17-2 世界よ、これが日本の
「……以上で説明を終わります。では待ちに待ったダンジョンへ行きましょう! 今回は凄腕ダンジョンガイドが先導してくれますからかなり深いところまで案内できますよ! 今日のうちにステータスカードを手に入れる方も出てくるかもしれません!」
「イェーーイ!」
しーん。喜んでるのは悪魔だけ。
悪魔は名刺配りを途中でやめた。結局前の席の途中までしか名刺は配られていない。みんなへのご褒美かと思ったら嘘じゃん。単なる気まぐれじゃん。すぐに売るつもりだから競争相手が減ってありがたいけど。
「し、質問よろしいでしょうか……」
「いいぜ」
「ひぃ! ろ、ロミ教官にいいでしょうか……」
「はいどうぞ」
質問したのはハナマルの隣の席に座っていたメガネの女性。こんな状況で質問するとか勇気ありすぎ。
「今からダンジョンに潜ったら帰りは何時頃になりそうでしょうか」
「そうですねー。今が14時でありますから、帰りは19時頃と思われるであります。予定通りでありますな」
うっそだろ。スマホを開いて時計を見る。
14時2分だった。研修が始まって2時間くらい経ってると思ってたのに、実際には1時間しか経っていなかった。ビデオ結構長かった気がしたんだけど。
「ステータスカードの取得には30レベル必要と習ったのですが。たった1日でそこまで上昇するのでしょうか」
「するぜ!!」
「ひぃ! ロミ教官!」
「彼がそう言ってるのならそうなのであります。我々はレベル30まで到達するのに2ヶ月以上の期間を必要としました。その大きな理由はレベル上げに適した戦い方をしてこなかったことであります。彼はレベル上げのエキスパートです。特別なレベルアップの方法をいくつも知っています」
「死にたい奴だけついてこい! その他大勢に差をつけられるぜ!!」
ぶわっと全身の肌が粟立つ。今の言葉で理解した。僕は勘違いしていたようだ。
ここから先は研修じゃない。ダンジョンは稼ぎの場所じゃない。
いくつも作品を読んできたじゃないか。そうでしょ?
ダンジョンは戦場だ。さっき研修ビデオを観たばかりなのにもう他人事だと思ってる。
お姉ちゃんは個人探索者でもじっくりレベル上げすればラスボスと戦えると言った。今思えばあれは優しさじゃない。あれは感覚を麻痺させる呪いの言葉だ。正常バイアスを引き起こす呪文だ。僕らはまだ本物のダンジョンを知らない。戦えるという実感もない。そんなペーペーのうちにダンジョンへ縛り付けるための虚言だ。
個人探索者でラスボスを倒したなんてなったら世界中で新聞の一面になるはず。でも未だにそんな記事は見たことがない。僕の知る限りでは世界初のダンジョン攻略者だけだ。
要するにラスボスを単独で倒せる人って、そこにいる悪魔のことじゃん。将来的には世界のどこかから単独攻略者が出てくるかもしれないけどさ。ダンジョン発生から5年経った今でもいないよ。
「死ぬ覚悟ができた奴から乗り込めー!」
小型バスに乗り込み、地獄へのツアーガイドが始まった。
発進したバスは1台のみ。後続には自衛隊のトラックがついてくる。
最初はたくさんいた探索者が今では20人まで減っていた。解散したグループもあるし、全員残ったグループもある。ちなみにボロボロのスカジャンを着た世捨て人グループは全員残ってた。死に場所を求めていたのかな。
世捨て人グループ15名。解散したグループのリーダー2名。個人探索者3名の合計20名が地獄行き。終始落ち着いていた老人はいつのまにかいなくなってた。
それぞれ自己紹介することもなく、バスの中は緊張に包まれていた。なにせ悪魔がバスガイドだし。
「わあー。飛行機が飛んでるぜ。ほら、めっちゃ低い!」
悪魔ってちゃんとダンジョンガイドできるのかな。心配になってきた。
博多ダンジョンは櫛田神社と隣接するように出現した。行政によってあたり一帯の建物が潰され、ダンジョンに関連する施設かレストランしか残されていない。そのせいか博多祇園山笠はここ数年お休みしている。
安全確認が終わったということでダンジョンの一般開放と共に櫛田神社への参拝も解禁された。
僕らも参拝することとなり、旗を持った悪魔が先頭に立つ。
櫛田神社にはお参りの再開に喜ぶ参拝客が各地から大勢押しかけていた。
そんな喜びを軽く吹き飛ばすように悪魔が現れ、参拝客を恐怖で蹴散らし、僕らの周囲に大きな広場を作らせた。
「これは力石といって有名力士たちが奉納した石だぜ。持ち上げてみ」
ハナマルが率先して力石に挑むも、ちょっと浮かせるのが精一杯で帰ってくる。
するとタイミングを見計らったように立派な服を着込んだ人が割り込んできた。
「あのー、すいません。持ち上げるのはこちらの試石だけにしていただけないでしょうか」
参拝客のうちの誰かが神主に助けを頼んだのだろう。汗をかいた神主はおずおずと悪魔に物申した。
「こらこら大吉さん。ここの人を困らせちゃダメだぜ」
「え!? オレのせいですか!?」
「みんなは真似しちゃダメだぜ。こっちの試石なら持ち上げても怒られないからこっちで遊ぼうや」
しーん。挑戦者が現れないからか、がっかりのジェスチャーをして悪魔はため息を吐いた。
そして悪魔はおもむろに試石に近づき、試石を片手で掴むと指の上で回し始めた。
すごい。力石がまるでバスケットボールみたいだ。
「ダンジョンから帰ってきたら持ち上げてみ。力を試すにはもってこいの指標やからな」
喋った反動でバランスを崩し、指から試石が落っこちた。
カッコつけたくせにダッサ。
「いってええええええ!!!」
しかも石と地面のあいだに足の指を挟んでたみたいだ。悪魔でも痛みを感じるんだね。大発見だ!
思わぬ凡ミスに頬が緩む。ハナマルなんか大笑いしてるし。
参拝を終え、いよいよダンジョン管理センターに到着。
ダンジョン内の当日受付参加者は満員が10名なため、ダンジョンからの帰宅待ちやキャンセル待ちの人がセンター内に散らばっていた。
でも特に多いのはなんの装備もしていない普段着の人たち。ダンジョン管理センターは博多ダンジョンにおけるモンスターの資料館にもなっている。ただしそれは探索者向けの簡易的なものであって、隣の博物館に行ったほうがもっと詳しいモンスター情報があるからここに来る意味は薄い。
一般開放から既に1日経っている。入り口で不安そうにうろつく普段着の人たちは、多分ダンジョンから帰ってこない当日受付参加者の家族だろう。
みんな怯えた目でこっちを見てる。そりゃそうだ。
大勢の世捨て人を引き連れる悪魔を見たら、そりゃダンジョンを利用した処刑かなにかと誤解するよね。
顔パスで入場ゲートが開かれ、ダンジョンの入り口がみえた。
「それでは皆さん。準備はよろしいでしょうか。ここから先はダンジョンであります。我々と離れれば命の補償はありません。ケーちゃんを信じてついてきてください」
「死にたい奴は離れていいぜ! ダンジョン内は今んとこ殺人オッケーやからな! いひひひひひひひひ」
どうして悪魔はこんなに人を怖がらせるのだろう。暗に殺人鬼の存在をほのめかせるのはやめてほしい。
「よっしゃ、ほんじゃあ行きますか!」
「「「うおおおおおお!」」」
急にテンションが上がる世捨て人グループ。気合い充分って感じだ。
「走るぞー!」
「「「えええええ!?」」」
突然、トンネルの中を走り始めた悪魔。
いや、離れれば命の補償はないってお姉ちゃんがさっき言ったじゃん! 置いていくなよ!
貧弱な身体に鞭打ってついていくと、トンネルを抜けて草原が広がった。
いったん走るのを止めて小休憩を挟んでくれた。たった数分走っただけなのにもう息が切れた。ちゃんと体を鍛えておかないとダメだったかも。運動部に入らなかった過去の自分にビンタしたい。
世捨て人グループもさっきの勢いはどこへやら、ゼーゼーと呼吸を荒げてタバコを吸っている。いや、タバコ吸えるんかい。
「大丈夫かロロ君。汗びしょびしょだが」
「ハァ、ハァ、ハナマル、君は、余裕そう、だね」
「毎日エクササイズしてるからさ! 持久力はついてるんだ!」
ものすごいスピードで悪魔が草原を駆け回っている。あれはいったいなんの儀式だろう。
「えっほ、えっほ、毎日続けるなんてやるやんか。俺はつまらなくなってやめちゃったぜ。人間の頃はユーチューブ見ながら毎日やってたんやけどな」
こわっ。こっちの話が聞こえてたの。人間の頃はとか言っちゃってるし、人外の自覚があるんかい。
「あ、オレもユーチューブ見ながらやってます!」
「気が合うねえ! 今度うちに来なよ! イチャイチャしようぜ!」
「いやそれは……ロミ教官の前でそんなこと言っていいんすか?」
「なんや! 大吉さんは俺とエッチするつもりなんか! やらしかー!」
「何言っちゃったんだろオレ。そういう意味だったっけ……」
「やらしかー!」
そう言い残して走り去っていく悪魔。
「あの………
ガイドは!??」
思わずツッコミ入れちゃった。ほんとなんなのあの悪魔。気分で動きすぎでしょ。
「全員、走れ!!」
お姉ちゃんが怒号をあげて指示を出した。ガチな教官の部分が出ちゃってるよ。
世界よ、これが日本のダンジョンガイドです。




