17-3 世界よ、これが日本の
僕らを置いて走り去ったダンジョンガイドを必死に追いかける。自衛隊員たちが一緒に走ってくれるから心強いけど、あのケーとかいう悪魔からは本当に謝罪が欲しい。
「ケーちゃん殿。お仕事であります。お仕事を忘れてるであります」
ゼェゼェ、なんとか追いついた。草原で良かった。平面じゃなきゃ見失うところだったよ。
「いひひひひ、覚えてるぜ。ほら、次の面に来た」
草原を抜けると固い岩盤で挟まれた渓谷になった。
モンスターを1体も倒してないんですけど。ペース早すぎて、呼吸するたびに鉄の味がする。
「みんな限界って感じやな。どうや、レベル上がった感じするかー?」
え、上がったの? でも確かに成長した感じがある。なんか体が楽になってる。
みんなも同じ感覚を味わってるのかな。
「今の状態をセカンド・ウィンドというんや。ちなみにレベルはひとつも上がってないぜ」
「人をおちょくるのも大概にしろよマジで!」
誰かがつっこんだ。世捨て人グループの中の誰かだろう。
「いひひひひひひひっ! ダンジョンで筋トレしてもレベル上がんねえから気をつけてな!」
「そうなのでありますか!?」
仕事モードのお姉ちゃんが表情をこんなに乱すなんて珍しい。もしかしたらダンジョンで筋トレさせられてたのかな。
「せやで、ちなみに筋トレしながらモンスターを倒すと経験値は高くなるぜ」
「勉強になるであります」
悪魔の言葉をよく信じられるねお姉ちゃん。僕は信じないよ。そんな馬鹿みたいなレベル上げの方法があるわけがない。
まあ、この悪魔は筋トレしながらモンスターを倒してそうだけど。
「ほんじゃあ証明していきましょか。限界まで疲れたみんなにボスモンスターのプレゼントや」
「さすがケーちゃん殿。無駄がないでありますな」
触手が何か大きな物体を引きずってきた。あれは博多ダンジョンの草原エリアボス『トリプルヘッドボア』だ。三つ頭の大猪。
トリプルヘッドといっても今はダブルヘッドボア。頭がひとつ削られている。切られた首元からマグマのように血が吹き出していた。
「よーし、みんな。リンチしようぜ。縛っといてやるからさっさと経験値に変えてやってくれや」
「「「ヒャッハー」」」
世捨て人グループが先陣を切った。彼らは手ぶらで研修に来たから殴る蹴るでダブルヘッドボアを傷つける。全然ダメージになってない気がするけど。
僕ら個人探索者も解体ナイフを持って斬りかかる。ダンジョン用武器は買ってるけど、研修に持ってこれないから家に置いてきた。
研修の案内にダンジョン用武器の持ち込みは禁止って書かれていたのに、どうして僕はボスと戦っているの?
「ほれほれ、さっさと仕留めないとボーナスゲームが終わっちゃうぜえ。筋トレの効果が終わったら縛りがつくからよ。早めに倒さないとレベルが上がらないぞー。パワーレベリングにも制限があるんだぜ」
ずっとボスの首をナイフで切り裂いてるけどなかなか死んでくれない!
「肉が厚すぎる!」
「ロロ君がんばれ! オレも負けないから!」
武器を持ってるのは5人だけ。僕とハナマルは首を集中的に狙って、ほかの3人は足と腹と背中で分担してる。世捨て人グループはタバコ休憩中だ。
「ボーナス終わっちゃうよお! そろそろ倒さないとレベル上がらないよお!」
「うおおおおおおおお!!」
ナイフをダメにしたハナマル君。最後の手段と言わんばかりに首の傷口に手を突っ込んでる。もう全身血塗れだよ。
「ギュモオオオオオオ!!」
トリプルヘッドボアは断末魔の叫びを上げた。
「おーし、時間ギリギリや。頭削っといて正解だったぜ。おめでとうみんな。レベル10まで上がったぜ」
「「「イェアーーーー!!!」」」
世捨て人グループの面々が立ち上がって勝鬨をあげた。後半休んでた奴らが一番喜んでるの腹立つな。
「ハナマル君、ナイフダメになっちゃったね」
「安物だったからな。ロロ君のは大丈夫か?」
「血と油でギトギト。持ち手が滑るから何度も落としちゃって刃が欠けちゃった」
他の貢献者たちが近づいてきた。ピンク、バンダナ、メガネ。みんな血塗れだ。
「お疲れ様ですー。あらーお二人さん仲がよろしいようで。アベックかしら?」
口もとを隠す動作で左手薬指の指輪を見せつけ、既婚者特有の余裕を見せる中年の女性。解散したピンクグループのリーダーだ。ピンク色の服装は赤色のスプラッシュで彩られていた。
「いえ、今日知り合ったばかりで。ただ、これからも仲良くしていきたいとは思ってます。ね、ハナマル君」
「お、おう。てっきり親友かと思ってたけど今日出会ったばかりだったな」
「ハナマル君っていうのね。イケメーン! ファンになっちゃう!」
「あはは……。皆さんは武器大丈夫ですか? オレらはボロボロになっちゃいましたよ」
ピンクリーダー改めモモコさんも、バンダナさんも、メガネさんもみんな解体ナイフを壊していた。これでみんな素手だ。
研修の事前準備要項でも武器の持ち込みは限定されていた。鉄パイプや金属バットを含む長めの武器は持ち込み禁止だ。改めて思う。なんでボスと戦ってんの?
「これは自衛隊の責任だよね。今後のために武器を買ってたんだけど持ち込み禁止だったもん」
「確かにねー。研修でボスを倒すなんて聞いてなかったですし。弁償してもらおうかしら」
悪魔に声かけると何が起きるかわからないから自衛隊の人に話しかけたい。悪魔とべったりだからお姉ちゃんはダメだ。
トリプルヘッドボアを解体して運ぶ隊員たちがいるからそっちがよさそうだ。
モモコさんが代表で抗議して、僕たちはすぐ後ろでモモコさんをフォローすることになった。
「わかりました。自分からロミ三等陸佐に伝えます」
「ありがとうございます。それとあちらの方々の分も」
またタバコ休憩している世捨て人グループの分もお願いした。あいつら素手で来てるから役に立たないんだもん。
「もちろんです。皆さんは休んでいてください」
隊員さんは快く僕らのお願いを伝えに行ってくれた。フォローする必要もないほどすんなりと願いを聞き入れてくれてホッとした。
伝言を聞いてくれた隊員さんが戻ってきた。後ろに悪魔を引き連れて。
「やいやいやい。俺に武器を弁償して欲しいそうじゃねえかオイ」
もうやだこの悪魔。話を悪い方向に持っていくプロだもん。
「い、いいえ。あなたではなく自衛隊に弁償、し、してもらおう、って話でして」
「俺のせいだから俺に弁償させるってこの人は言ったぜ」
「い、いえ、自分はそんなこと一言も……」
「おー、そうかいそうかい。なるほどね。そーやって俺を悪者扱いしていじめる気なんやな。ひでえ奴らだぜ」
空気は最悪。モモコさんが自衛隊員を恨みがましく睨みつける。伝言が正しく伝わらなかったのか、それとも悪魔がややこしくしてるのか。僕は自衛隊員を信じる。
事の顛末を知っているもう一人の人物が来た。
「ケーちゃん殿、そろそろ本気で怒るでありますよ。ちゃんと仕事しなさい」
「冗談だぜ。ちょっと遊んだだけやんか。そんなマジにならないでくれよお」
「いい加減にするであります」
「わかってるよ。でもナイフは弁償しないぜ。壊れてないものを弁償するのはおかしな話やろ」
壊れたから言ってるんでしょうが。何言ってんだこの悪魔は。ほら、この通り……あれ。
おかしいな。刃が直ってる。新品みたいだ。他のみんなのも直ってた。なんで? どうして?
「ケーちゃん殿。みんなへ装備の貸し出しをして欲しいであります。自衛隊が民間人に装備を貸し出すことはできないので。それと次からはパワーレベリングの内容を細かく話して欲しいであります」
「はいはい。おめぇらも来ーい。いい武器揃えてるぜ」
世捨て人グループに呼びかけつつ、悪魔がこちらへ背中をむけた。
背中の大きな触手の先端がガバッと開くと、ポフッポフッと乾いた音を立てて何かが飛び出した。固い地面に転がっているのは金色の武器だ。
「きっしょ……」
「誰や! 俺の悪口言ったやつ! そんなやつには尻尾から出たウンチ武器を使ってもらうからな!」
グニュウ! ブポップポッ!
尻尾からコルク抜きのような金色の槍が出てきた。よかった。僕は槍使いだから。
「はい……僕です。ごめんなさい」
「正直者にはこの金のウンチ槍を授けよう。嗅いでみな」
素直に嫌です。でも嗅がないとダメそう。せっかくお姉ちゃんが軌道修正したのにまた変な方向に話が逸れそうだ。
この場を荒らすなという周りからのプレッシャーも受けてるし、これはもう嗅ぐしかない。
「クンクン。あれ? 甘い? クンクン。あー、くっさあ……硫黄くさい……」
「持って帰ってええで」
離れて嗅ぐと桃のような甘い香りだけど、近づくと地獄のような悪臭がする。人目を気にせず夢中で嗅いでたから、変人に見られたかもしれない。
槍の形は上品だし、離れたら良い香りだからインテリアには丁度いいかも。ただし武器として使うなら持ち手をどうにかしないと悪臭が手に移る。
ハナマルは双剣、モモコは薙刀、バンダナはレイピア、メガネは刀を選んだ。世捨て人グループは棍棒が多めだ。
「この剣すげー軽い。両方合わせてもオレのナイフより軽いかも」
「オイラのレイピアも軽いっす。愛用のエペと同じくらいの大きさなのに競技用のフルーレより軽いっす」
「刀剣女子……ふふふ……」
「鞘も用意したから使っていいぜ。抜き身は危ねえし」
全員の装備が整ったところで移動再開。お姉ちゃんが悪魔と腕を組んで先導する。本当に夫婦なのか疑うほど、会話もなく静かに進んでいた。
「よーし、良い経験値スポット教えてやるぜ」
渓谷にある脇道を指差し、悪魔は楽しげに笑った。




