20-1 その、帰してあげられませんか
ゆうべは思っていた以上に楽しめた。ハナマルが隠していた驚愕な事実も知れたし、一晩でお互いの仲がより一層深まった。今日はこれから一緒にダンジョンに潜ることになって、今はその準備中。
僕ん家に泊まっていったハナマルは準備のために一旦家に帰っていった。
合流場所に指定した櫛田神社でしばらく待っていると、煌びやかな鞘袋を2つ腰に携えたハナマルがやってきた。プロの登山家みたいに大きなリュックを背負ってる。僕のよりもずっとおっきい。
「よっ、おまたせ! そんじゃ気合入れて行こう!」
「うん。その前に力石試さない? どれくらい強くなったのか実感が湧かないんだよね」
「確かにそれはある! やろう!」
試石の重さはおよそ100キロ。僕の体重の2倍もある。それがこの通り。
「重い……重いよお……」
「浮いてるぞ! 持ち上げられてる!」
レベルアップしても所詮は凡人ってこと?
この前、公表されてる中で最大のステータス保持者(あの悪魔を除く)が1トンのバーベルを持ち上げる動画が話題になった。その人は150レベルで戦闘力が8000台。
こちとら戦闘力3000台なのに重さ100キロに苦戦してる。3000と8000の間で10倍近い能力差が出てるんですけど。算数的におかしくないですか。
ハナマルが試石を掴むと普通に持ち上げて肩に乗っけてるし、ほぼ同じステータスなのになんでこんな差が出るわけ?
「なんで僕はできないの!?」
「たぶんチカラの出し方にも工夫がいる。ロロはそれが上手くできてないんだろうな。握力がすごいゴリラだってバナナを潰さず食べるだろ」
「ハナマルはそれができてるじゃん。コツ教えてよ」
ハナマルは試石を下ろして少し考える素振りをした。
「んー、そーだなー。。。まず下腹のところにチカラを込める。動かすときは関節の両側の筋肉にチカラを込めて、キープするときは関節を固める感じでチカラを込めてるかな。コツは背中の筋肉も一緒に意識すること」
「意外と説明がうまい」
「意外ってなんだよ意外って」
教えられた通りにやってみると、さっきより簡単に試石を浮かせられた。肩までは乗せられなかったけど。
軽くウォーミングアップも終わったことだし管理センターへ向かう。センター内では今日も当日受付参加者がキャンセル待ちしてる。遭難者の家族と思われる一般人は昨日より増えていた。
愚かな身内を持った家族は苦労するね。そもそもダンジョン検定の資格を持っていても、管理センターで探索許可証を貰っても、研修を終えない限りはプロの探索者として認められないから国は素材の買取もしてくれない。取れた素材は全部没収だよ。
だからネット上では研修未達成でダンジョンに挑戦する人のことを自殺志願者と呼んでいる。武器を持ち込んだとしても所詮は人間なんだ。地球の野生動物と正面から戦うのも危険なのに、ましてや相手がファンタジーのモンスターなら自殺と言われても仕方ない。
プロ以外の立ち入りを禁止しろという反発がやっぱり出始めたけど、そんな少数派の意見は潰されるだろうね。プロになった僕でも今のままがいいと思ってるし。
お姉ちゃんからの情報によれば、他の地区で研修中の人たちはまだ研修を終えてないみたい。ステータスカードを手に入れるまでは自衛隊の保護下で研修を続けるらしい。
僕らはたった1回の研修でステータスカードをゲットしてプロ入りしたけど、あのやり方は脱落者が多すぎて効率が悪いと思う。
「昨日脱落した人は別の地区で研修を受けてるんだってさ」
金槌でミドリヤギの頭をカチ割り、脳みそから魔石を取り出す。
ハナマルは運搬用のソリを変形させて5段ソリにしてる。最大重量500キロの優れもの。帰るのが大変になるからそんなに物は乗せないけど。
「他の研修所はもっと時間かけてるんだろ。やっぱケーちゃんさんすげえわ」
「おかげでスタートダッシュは決められたけどさ。あんなのは二度とごめんだよ」
「そりゃ違いないわな」
肉は置いていき、クロヒツジとミドリヤギの毛皮だけソリに乗せていく。肉は放っておくと肉食モンスターに食われる。ダンジョンの食物連鎖だ。
「クロヒツジの肉って結構うまいらしいぞ」
「重いし買取価格が安いから、自分たちで食う分だけ持っていこ。肉屋の元カレから肉の捌き方を教わったから、帰ったらご馳走するよ」
「おう! どんな味なんだろうな!」
「楽しみだね」
しばらく狩りを続けたらソリが素材で山積みになった。結構重いけど、流石に上限の500キロまではないと思う。
荷物の整理と休憩も兼ねて管理センターへ戻り、素材を精算してもらうことにした。
低層魔石20個と毛皮20枚で合計たったの2万円。はあ。
「すっげー! たった3時間で2万円だぞ!」
「分けて1万円かー。はぁ。最初はこんなもんだよね」
「なんか嬉しそうにしてないな。金額に不満なのか?」
「え。いや別に……好きなことで稼ぐのは楽しいよ」
「だよな!」
正直、今までの稼ぎに比べたら少なすぎる。以前のような出費はできないし、いま住んでるマンションの家賃もダンジョンの稼ぎからは払えない。今のうちに安い物件を探さないといずれジリ貧になる。
世間はダンジョンドリームと謳ってるけど、稼げているのは探索者じゃなくて周りのお店。僕らのような駆け出しプロ探索者は死ぬ気で頑張っても年収400万円ぽっちになりそう。事前予約の上限は週4だから当日受付もしないといけない。
そりゃギリギリ暮らせるには暮らせるけどさ。支出が多すぎて赤字だよ。なにか起きたら再起不可能。早いところ上に行かなきゃ安心して贅沢できない。
「次行く前に昼飯にしないか」
「ここらへんのレストランは探索者お断りだよ」
探索者が血まみれで来るのはどのレストランも予測済みなんだろうね。昨日は血塗れの姿で行ったら注意書き見せられて門前払いされたし。
「探索者優先の飯屋があるんだよ。ラーメン屋だけどよ」
「ああ、ラーメン屋ならニオイも気にならないのかな」
ついて行ったらラーメン屋っていうか屋台だった。ダンジョン通り付近に何台か構えてる。
「へいらっしゃい。お決まりでしたら呼んでくだせえ」
「ラーメン2つ!」
「麺の固さはどうします?」
「オレはカタ。ロロは? 普通で」
「はいよ!」
メニュー見たら一杯1000円だって。替え玉は300円だし。これじゃ替え玉しただけで破産する。
「ハナマルハナマル。高いよ。ラーメン高い。毎日は無理だよ……」
「そっか。じゃあ明日から弁当だな」
ふーん。じゃあついでに作ってあげよっかな。ハナマルは貧しいみたいだけど、僕はまだまだ貯金があるもん。
「はいお待ち。お客さんたちは探索者かい?」
「あ、はい。ご飯休憩で、これ食べたらまた行きます」
「ケーさんのこと知ってるかい?」
「大ファンです! 昨日研修で会いましたよ! これ見てくださいよ! フォローしてもらったんですから!」
急に大声出さないで。ほら、店長もひいてる。
「お、おお、ケーさんに会ったらお礼言っといてくれるかい? 顔は知らねえけど屋台連中はみんな感謝してんだ。組合に大金を寄付してくれたおかげでこれからも稼業を続けていけそうでな」
寄付か。悪魔がまた何か企んでいるのかな。
「いいですよ! 不定期で博多のダンジョンガイドやるみたいですから、また会うことあるかもしれないですし!」
「にーちゃんありがとな! 今日はサービスだ! 2人分半額にしとくよ!」
「いやいやそんな……ちゃんとお支払いしますよ」
「え、そうかい? じゃあそっちのお嬢ちゃんの分を半額にするよ!」
僕が男なんだけどね。お得になるなら逆らわないほうが良いよハナマル。日本人の良いところでもあるけど時代は変わったんだよ。真面目で優しい人を食い物にするのが今のトレンドだからさ。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。ケーさんには感謝してるから!」
ほらね。寄付を受けても感謝しか返さない。しかも恩を返す相手が本人じゃなくてお客だし。きっとこれから先も店主が悪魔に会って恩返しすることはないよ。優しさには優しさで返ってこないのよ。いまの世の中は貰ったら貰ったまんまで、はいさよなら。返さないのがお得なの。
寄付ってのは金をヘリコプターからばら撒いて拾う様を見たいだけの悪魔がやることなのよ。その辺はハナマルより店主のほうがよくわかってるみたい。
「いやー、食った食った。よかったな。ロロは半額で食えたし!」
管理センターに戻って腹休め。クーラーが効いてて体の疲れが癒される。でも癒した疲れを打ち消すように、ダンジョン帰りの探索者が増えて鼻が曲がりそう。
「はいこれ、500円。これで割り勘だよ」
「え、いいよ。ロロがもっときなって」
「いいから受け取って、人の好意は一度も断らないのが今のマナーなんだから……ん?」
「なんだ? 祭りか?」
急に外が騒がしくなってきた。叫び声もちらほら聞こえる。あー、あいつだな。最近顔を出しすぎじゃないの。




