「はい! こちらこそよろしくっす!」
「ハナマルはもう外に出ても大丈夫なの? 指定モンスターにはなれたの?」
「公式の発表はまだだけど、一応な。
大吉ハナマル! 正式に指定モンスターとして任命されました! 拍手ぅーぱちぱちー!」
「「おおー!」」ぱちぱち!
『やったぜー』ぱちぱち!
ハナマルの後ろから何かが飛び出した。
「「うわっ! モンスター!」」
『へへっ』
その姿はまるで小さなケー。違いがあるとすれば一本角と四足歩行に適した脚、猫のような逆三角形の頭をしているところだ。
「こいつはケーイチ。ケーちゃん先生から貰ったオレのペットさ」
『ケーイチ! ケーイチ!』
「ちなみにオレより遥かに強い」
『ざーこ! ざーこ!』
「こらイッちゃん! めっ!」
ケーイチが強いかどうかよりも、二人はハナマルに驚いた。言語能力を持つ生物の飼育に前向きなハナマルを、二人は若干引き気味に見ている。
「しゃべるんだ……」
「全く気配が無かったっす」
「さっきまで気配を消して貰ってたからな。イッちゃんありがとうな」
ケーイチは8本の触手でハナマルの腕に張り付き、撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けている。肛門が見えるほど尻尾をピンと立て、甘えるように喉を鳴らす。その様子はさながら飼い慣らされた猫のようだ。
「さあ、突っ立ってないで座って座って!」
手を引かれるようにして高級ソファに座らされる。テーブルには家中からかき集めたであろうお菓子のパーティセットや酒のつまみが広がっていた。続いてワイングラスに酒が注がれていき、3人のグラスを酒が満たしたところで乾杯の音頭が取られる。
「ではではハナマルの出世を祝って。かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
かたい挨拶は抜きにして祝賀会が始まる。忘れないうちに今後の活動について話したかったハナマルだが、せっかくのお祝いムードに水を差すのは悪い気がして言い出せなかった。
まだまだ夜は長いからと機を見て話すことを先に伝えておき、その内容は後回しにした。
「それで向こうでの生活はどうだったの。まわりはモンスターだらけだったんでしょ」
「ああ。この姿になってからレベルがリセットされて大変だったよ。それで最初は草原エリアでモンスターを狩りまくってレベル上げしてた。しかも帰ったらケーちゃん先生が動かなくなっててさ。目を覚ますまでの長い期間3人で先生を運びながら戦闘して……」
思い出話という苦労話を二人の前で披露し、不在の間の空白を埋める。
そのなかでハナマルはとある事実に気づいた。長い修行期間のうちのほとんどが自主的な行動で、実際にケーから受けた授業の日数が少ないという事実に気づいた。
しかも授業の中身のほとんどを実習が占めていて、指定モンスターとしての心得や倫理観などをはっきりとは教えてもらえず、背中を見て学ぶくらいしかできなかった。これから指定モンスターとしてやっていけるのか段々と不安になっていた。
話が長くなるにつれて落ち込んでいくハナマルを見て、心配になったロロとアルムはハナマルのグラスに酒を注ぎ足していく。いつのまにかお祝いムードは一転して、祝賀会から慰安会になっていた。
「でもまぁ……楽しかったんだと思う。ケーちゃん先生はいつも驚かせてくれるし、団体行動でも窮屈な気持ちにはならなかった。いつもオレたちを優先してくれてたんだよな。ケーイチをくれたのも、きっとオレたちを思ってのことだろうし」
「トロールを味方にしたり、捕虜の扱いが乱暴だったりとか、聞いてる限りでは行き当たりばったりな人みたいだけどね」
「まあそれは否定しないわな」
「それでみんなはどれくらい強くなったんすか?」
「そりゃあもう強くなった。ステータスだけなら地球最強クラスらしい。なかでも一番成長したのはユーキだな。最初は成長が遅くて伸びも良くなかったんだけど、ケーちゃん先生の改造を受けてからは一気に引き離されたからな。今ではもう完全に追いつけないレベルだよ」
「ハナマル! 一度手合わせお願いしたいっす!」
「お、おう。いいよ。明日な」
「やった!」
意外と戦いを好む性格をしていたアルムに詰め寄られ、ハナマルは押され気味に試合の承諾をしてしまった。
とはいえダンジョンで生活していた頃には、博霊隊の面子と日課のように殺し合いレベルの取り組みを行なっていた。だから勝負を挑まれることに抵抗感はない。
むしろ自分の実力がプロ探索者と比較できる良い機会だと思い、約束したそばから明日が楽しみになっていた。




