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32 その心は、服も幸福(降伏)もいらない

1話のサブタイトル回収です

 ムカエルが【アンリミテッド・パラドックス】を維持したままケーに抱きついた。互いの間にある空間を収縮させ、ただ抱きつくよりも密着している。その状態はまるでコバンザメ。吸い付くように張り付いて離れない。


 ケーは無言で涙を流す。これは嬉し泣き。心の中ではとても喜んでいるが、口には出したくないらしい。


 口に出さなければわからない。表情がないからわからない。ケーの予想通り、その涙は悪い意味として取られた。



 このままだと孫が敗北してしまう。ムカエルの腰に手を引っ掛けて力いっぱい後ろに引っ張るサツキ。しかし、ものすごい力で押し戻されてビクともしない。


「触(さわ)れるようにはなったけど、これじゃあ引き離せないねぇ」


 サツキはついにナタ型の魔法金属武器を取り出した。


「こうするしかないみたいだ! チェーッイ!!」

「ぎゃあ!」


 ムカエルの背中をナタで斬りつけた。パックリと肉が割れて赤い血が流れる。

 人間のような赤い血を見てもサツキは止まらない。なんどもナタを振り上げ、振り下ろし、ムカエルの背中に次々と新しい傷を刻む。


「トドメだよ!」

「うおぉおおおおおお!!」


 ナタの矛先がムカエルの首筋に触れる寸前、弾かれるように両者が吹き飛んだ。ケーは微動だにもしない。


「ハァ……ハァ……」


 周りは黄金色に統一された魔法金属の壁。強くぶつかれば使者といえども死に至る。


 空間を操ることで速度を殺し、無事着地に成功したムカエルは四つん這いで息を荒げた。

 空間を操れないサツキは壁に強く叩きつけられて死んだ。



 【アンリミテッド・パラドックス】の弱点。それは空間操作が使用者の熟練度に依存することだ。魔法自体に限界はないが、使用者次第で強弱の振れ幅が大きくなる。集中力が足りなければ全方向の空間を自在に操るのは至難の業だ。

 普段は周囲の斥力と引力を同時に操作できる腕前のムカエルでも、真心の精神状態を維持しながら、密着を強要される状況では防御面にまで意識を割く余裕がなかった。



 自滅寸前になるまで我慢したが、ムカエルはサツキと交戦しないという目標を達成できなかった。傷口を再生させて体力を回復し、ケーの方向を見つめる。


 目線の先では、復活したサツキが『ケーの魔石』を取り込んでいる最中だった。


 その光景を見てムカエルは笑った。おもむろにスマートフォンを取り出し、誰かに連絡を取ると不気味な笑みを浮かべて入り口まで飛び退いた。



 ムカエルが引き退がる様子を不思議に思ったのは仲間の使者たちだった。作戦が失敗したのかと困惑している。


「どうした! 諦めたのか!」

「プラン変更じゃ。ウヌらは戦闘を続けておれ」


 間を置かずに、入り口から一人の天使が入ってきた。

 電文では伝えられなかった作戦を小声で補足し、天使が無言で頷くと、二人同時に駆け出した。


 何も聞かされていない他の使者たちは、当初の目的通りムカエルの進路を確保する。



 先程とは明らかに態度が違うムカエルの行動を見て、死徒たちが焦り始めた。


 死徒たちの力任せな攻撃は苛烈さを増す。なかでも一番気性が荒いムツキは、置き物と化したカネ爺を拾い、カネ爺の首を掴んで全力で振り回す。味方を巻き込むほどの広い範囲攻撃を繰り出した。


「うがあああ! ぢぢぢっ! ちかよるな゛ああああ!!」

「ぎゃあああああああ!」


 無限大に増幅するムツキの膂力。それによる凄まじい遠心力でカネ爺の首は伸び、硬質な甲羅が壁や床に叩きつけられる。叩きつけられるたび、カネ爺の悲鳴と金属音が響き渡り、甲羅がいびつに変形した。


 散々歪められた甲羅は、フレイルのようにトゲトゲとした凶悪な形へと変化する。狂気的な装備者に使われることよって、カネ爺は武器としての真価を発揮した。


「目がまわるううう!」

「シネエエエエエエエエッ!」


 死徒を形づくる魔法金属は強い精神の変化に伴い、その形状を変化させる。ゆえに神経が通っていない甲羅部分は感応性が鈍く、死徒の中では一番頑丈といえる。

 分厚い壁で出来た黄金宮殿を破壊できるほどカネ爺の精神と甲羅は硬くない。壁に負けてフレイルに変形したのがその証拠だ。しかし使者達が使用する魔法金属武器は破壊できる。武具の素材となった魔法金属の量は少なく、カネ爺の甲羅にはそれを破壊するだけの硬度がある。


 だからこそ使者たちはカネ爺を武器で受けられず、防ぐことを諦めて避けるしかない。


 フレイルと化したカネ爺がりゅうりゅうと天使の頭上へ迫る。だが命中する前にムカエルが間に入り込んだ。

 突如、カネ爺は見えない壁に弾かれるように跳ね返り、装備者であるムツキに襲いかかった。


「ムツキィ! シネェ!!」

「あ゛あああああああああああ!」


 加速したカネ爺がムツキの腹部を突き破る。カネ爺とムツキは同時に死んだ。ドロドロに溶ける肉体が床に流れ落ちる前に、新しい肉体がケーのそばで作り出されていた。


 ムカエルの行動は完全なる敵対行為。しかしケーは動かない。いや動けない。坐禅を解けないという話はハッタリではなかった。


 ムツキの暴力が突破され、残る障害はサツキのみ。速度を緩めず迫るムカエルと天使にナタを突きつけ、完全戦闘態勢のサツキが立ち塞がった。


「行かせないよっ!」

「邪魔じゃ!」


 先程とは態度が180度変わったムカエル。その様子に恐れを抱きながらもサツキは果敢に飛び込んだ。


 振り下ろされる二振りのナタはまたしても見えない力に阻まれ、宙に浮いたサツキの身体は壁まで吹き飛ばされた。そして一瞬のうちに轢かれたカエルのような姿へと変わり果てていた。


 無敵の身体と実質無限大のステータスを与えられながらも、死徒には所詮人間程度の精神力しかない。与えられた力を最大限引き出すには想像力が足りていない。

 地球誕生のずっと前から世界の舵取りをするムカエルは、この世界で最強ともいえる戦闘技術を持つ。それと対等に渡り合えるケーがイレギュラーなだけで、本来分裂神というのは下等生物がどれだけ力を持っても敵う相手ではない。

 ここにいる使者たちも死徒自体には脅威を感じていない。警戒しているのは常にケーの動向だ。使者たちは、何をしでかすかわからないケーを恐れていた。


 だが、もうすぐ戦いは終わる。勝ちを確信したムカエルの表情を見ればわかる。



 ムカエルと天使が目の前にいるのにケーは動けない。ただ動揺はしているようで、魔石をボロボロと大量生産しながら口だけはフル回転させた。


「待て待て待てぃ。おめぇさっきと違うやんか。なんで急にキャラ変えてくんの。メンヘラか。それともヤンデレか。目つきがさっきと違うやんか。さっきはもっと優しかったやん。そんな天使と手ぇ繋いでないで、ギュッと俺を抱きしめたらええやん。急にどうした」


 ムカエルと天使は恋人繋ぎで互いの指を絡めあっていた。これから行う魔法に必要な儀式の一つだ。

 手を繋ぐ程度のことで動揺するケーを見て、ムカエルは喜んだ。自分の芝居に上手く騙されてくれたみたいで喜んだ。儀式には不要だが、からかうように天使と口づけを交わす。


「全てを捧げろ」

「同意します」


 許諾した天使が光となって散らばり、ムカエルの手元に集まった。


「【サクリファイス・ソウルリリース】」


「ちょっ! ちょちょちょ! ちょ待てっ! タンマ! 意味わからん! なにそれなにそれ! は? こんなんありえないんですけど! いったん離れてもらえます?」


 洪水のように魔石を生産して押し流そうとする。しかしムカエルの手前で魔石は縮小し、後ろに流れていった。


「ワシの勝ちじゃ。怪物王」


 これまで一度もケーの名前を呼ばなかったムカエルがついにその称号を口に出した。

 そしてムカエルの光る手がケーの肉体を通過し、肉体から魂を引き摺り出す。


「おっ? おっ? おっ……これは天使の……?」



 常識外れな無敵さを持つケーだが、魔力や魂までは世界の理に囚われている。


 物理的な攻撃が一切通じなくても、魔力や魂に直接干渉する技は通じる。いくら無敵だろうと肉体ではカバーできない弱点をムカエルは知っていた。

 これもムカエルが使者の頂点であり続けるために研鑽(けんさん)を重ねてきた賜物(たまもの)だ。


 使者は魔法金属しか通じない体を持つため、使者同士で争った場合、その勝敗は武器の優劣とそれを操る技量で決まる。


 だがムカエルは限られた量しかない魔法金属には頼らず、無手の状態で使者を圧倒する術を追究した。そうして使者に有効なカードを数多く身につけてきた。

 ムカエルが持つ手札の中には、生贄を必要とせず、魂にダメージを与えるカードもある。しかしそれは肉体を介して魂にダメージを伝えるため、使者には通用してもケーには通じない。これは〖黒紫のオーラ〗を封じた時点で試されていた。


 ゆえに肉体に触れず、魂だけに触れるカードが選ばれた。そのカードこそが自身の一部を魂化させ、相手の魂を肉体から解放させる魔法【サクリファイス・ソウルリリース】。


 魂の離合については世界の理に触れることが多く、ほとんどの場合で生贄を要求される。


 生贄なしで使用した場合には、宇宙の許容を超えて『しわよせ』が発生する。

 反則的な【クレイジー・クレイジー・グレイブヤード】もこの例に該当しており、発動後にケーの中で『しわよせ』の力が強まっていた。坐禅の時間が長かったのは、この力を手懐けるためである。ギリギリで手懐けたが、間に合わなければ【クレイジー・クレイジー・グレイブヤード】は解除されただろう。


「さらばじゃ」


 半透過したムカエルの手がケーの魂を思いっきり引っ張り出す。暴れ回る魂の抵抗をものともせず、肉体から完全に切り離した。


 その手に握られていたのは、無数の触手を蠢(うごめ)かせる黒紫色の半透明体。その正体がケーの魂であることを全員が直感した。


 魔法が解けて光る手が元に戻る。するとケーの魂はどこかへ消えてしまった。


「さ、用事は終わったし帰るかのう」


 ムカエルが離れて行くのを見て、死徒たちが戦闘を中断し、ケーに駆け寄った。


「そんな! 先輩! ケー先輩! 起きてくださいよ! こんなのってないっすよ! 一緒にダンジョン巡りするって約束したじゃないっすか!」

「あ゛ああああ! ケーちん! 嘘だよねぇ! ムーをお嫁さんにしでくれるっで! ロミのクソッタレと別れるっで! あれ嘘じゃないでじょー!」

「ほっほっほ。またムツキが妄言を吐いておるわい。グググッ……くっ首が……」

「キシャアアアアアア!」


 死徒たちが何度呼びかけてもケーからの返事はない。


「まだ……終わってないよ」


 黄金の床から這い上がり、魔石に齧り付いたサツキが言い放つ。だが次の瞬間には見えない力に押し潰されて死んだ。


 再び床から這い上がってくるサツキ。

 それを見たムカエルはため息を吐く。そして動かなくなったケーを指差し、死徒たち全員に告げた。


「今は休みたい気分なんじゃ。また後でソレを取りに来るから、その時に遊んでやろう。さ、帰ろ帰ろ。ちょっと観光していくかの?」

「それ、いいますね」


 ムカエルは脱出用のワームホールを横切り、黄金宮殿の入り口から出て行った。まるでボスエリアのクリア条件を満たしたと言わんばかりに。


 追いかけるサツキだが、見えない壁に阻まれた。一か八か使者達が残したワームホールをくぐり抜けようとするも、触れる寸前に消えてしまった。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 完全敗北。使者たちは最後まで死徒たちを敵と認識していなかった。

 頼られたのに何も叶えられなかった嘆き、やり場を失った怒りが黄金の宮殿を駆け回る。


 残されたのは暗い雰囲気の死徒たち。

 全く動かないケー。


 そして、大量に転がった『ケーの魔石』だけだった。



◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆



 雑木林が立ち並ぶ森エリアのはずれに、ポッカリと空いた不思議な空間がある。


 場所は草原エリア付近。日本の行政機関による近辺調査で発見済み。その不思議な場所は詳しい調査のため、探索者立ち入り禁止区域に指定されている。


 不自然なほど綺麗に丸く開けた空間を、青い色が支配している。たった一種類の青い花が一面に咲きこぼれている。力強い樹木さえも青い花畑を避けて根を這っていた。


 青い花の一輪一輪が、一切の生物を寄せ付けない特殊な香りを放つ。花粉と根には除草効果を含む毒があり、生命力の強い雑草ですらこの地での繁殖を拒む。


 まるで遺伝的多様性に叛逆するかのような性質を持ちながらも、青い花は咲き誇り、絶滅を免れている。花畑の下に積み重なる茎の残骸が、何度も繰り返した世代交代の歴史を静かに語っていた。



 花畑の中央にこの奇妙な景色を作り出した原因が眠っている。


 それに皮と肉はない。血の一滴まで綺麗に分解され、残された骨は青い花畑とは不釣り合いに赤々としていた。


 墓標もなく、風雨に晒され、ボロ切れ一枚残っていない。数百年もの長い間、青い花畑で野ざらしにされていた事実を、骨に付着した青い花の残骸が物語っている。


 一面を彩る青い花は死者への手向けなのか。赤い骸は誰からも思い出してもらえず、骨の一欠片まで朽ち果てるのをただただ待ち続けていた。



 赤い骸はかつて最強の帝王としてエルフェン国に君臨したエルフだった。


 その権威は他国にも及び、種族の壁を超えて半世紀ものあいだジュフタータ大陸を統治した。やがて敵を無くしたエルフの王は自身の強大な力に自惚れ、傲慢にもジュフタータ四大神に挑んだ。


 四大神を倒したとあれば大衆から神格化され、その名は神に打ち勝った象徴として後世に語り継がれるだろう。


 大陸外からも優秀な兵を集め、あらゆる術を学び、己を鍛え、武具を揃えて神に挑んだ。


 結果は無残なものだった。勝負にもならず、遊ばれるだけだった。


 エルフの帝王は使者に両足を取られて逃げることもできず、自らの兵、自らの一族が罰せられる様を目の前で見せられながら、己の愚かさを悔やんで死んだ。


 赤い骸には、今でもその懺悔と怨恨の念が残り続けている。


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