20-2 その、帰してあげられませんか
案の定、ツアー手旗を持った悪魔が管理センターに入ってきた。
でも今日はツアー客が少ない。たった4名。ナギとサキとアルムと新しい子だけだ。サキとアルムはナギと合流しただけだろうから、今回の研修は2名しか残らなかったということになるね。
うん。やっぱりあの短期集中型研修は効率が悪いよ。
「今回は2人しか残らなかったみたいだね。あれ? ハナマル?」
いないし。もう! 真面目なんだから。
やっぱり悪魔のとこに行ってるし。ハナマルは怖くないのかな。
「……サービスもしてくれたりして、めっちゃ感謝してましたよ!」
「そっかあ。そんならよかったわ。まあ俺はミニマリストやから、大金持ってても着飾ったり豪遊とかしねえし。
行き渡らないとこに届いてくれたんならよかったわ。どうせ毎年政府に刷らせてる金の余りやし。みんなが豊かになるならそれでええのよ」
「めっちゃ尊敬します! 成金とは格が違いますね!」
「いひひ。せやで、金は下に回してなんぼのもんや。上流に貯めて腐らせず、下流に流して恵みの雨を降らせるんよ。俺は雨を降らせる男になったわけ。偉いわけ」
僕よりお金の知識ありそうな感じを出してて怖い。政府に刷らせた金って何。できたっけそんなこと。日銀と政府ってべったりなの?
生きてるうちに教科書に載るくらいだし、やっぱり金持ちなのかな。お姉ちゃんが羨ましい。こっちにもお金を回して欲しい。
悪魔に聞こえないようにお姉ちゃんに無心しようっと。
「お姉ちゃんお姉ちゃん。僕、お小遣い欲しいなー。お金持ちなんでしょ。いま住むところに困っててさ。家が欲しいんだよね」
「そんなこと急に言われても無理であります。もっと前だったらなんとかできたでありますが、ついさっき離婚したので」
「え、離婚って。じゃあ財産分与があるじゃん」
「無理であります。貢献度がほぼ0でありますから」
あ、そっか、お姉ちゃん家事できなかったもんね。自衛隊で身に付かなかったのかな。
「お姉ちゃん家事しなかったの?」
「一度もしたことないし、貯金額も知らないであります」
ほんとにラブラブだったのかな。ベッドだけの関係なら恋人ですらないし。この二人って意外とドライで可哀想な人たちなのかも。
「気分いいぜ。ほんじゃあ、今日は特別授業をしちゃるわ。おめぇら本当にラッキーやな。これがビギナーズラックなんだなあ。おい! 聞けおめぇら!」
悪魔は管理センターにいる全ての者へ向けて声をかけた。
死んでも強くなりたいやつはついて来いと。俺みたいなモンスターにしてやってもいいと。その代わり、ついてきていいのは一度研修に参加した人に限る。という内容だった。
つまり、ついていっていいのは僕らだけだ。
わかってやってるよもー。わざわざモンスター候補を紹介してるだけじゃん。
カシャ。カシャカシャカシャカシャ!
ほら、めっちゃ写真撮られたし。高速連写すんな。
ダンジョンゲートを潜ると、悪魔は昨日と同じルートを同じように走り、渓谷エリア入り口でトリプルヘッドボアを倒させた。
ただし、今回は新人が2人しかいないということから頭の数が0.5しかないハーフヘッドボアだ。ほぼほぼ死んでる。
「小人はやめてほしいであります」
「わーとるわーとる。もうあんな命令は聞かんから」
「本当でありますか……?」
「そんなに甘えた声出すなって。こっちは未練タラタラなんやからさ」
「再婚もありですが」
「それはない。離れろや」
研修中に喧嘩するのやめてくんないかな。ただでさえ恐怖が蔓延してるのに、さらに空気がピリつくんだよね。
渓谷エリアのモンスターは剣鹿や吸血ウナギが主な危険生物に指定されていて、それらの素材は草原エリアのものより高額で取引される。無害とされるのは小人と川魚だけ。食べられる山菜やきのこも採れるらしいけど森に入る必要がある。森には強力なモンスターが多く、地形も安定しないから高レベルでも森への侵入はオススメされていない。
川沿いを歩き続けると、剣鹿と吸血ウナギ以外の危険生物とは遭遇せずに渓谷エリアを抜けられる。たった2種類のモンスターしか対策する必要がないため、悪魔が言うにはレベル上げのオススメスポットらしい。
「そろそろ渓谷エリア抜けるぜ。ほんじゃあボスとゴタイメーン!」
渓谷エリアのボスはテナガグマ。川の流れが緩やかな河原の近くに巣があり、獲物を見つけると襲いかかる。
長い手を器用に操って、相手の顔の皮を剥ぐ恐ろしいモンスター。
でも、それは手足があればの話だけど。
四肢が取られてダルマにされたテナガグマは、現在進行形で中学生2人のリンチにあっている。
悪魔にもがれたテナガグマの手足は運搬係の自衛隊員が受け取っていた。
果たしてこんなやり方でレベルアップするのか疑問に思ったけど、前回の例があるから何も言えない。
中学生2人は怯えながらも、テナガグマの頭をかち割って魔石を取り出した。
「やっと尾行を撒けたなあ。いひひひひ」
悪魔の独り言を人語に翻訳すると「尾行してきた者は全員死んだ」って意味になるんだと思う。笑えない。
ツアー客の表情は暗い。見るに耐えない姿にされたエリアボスたち。その最後の瞬間は人の心をえぐってくる。五体満足であれば、探索者の命を容易く奪ってしまう恐るべき対象とはいえ、死ぬ寸前まで弱らされた姿を見ると流石に可哀想になってくる。
海外では、ボスの討伐者が現れると討伐者は英雄のような扱いを受けて讃えられる。ボスは人に試練を与える神聖な力の象徴という見方もある。
でもあんなに弱った状態のエリアボスを倒しても達成感はなく、誉れも糞もない。あんなのダンジョンへの冒涜だよ。
「森エリアに入るでありますか。皆さん、絶対に離れないでください! トイレなど緊急の場合は自分か他の隊員に知らせてください!」
渓谷エリアの次は森エリアになる。渓流は続いているが、テナガグマを倒したという実績があれば森エリアに行く許可がもらえる。
森エリアは広大で草原エリアとも接しており、渓谷エリアを挟まなくても移動可能だ。でもそのルートはオススメされていない。
森エリアのモンスターは非常に強力で、トリプルヘッドボアを単独で狩れるモンスターが群れを作っているらしい。危険度が渓谷エリアの数倍跳ね上がる。
僕らみたいなルーキーは絶対に足を踏み入れちゃいけない領域だ。
「この先には自衛隊も知らないモンスターの大規模集落があるぜ」
森エリアには巨大狼や大顎猿など、群れをつくるモンスターが多い。資料によれば森エリアの大型モンスターは総じて積極的に人を襲う。研修ビデオでも森エリアだけは駆け足で通過した。森エリアの次のエリア、荒野が広がる火山エリアのほうが楽そうに見えた。
悪魔からはぐれたら終わりだ。きっと森の住人はテリトリーを侵した僕らを既に察知している。姿は見えないけど、遠くから威嚇の声が聞こえてきた。
僕らだけじゃなく自衛隊員たちも表情を張り詰めていた。どうやらこのエリアは経験豊富な自衛隊員でも危ないようだ。渓谷エリアでは見られなかった汗が見られる。
危うい雰囲気が出てきたね。いよいよファンタジーらしくなってきたよ。
「しゃーしいな!! どっかいけ!!」
悪魔が威嚇すると森は静まりかえる。鳥のさえずりまで無くなった。
……なんだろうこの感覚。ダンジョンへの期待が自分の中で薄れていく。これが失望って感覚なのかな。もっと頑張ってよダンジョン。悪魔なんかに負けないでよダンジョン。
夢だった未知の冒険。広大な大迷宮。襲いかかるモンスター。探索者たちは幻想的な武器を持ち、命を燃やしてダンジョンに挑む。そんな僕の期待が薄れていく。
悪魔はダンジョンを知り尽くし、モンスターを犬猫のようにあしらう。ときには遊びながら駆除する。
僕らにとってダンジョンは人生だ。生活を共にするスリル満点の謎多きパートナー。
悪魔にとってダンジョンはついで感覚のように見える。おまけ目的のお菓子ような粗雑な扱い。消化試合のような無気力感。研修ビデオの過酷な戦いを掻き消すように、口笛吹きながら森を闊歩している。
あの背中を見ていると、まるでクリア後の世界を無敵モードでマッピング作業しているようだとしか感想が浮かばない。ダンジョンを楽しんでいるようには全く見えない。どちらかというとダンジョンを馬鹿にして楽しんでる。
だから僕はこいつが嫌いなんだ。怖い以上に嫌い。




