17-1 世界よ、これが日本の ※ステータスあり
研修室に戻ると荷物の数が減っていた。
見張りの自衛官がいるのに荷物が減った。それが意味するのは研修を諦めて帰ったということだ。仕方ないと思う。僕も帰るか迷ったくらいだもん。
ちなみにハナマルは荷物を研修室に置いていた。ガチであのモンスターに憧れてるみたいだ。
お姉ちゃんとケーはまだ来ていない。まあ、ケーの場合はずっと室内にいられたほうが精神的にキツいけど。
思わず天井を見てしまう。よかった、誰もいない。そもそも誰かがいるほうがおかしいんだけどね。
「そろそろ研修室のドアを閉めます。ご希望の方はお早めに!」
自衛官が声を上げ、最後の新人探索者が戻ってきた。休憩の時間制限が無かったから集まり方がまちまちだ。
バタン!
「「「いやあああああああああ」」」
「「「ぎゃああああああああああ」」」
研修室のドアが閉まると電気が走ったように席を立ってドアの前に人が押し寄せた。よほどあの時の登場シーンが怖かったみたいだ。当然、僕もドアの前にいる。自分でも気づかないうちに席を立っていたよ。
あれはもう怖すぎたのよ。夢には絶対出て欲しくない。おねしょする自信がある。
ただただドアが閉まっただけなのにこの慌てよう。もしも再び教官側のドアが開いたとき、僕自身どうなるのか予想がつかない。
「落ち着いてください。落ち着いて御着席ください。実技研修は既に始まっています。皆さんは今、恐怖の向こう側を覗こうとしています。ひたすら自分と向き合ってください。皆さんが再びここを出るとき、恐怖で動けなくなることは無くなります」
人の波を押し返してドアを塞ぐ自衛官がみんなを励ます。既に実技研修が始まっているという、ある種ネタバラシのような励ましは早鐘を打つ胸に優しく響いた。
一連の恐怖体験が僕たちを強くするための演出だったとすれば、愛すら感じ……ないと思います。
脳裏によぎったのは楽しそうに笑う姉の声。あれは間違いなく遊びの類のものだった。自衛官に適当な理由をつけて説明しただけの可能性が高い。大いに高い。
裏の姉を知る僕だからそう思うけど、教官のロミ三等陸佐しか知らないみんなの恐怖は薄れてきていた。これは危ない。安心するのが早い。
絶対また来るよ! 今度はもっとひどいのが来るよ!
「皆さん落ち着いて、御ちゃちゃちゃちゃちゃ…」
ブシャーーー!!!!
ほらきた。また触手だ。自衛官の口から触手が飛び出した。
「「「きゃああああああああああ」」」
「「「いやあああああああああああ」」」
来るとわかっているのに叫んじゃう。心臓が破裂しそう。
どうしようもない姉でごめん。自衛官の皆様ほんとすいません。
自衛官たちは口から長くて太いミミズをくねらせる。その先端はイソギンチャクを思わせる多数の触手がウネウネしていて、赤い液体を飛ばしていた。
「ナンデー! ナンデー!」
室内が明るいだけにくっきりと見えるから、ミミズがパーティグッズじゃないことも血塗れの自衛官たちが演技をしていないこともよくわかる。
「いやああああ! 汚なっオロロロロッ!」
ミミズに触れられた新人探索者がいた。どうやらミミズは感染するらしく、その人の顎が外れるくらい無理やり口をこじ開けてミミズが飛び出した。
それからはもう室内が阿鼻叫喚だった。
「もう嫌ああああ」「ドアを開けてくれええ」「来るな、来るなあああ」「俺のそばに近寄るなあああ」
白目をむいた感染者たちのミミズが、先端のイソギンチャクを震わせて高音で叫ぶ。
「タスケテー! タスケテー!」
僕らは武器を取り出した。恐怖がついに限界を超えた。防衛のために使うか自害のために使うかの2択にまで追い詰められた。
僕はもう死にたい。ミミズに感染してしまった。
口から長いものが飛び出して呼吸が苦しくなる。きっとミミズだ。
でも呼吸ができないわけじゃない。息を吸うとイソギンチャクからミミズを通って空気が流れてきて、息を吐くと血を吹き出した。
「コロシテ……コロシテ……」
震える手でナイフの切っ先を自身の喉に向ける。嫌だ、こんなところで死にたくない。こんな死に方ってないじゃんか。
「はい、どーん!!」バキバキバギィ!
一斉に悲鳴が上がった。一番怖い悪魔がドアを壊して現れた。
「よう耐えた。それでこそ探索者や」
パンっ、と悪魔が手を叩くと空気を汚染していたホラーがたちまち消え失せた。
感染者たちの口から飛び出したミミズは、それぞれの体内に戻っていく。
ミミズが! 体内に! 戻っていく!!
ナイフを捨てて、喉を掻きむしった。現実にホラーを残していくのは本当にやめてほしい。一生ミミズのことを考えて暮らすのは嫌だ。
あとからやってきたお姉ちゃんが教壇に立った。姉は必死に笑いをこらえてる。まだ喋らない。きっといま口を開かせたら笑い出すと思う。
「みんなよう耐えたなあ。これでここでの実技研修は終了や。俺には見えるぜ。一人を除いてみんなには新しいスキルが身についてる。〖恐怖耐性LV.1〗だぜ。みんなおめでとう!」
パチパチパチパチと自衛官たちが拍手してくれる。でも素直に喜べない。耐性なんてできている気がしない。あの悪魔がめちゃくちゃ怖い。いますぐ研修室から出たいもん。
「皆さんにはこれからダンジョンにて次の実技研修を受けてもらいます」
笑いのツボから抜け出した姉が淡々と段取りを進める。
「次の実技研修にあたって、事前に用意していただきたい道具をご案内させていただきました。お集まりいただいた皆さんの中には手ぶらで来られた方もいらっしゃるようですが、本番のダンジョン探索をする際にはご自身の安全を確保するための準備を怠らないようにしてください。
では用途などについて再確認しながら、リュックからひとつずつ道具を取り出してもらいたいと思います」
説明が頭に入ってこない。真面目に説明するお姉ちゃんを邪魔するようにケーが会場内をウロウロしている。
所々で小さな悲鳴があがり、ケーの笑い声がした。
ついに前の席にも来た。すぐ隣で怯えるおっさんがケーから何かを受け取っている。
「……から……な……や。がんばれな」
「ひゃ、ひゃひゃ、あ、ああ、ありあじゃしゃす」
ペシペシと触手でおっさんの髪を乱して僕の方に来た。
チラチラと見える触手の威圧感がすごい。後ろに立たれておしっこちびりそうになる。
「かわいいね。名前なんてゆーの」
「ててててて、てしゅ、てしゅ、てしゅろ、てしゅろろろ、ろろ」
みみみ、耳ぃ、耳に息がかかってるううう!!
「いひひひひひひっ! なんて?」
「ひぃ!」
「まあいいや。君一人だけやで、〖恐怖耐性〗付いてないの。怖くなかったんか?」
「ひぃ!」
「それとも恐怖を克服しようとも思わんかったんか。どっちや」
「お、おお、怒らないで」
「怒らん怒らん。ほら、これ俺の名刺。ゾロ目は希少価値が高いから高く売れるぜ。ご褒美やからな。受け取ってくれや。がんばれな」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ」
渡されたのはステータスカードだった。
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【LV.444】ケー・スマイル・ダーク@KSmileDM33
【種族】極複製神製ダークマター魔法存在・極娯楽神の使者
【重さ】 50
【戦闘力】MAX:5×10^50
【タフネス】 不滅
【魔力】『極複製神の魔法金属』により無限
【スペック】
『極複製神の魔法金属』『極複製神の魔石』
『極娯楽神の魔石』『極複製神の神鏡』
『極娯楽神の植毛』『極娯楽神のお気に入り』
『愚者の中の愚者』
〈スキル〉
〖神パワー〗〖超・神パワー〗
〖猫の爪〗〖三毒〗
〖黒紫のオーラ〗〖スーパー黄色人〗
〖強い糸〗〖電撃〗〖墓守〗
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名前の横にSNSアカウントIDまで刻まれている。個人情報満載だ。
しかもこのカード……。ダンジョン検定教科書で見た模範のステータスカードとは記載された文字量が全く違う。習ったところにスペックなんて項目は無かった。
体重以外の全てが規格外。モンスターかと思ったらなんかもっと別物な感じもする。『神』って文字がやたら多いし。
ところで悪魔が僕の後ろから動かないんですけど。どうしたんですかね。
さっさと次の名刺配ったらいいんじゃないですかね。隣であなたのファンが待ってますよ。
「かわいいね。名前なんてゆーの?」
「大吉ハナマルでっす!」
それみんなに言ってるんかい。ハナマルめっちゃ喜んでるし。こいつすごいな。僕が口からミミズ出したとき大絶叫してたのに。あれやったの多分この悪魔だよ。そんな簡単に心を許したら痛い目見るよ。
「ほら、これ俺の名刺。ゾロ目は高い値段で売れるからな。頑張ったご褒美や。これからもがんばろうな」
「はい! あの……ひとつ質問いいですか!」
お、対話するのか、勇気あるね。
気になって隣を見ると、目の前に悪魔の顔があった。
思わず椅子から転げ落ちる。
怖すぎて、怖い。
ていうか、なんでこっち向いてんのよ!
ハナマルと話してるんでしょうが! ハナマルのほうを見なよ! ハナマルに失礼だと思わないの?
「ナイフ落ちたぜ」
拾ってくれるのはありがたいけど、屈んだその時に透けた頭から脳みそが見えた。
「ねこ?」
本当に脳みそが見えることに驚いたし、脳みその形にも驚いた。あれは脳みそというよりネコだ。しわくちゃな猫の顔をした脳みそだった。しかもその猫、笑ってる?
しばらく地べたに座り込んでいると、席を離れたハナマルがそばに来てくれた。
「大丈夫かロロ君。ほら、手貸すよ」
「ありがとうハナマル君」
「へえ、優しぃー」
悪魔がずっと僕の顔を見てる。怒ってんの? やっぱり怒ってんの?
「訊きたいことってなんや」
席に戻ろうとするハナマルの肩を触手が掴み、うんこ座りを強制させた。
僕は席に戻らせてもらった。ごめんけどもう関わりたくない。
「どうやったらあなたのように人からモンスターへ変身できるんでしょうか。オレもケーちゃんさんのような英雄になりたいです」
「へえ……本気やんか。じゃあちょい耳貸してみ」
「はい!」
小声で答えるハナマル。思わず僕も身体を悪魔の方に寄せた。モンスターになりたいわけじゃないけど知っておきたい。
「解体ナイフを使用する際は周りの安全を確保してください。解体中にモンスターから襲われることがあります。モンスターは血の匂いに敏感で遠くからでも寄ってきます。姿が見えなくても…」
耳に集中すると、忘れていた講義が入り込んできた。
よかった。ダンジョン検定3級の範囲内だ。みんな3級に合格してるらしいけど確認のためだろうね。全員満点合格ってわけじゃないだろうから実践に移る前には大切な儀式だ。
「わっ!!」
キィーーーーン。
怖い。この悪魔、全く空気を読まない。
会場内が静まりかえってる。これは僕の鼓膜が破れたからなのか、それとも悪魔に講義を中断されたからなのか、どちらなのかわからない。
「姿が見えなくても安心しないでください。安全を確保するのと安心するのとでは意味合いが全く異なります。火を焚いたり、襲われない場所を確保したり、複数人で警備にあたって安全を確保してください。個人探索者の場合は金槌やノコギリで頭蓋内にある魔石の剥ぎ取りを優先し、長時間解体に集中しないことをオススメしています」
よかった。鼓膜は大丈夫だ。何も無かったかのように説明を再開するお姉ちゃんの声が聞こえた。
目の端でハナマルを見てみる。
ハナマルは大丈夫じゃない。片耳から血が出てる。うんこ座りは女の子座りに変わっていた。
「もう片方の耳も貸してみ」
ハナマルがこっちを見てる。目に涙を溜めて僕に助けを求めてる。でもどうしろって言うんだよ。悪魔もこっちを見てるよ。
悪魔は僕に見せつけるようにハナマルの頬を掴み、耳のまわりに長い舌を這わせた。
怖い。怖すぎる。任侠映画でやるやつじゃん。半グレが英雄扱いされてんの?
ハナマルの目から涙が落ちた。僕に助けを求められても困るよ。そうだ。お姉ちゃんなら!
「おお! 〖恐怖耐性LV.3〗! 一気に飛び級やんけ! やるねえ!」
悪魔の興味が僕に移ったようだ。ハナマルの頬から手が離れ、ハナマルはペタンと地面に寝転がった。
「は、はあ」
「おめぇセンスあるぜ。飛び級はそれくらいにやべぇ。天才や」
飛び級? 〖恐怖耐性〗? そういえばさっきもそんなこと言ってた気がするけど、もしかしてスキルのことなの? 悪魔は他人のステータスが見えるってこと?
「あ、ありがとうございます」
「連絡先交換しようや。ぜってえ損しないぜ」
「いや、いいです」
確実にナンパじゃん。しかもパワハラみたいなナンパじゃん。
「いい武器屋紹介するぜ」
「それならそっちのハナマル君に言ってあげてください。本当にあなたのファンですよ」
「うん。知ってる。頭の中をみたけんな」
どういうことなの。怖い。ホラーキャラに徹しててホントに怖い。
ていうかハナマル死んだ? 死んでないよね? さっきから動かないんですけど。
コンコン、僕の前でテーブルが叩かれた。
「お姉ちゃん?」
違う。テーブルを叩いたのは触手だった。てっきりお姉ちゃんが助けにきてくれたのかと思ったのに。
「0、8、0? うそでしょ……」
僕の電話番号を触手が机の上でなぞっていた。
よし、帰ったら解約するぞ。
「おーい、大吉さん。だいじょーぶけ? ほら、アカウントフォローしてやったぜ。あとでイチャイチャしような」
悪魔はパンパンとハナマルの背中を叩いて次の人へ移った。
ハナマルの一つ隣の席で女の子の悲鳴があがり、楽しそうな笑い声がした。
「ハナマル君大丈夫?」
「お、おう。ありがと。しししっ。フォローしてもらっちゃった」
「よ、よかったね」
こいつ意外と神経が太いな。アカウント名を教えていないのにフォローされてるのはおかしいじゃん。
あの悪魔、マジで頭の中を見てるんじゃないだろうね。




