20-3 その、帰してあげられませんか
森にできた広い空間で悪魔の足が止まる。まるでその空間は定期的に手入れされているみたいに、不自然なほど木の枝が落ちていなかった。
「未知のモンスターはエルフや。耳が長くて人とおんなじくらいの身長してな。みんな容姿端麗で日本語しゃべるぜ」
キターーーーーッ!!!
ファンタジーの超定番の種族キター! しかも日本語使えるだなんて嬉しい情報キター!
ぜひともお近づきになりたい!
「エルフの居住エリアは深い森の中にあるから、闇雲に探しても迷っちまう。まずは道標を見つけるんや。ひときわ大きい樹木を見つけたら、その近くに巨石があるはずだぜ」
森の中をウロウロしてたのは道標を探してたからか。
悪魔の目の前にある巨樹は、櫛田神社に植えられている銀杏の木よりもはるかに大きい。屋久島の縄文杉を若々しくしたような圧倒的な生命力を感じる巨樹がそびえ立っていた。
巨樹の周りの木は綺麗に伐採されていて、代わりにお花がたくさん咲いている。巨樹自体も手入れされた跡があった。森を愛するエルフに違いない。
来たよ。ファンタジーあるある来たよ!
ザバッ、ザバッ、ザバッ!
巨樹の周りのお花畑を踏み荒らして進む悪魔。エルフが見たらどう思うだろう。
不自然に配置された巨石の前で悪魔が手招きする。
僕らは荒らされた花道を通って、それ以上荒らさないように巨石のもとへ進む。
巨石には、子どもが寝転がれるほど大きな穴が真っ直ぐに貫通していた。
「この穴が示す方向に進むぜ。逆に辿れば川に通じるから、覚えとくと迷ったときに助かるぜ」
初めてガイドらしい一面が垣間見えた。でもガイドらしさは一瞬で終わる。綺麗なお花畑をわざわざ蹴り散らして、新しい道を切り拓く悪魔に戻った。景観を破壊するのはガイドとして失格の行為だと思う。
穴の先をまっすぐ辿っていくと、次の巨石に行き当たった。舗装された道はなく、木々の間を抜けるからコンパス無しだと道を逸れそうで怖い。
なんの迷いもなく、まっすぐ進める悪魔の方向感覚には素直に称賛する。
ハナマルは感動するたび、これ以上無いくらい褒めちぎっていた。よいしょがすごい。悪魔が調子に乗ると大変な目に遭うからやめた方がいい。
巨石を何度も見つけ、穴差す道を進み続けると良い匂いが漂ってきた。爽やかな花の香り、バターと小麦を焼いたような甘い香りがする。生活感のある煙が立ち上り、そよ風に流されていた。
エルフの居住エリアにたどり着いた。しかし中へ入る前に困難な壁が立ちはだかった。
集落の外側に尖った木の杭が設置され、周囲に水堀を巡らせていた。守りの固い環濠集落だ。
哨兵らしきエルフが物見やぐらから慌てた様子でこっちを見ていた。
こっちには悪魔がいる。問答無用で矢をつがえるかと思いきや、その前に鐘を鳴らせた。集落のあちこちから狂ったように鐘が鳴り響く。
カランカランカラン!! カランカランカラン!!
悪魔は物怖じせず、水堀沿いに歩いて関所を指し示した。
関所の前にも水堀があり、堀と門を繋ぐ木造の橋がかかっていた。橋の下からは油の臭いがする。歩いても足が滑らないから気のせいかと思ったけど、お姉ちゃんも同じことを言ってるから間違いない。
橋を渡ってる最中に火矢を打ち込まれないかヒヤヒヤしたけど、何事もなく渡りきれた。
一言も交わさずに門が開き、全員が門をくぐり抜ける。そしたら汗だくの老人が慌てた様子で駆けつけてきた。
「遅刻だぜ」
「も、申し訳ございません使者様。なにぶん忙しい立場でして! お、お許しください!」
「屋敷をひとつ貸して欲しいんや。連れが全員入れるくらいので頼む。空いてるやつでいいぜ」
「ただちに用意させます! 少々お待ちくださいませ!」
「ここで待たせる気なんか?」
「めっそうもございません! くつろげる場所にご案内させていただきます!」
なんだろう。明らかな上下関係が見える。あれが年寄りに対しての物腰か。失礼にも程があるでしょ。
「いひひひひひ! そんな慌てんなって。寿命が縮むぜ。気楽にいこうや」
「も、もったいないお言葉。いたわっていただきありがとうございます」
移動を始めたからついていく。僕らは緊張しっぱなしだ。なにせこれだけの文明を築く集団の中に身を置いているわけで、小人の例もあるから尚更落ち着けない。
悪魔と老人の様子から察するに見知った間柄のように思える。昨日今日出会ったばかりには見えない。何度か交流しているはずだ。
「おめぇ、いま何歳やったっけ?」
「こ、今年の5月に801歳になりました」
キター! やっぱり長寿なんだ! ファンタジー!
「暦は何月まであるんやったっけ?」
「はい?? じゅ、12でございます。日は年月によってまばらで、説明するには長くなりまして」
「合計365日やろ。366日の年もある」
「おっしゃる通りでございます! 使者様は聡いお方でありますな!」
「不思議やなあ。ダンジョンの中なのになあ」
まるで僕らに聞かせるために、わざわざ質問してるみたいだ。何を伝えたいんだろう。日本語を話してるのがもう不思議なんだから、暦が同じだからって不思議とは思えないんだけど。
「皆様、こちらでおくつろぎ下さいませ」
案内されたのは宴の会場。煌びやかな衣装を纏った美しいエルフの踊り子たちが会場の脇から登場する。バレエともコンテンポラリーダンスとも違うゆったりな民族舞踊を披露して僕らを歓迎した。
会場に点在する食卓には、パンや野菜や肉の盛り合わせなど豪勢な食事が用意されていた。飲み物はワイン。グラスは人数分ある。まるで僕らの来訪を予見したかのような準備の良さ。いや、きっとここに来る前から監視されていたんだと思う。
「助かる。おめぇはよくやってるぜ。ほんじゃあ、今回は他の生贄を頼むわ」
背筋にゾワゾワと寒気がして鳥肌が立った。周りを見るとみんな顔を青くしている。エルフの踊り子はまだしも自衛隊員まで。お姉ちゃんだけちょっとニヤけてた。
「ありがたきお言葉! より一層精進してまいります!」
集落に入る前からエルフの態度は明らかに怪しかった。敵が攻めてきたかのような焦り具合から、一転して歓迎ムードに急変したのが気がかりだった。やっと合点がいった。いまさらながら異様な厚遇の答えに気づいた。
急に押しかけた人間を歓迎してくれるわけだし、エルフはもう味方だと思ってた。人類の味方なんだって。でもそれは違う。悪魔が恐怖で支配してるだけだ。
もしかしたら、いや、十中八九。小人も悪魔に支配されていたんだと思う。研修が始まるずっと前から。
人間の数が一気に増えたのをきっかけに、ダンジョン内で悪魔への反乱が始まったのかもしれない。今まで平和だった村に不審者がいっぱい入り込んでくると思えば不安は大きいだろうし。
小人とエルフが歓迎してくれたのは悪魔が支配してるからに違いない。
同じ言語を交わしてるのに、悪魔は躊躇もなくエルフに生贄を要求した。僕ら人類だけは例外だと言い切れるだろうか。
自衛隊にエルフのことを知らせなかった理由は謎。でも悪魔が人類の敵なら、これほどの戦力を隠していてもなんの不思議もない。きっと最初から僕らのことなんてオモチャとしか考えてないんだ。
「よーし、そろそろ本題に入ろうかね。今日は特別授業についてや。内容については帰っても口外しちゃダメだぜ。殺さんといかんくなるからな」
いきなり物騒なんだけど。帰りたい。でも帰してくれないんだろうなー。
「帰ってもいいですか」
勇気出しすぎだよサキ。悪魔が帰りの面倒を見てくれるわけないでしょ。
「ダメや。と言いたいところやが、そんな強制力は俺には無いぜ。自力で戻るか、これからモンスター化の奥義を伝授するから、その間死んでくれたら帰してやるぜ」
死体の状態で? え、そういうことじゃないよね。あとで生き返らせるってことだよね!?
お願いサキ! そこまで聞いて! アイコンタクト!
「蘇らせてくれるってことですよね」
「なんでや。死者蘇生はノーコストじゃねーぜ。自殺する奴のためになんでそこまで面倒見にゃならんのよ。死体はちゃんと故郷に届けるって意味や」
「誰が口外したかをどうやって把握するんですか?」
「秘密や。マジで奥義のことをネット上で拡散すんなよ。面白えことになるからな」
絶対に口外しない。僕は僕自身に誓った。でも他の人はわからない。特にお姉ちゃんは巻き込み自殺とかやりそうで怖い。
どんな方法かはわからないけど、この悪魔なら絶対に漏らした人を全員殺す。奥義の内容をコピペして拡散した人も全員殺す。そんな顔してるもん。
「では我々は帰らせていただきます。ケーちゃん殿の誘惑は協調性を乱しかねませんので」
「ついていける奴は自衛隊に同行して帰っていいぜ」
そういえば頼りになる連中がいたじゃん! 悪魔の存在感のせいで忘れてた!
「この中で残りたい奴は今すぐ自衛隊を辞めろ。皆さんの中から我々に同行されたい方は5分待ちますので、その間にご決断ください」
確かに自衛隊員の中には聞きたそうにしてる人がチラホラいる。夢見る一般人ですらチカラを求めてるんだから、守り手である自衛隊員ならそりゃあチカラを得るチャンスを逃したくないよね。
「ちなみに今までモンスター化した奴は数多くいるぜ。元自衛官、元警察、死刑囚、暴力団員、ボランティア、フリーター。他にもモンスター化に成功した奴はごまんといる」
ハナマルがキラキラした目で悪魔を見てる。先輩がいて嬉しいと僕に呟いた。
「全員俺が殺した。陛下からの勅命や。モンスターになったら討伐対象にならないように頑張れな」
自衛隊員の皆さんは全員揃って帰ることにしたようだ。
僕らルーキーの中からはアルムが帰る選択をした。アルムはみんなに頭を下げてたけど、誰も去ることを責めはしない。僕はモンスターになるつもりはなく、ハナマルの付き添いとして居残るだけだし。ナギとユーキくんは沈黙を保っている。サキはナギの付き添いとして残った。
「5分経ったぜ。お別れの挨拶しとけな。こっから帰るのはラスボスと戦うよりキツイだろうからな。ロミ少佐以外は生き残らねえかもしんねえぜ」
最後になんて言葉を残すんだよ。みんなの足が止まったじゃんか。いや、言わずに追い出すほうが鬼だけれども!
結局みんな帰らなかった。なんだったのよ今の5分間。そんなに人の心を掻き回して楽しいか。楽しいんだろうね。悪魔だもの。
「よーし! ほんじゃあ早速やっていこうかね!」
「お待たせしまして申し訳ございません使者様。ただいま生贄をお持ちしました」
スケスケのランジェリーを着たガリガリの女エルフが手を縛られた状態で連れてこられた。目のまわりが赤く腫れている。
「奥義の前に生贄をどうすっか考えるか! そーだなー……大吉さん。おめぇにやるぜ」
「え、そんな、オレなにもしてませんし!」
「遠慮すんなって! いい奴やなあ。サクッと殺して経験値にしちゃいな。美味しいぜ!」
「あ゛ぁぁぁ……」
「泣くなバカタレ! お見苦しいところをお見せしましてすみません! 泣きやめ! バカタレが!」
わんわんと泣きはじめた供物のエルフ。長老が悪魔に謝りながら、供物エルフの頭をバカスカ叩く。
そのやり取りを見て悪魔は笑った。笑った瞬間を見逃さず、すかさず長老が媚びへつらう。
あー怖い、酷い、嫌い。こんなのエルフがかわいそうだ。ハナマルも動揺してる。
「あの、その、帰してあげられませんか。オレがもらいますから、そのままお返しするってことで……」
「そんなに遠慮することないんやがな。長老、それとっといて、後で貰うから」
「かしこまりましたぁ!」
ハナマルが発言するたびに供物エルフの表情がコロコロ変わっていたけど、最終的には絶望の表情で長老に連れて行かれた。
猿ぐつわをされていないのに、供物エルフは一度も言葉で訴えかけなかった。たぶん舌を抜かれてる。エルフ側も酷いことするもんだ。
「ほんじゃあ、奥義を教えよう」
これ以上に空気が悪くなることはないだろう。この時はそう思っていた。




