16-2 日本、ダンジョン開放!
研修室で5分待つつもりだったけど、なんだか急にトイレに行きたくなってきた。緊張が緩んできたみたい。
こういう集まりの時、個人で来ていると荷物を置いてトイレに行けない。でも研修室には見張りの自衛官がいるから安心してトイレに行ける。
ダンジョン検定の時は我慢できなくてトイレに行ったら財布のお金を盗まれた。カード類は無事だったけど許せない。
きっと試験前日に変な物を飲まされたせいだ。
そいつにはお仕置きしたけど、昨晩も同じ奴に同じ物を飲まされたから今ちょっとお腹の調子と虫の居所が悪い。
「あのー! どなたかすいません! トイレの鍵が開かないみたいなんですけど!!」
怒号をあげて女性が部屋に帰ってきた。一人だけじゃない。奥には男性も同じような声を上げている。
自衛官は眉一つ動かさずにそれを無視。見張りに専念していた。
あれれー? なんかおかしいぞー?
僕も急いでトイレに駆けつけたけど話は本当みたいだった。最悪の状況だ。多目的用トイレまで鍵が閉まってる。
「他の階もダメだった! なんだこれ!!」
通話を切って怒鳴るおっさん。顔が真っ赤になってる。
腹の調子は良くないけど、せめて尿だけでもと思って恥ずかしい思いをしながら立ち小便器で済ませる。水分を減らすとだいぶ楽になった。
女子トイレは悲惨だろう。小便をしたくても小便器が無いんだから。
そう考えていたら、男子トイレから男子が追い出されて女子に占領された。みんな切羽詰まってる。
研修室に戻ると犯人探しが始まっていた。みんなこの研修室にいたのに犯人なんて見つかるわけがない。
そうこうやってるうちに5分間の休憩が終わり、お姉ちゃんが帰ってきた。
ピンク色でまとまったグループのリーダーらしき女性が声を上げた。
「すみませーん! 全部のトイレの鍵が閉まってるみたいなんですけども! 工事中なんですか!?」
「いいえ、そんな予定は入っていないであります。ですが一大事には違いありませんね。実技研修の説明は現地にて行うこととして、トイレはその途中で済ませましょうか。
しかし、その前に今回の研修に参加する特別講師だけ紹介したいと思います。
実は、もうすでに部屋の中にいます」
パンパン、とお姉ちゃんが手を鳴らすと研修室の電灯が弱まった。
明かりが点滅して、窓のない室内の光源が徐々に失われた。
みんなが疑問と愚痴を吐き出しながら手持ちのライトを点ける。部屋を照らしていくと、壁という壁に白と黄土色が混ざったようなツタが伸びていた。
「「「きゃああああああああ」」」
「「「うわあああああああ」」」
一緒になって叫ぶ。恐怖の連鎖。どんどん叫び声が増えていく。ホラー大嫌い。
みんな壁側から離れて中央に集まった。蠢くツタが直立する自衛官たちを飲み込んで壁に縛り付ける。
お姉ちゃんに至っては天井から吊るされていた。
やがてみんなのライトがパチパチと点滅し始めた。僕のランプも同じように消えかかっている。
一斉に明かりが消えた。
「「「きゃあああああああ」」」
「出せええええええええ」「触るなああああ」「もっと真ん中に寄れええええ」「きゃああああ誰か触ったあああ!」「いやあああああ痴漢ですううう」「誰にも触るなああああああ!」
真っ暗闇の中、僕も誰かに痴漢された。思わず痴漢し返したけど、他にも被害者がいるみたいだ。
そのとき部屋に明かりが戻る。ただし薄暗いブラックライトのような不気味な光だ。
目を凝らしてよく見ると、天井から不気味に光るツタが無数に垂れていた。ツタの表面がぬらぬらと濡れてブラックライトを反射している。
だんだんと天井から降りてくるツタの数が増えているみたいだ。
あっ! 僕の肩にも! ヌメヌメとしたツタが垂れ下がってる!
「「ぎゃあああああああ」」「「きゃああああ」」「出してええええええ」「いやああああああ」「うおおおおおお!」
実務的で無機質だった研修室が、大絶叫のお化け屋敷に大変身。
不気味な光を反射させるツタの先っぽには、虚な目をした人や獣の頭が生えていた。まるで妖怪ろくろ首。
逆さに吊られた首の付け根から、太いツタが天井まで繋がっている。
部屋の中央がだんだん臭くなる。クソのような臭いがプンプンする。中には音を出して漏らす者もいた。この機を逃さず、僕も一緒になって漏らす。
『『『キャハハハハハハハハハハ!!! イヒヒヒヒヒヒヒ!!!』』』
「「「ぎゃああああああああああ」」」
僕らが喚いたり騒いでいる姿がそんなに可笑しいのか、無数のろくろ首たちが一斉に笑い出した。もう帰りたい。
『『『ヴッ!! オロロロロロ!!!』』』
逆さまの状態で嗤っていた無数のろくろ首たちが急に鎮まり、その目から口から寄生虫のようなツタが無数に飛び出した。それと同時に液体がたくさん飛んできた。
飛び散った液体が顔にかかった。ヌメヌメしていて、とても臭い。もうやだ。心臓が止まりそう。
中には過呼吸を始めた人も出てきている。クソの臭いに釣られてか嘔吐し始めた人も大勢いる。
これがパフォーマンスならやりすぎだ。
『『『キャハハハハハハハハハハ!!! イヒヒヒヒヒヒヒ!!!』』』
「あはははははは! くふふふふっ! んふふっんふっ」
これはわかる。お姉ちゃんのガチ笑いだ。オタク特有の気持ち悪い笑い方をする。
パッと一斉に明かりが戻った。僕のランプも元の明るさを取り戻している。
部屋の中は悲惨だ。部屋中にはびこる無数のツタ。口やら鼻やら目から長い寄生虫が無数に飛び出し、真っ赤な血を吐きながら嗤い続けるろくろ首たち。真っ赤になったテーブルや椅子。汚れた荷物。踏み荒らされたクソと吐瀉物だらけの床。
部屋は白いLEDで明るく照らされたのに、僕らのムードは真っ暗闇だった。
「ひどすぎるよぉ……」
クソを漏らしながら泣いた。ガチ泣きするおっさんもいるくらいだ。若い子たちは男女関係なく号泣してるし、中にはえずく音や失禁する音も混ざっていた。羞恥心なんてものはこの場にない。
唯一僕らの中で落ち着いているのは定年を迎えていそうな老人くらいだ。感覚が鈍いだけかもだけど。
自衛隊の方々はもちろん落ち着いている。
例外は、笑いをこらえるうちの姉。そしていつのまにか教壇に立っている怪物だ。こいつからツタが伸びていた。
「どーもー。みなさんこんちゃーっす。楽しんで貰えたっすか。吊るされた首はちゃんと死んでるから安心してな」
「キャアアアアアア!」「ウワアアアア!」
「オエエエエエ!!」
もう怖い。怖すぎて吐いた。怒る気力も湧いてこないの。
みんなも同じみたいで、種明かしされても余計に怯えている。
「そんじゃ片付けますか」
パンっ、と怪物が手を鳴らすと今までの大惨事が嘘だったかのように消え失せた。
『『『キャアアアアアアア!!! イギギギギギギ!!!』』』
遅れて、吊るされた首が苦痛の悲鳴をあげながらゆっくりと怪物に飲み込まれていく。
新しい汚物がそこらじゅうで増えた。
パンっ、と怪物が手を鳴らすと新しい汚物も消えた。
服の汚れも、クソの塊まで完全に消えた。鼻に残る臭いと、口の中に残る酸っぱさ以外。
「ほんじゃあ、さっさと席について」
誰も席に戻らない。僕も地べたに座り込んだ。
「よーし。自己紹介を始めるぜ。今日の実技研修と、不定期でダンジョンガイドを担当するケーでーす!
隣にいるロミ少佐の元旦那でーす! 童貞でーす! 別れた理由は嫁の浮気でーす! よろしくぅ!
いひひひひひひひひひ」
この怪物、脳が破壊されてんじゃん。
なにやってんだよ馬鹿姉ちゃん。
しかも僕に内緒で結婚してるし、離婚してるし、なのに左手薬指に指輪つけてるし、もう頭がおかしくなりそうだよ。
「後半は全部嘘であります。本当はラブラブであります!」
だよね。嘘だよね。絶対相性いいもん。お似合いだと思う。僕に内緒で結婚したのはモヤモヤするけど。
いや……結婚報告できないか。ぶっちゃけドン引きだもん。ほら、みんなもドン引きしてる。冷静なのは老人だけだ。あの老人寝てんのかな。
「それでは皆さん。苦楽を共にして絆を深めたところで実技研修の説明をしたいと思います。が、その前に休憩を挟みます。トイレの鍵は解放されていますので安心してご利用ください」
出したい物はもう出し切ったけど、外の空気を吸いたくて腰を上げる。
みんなも同じ気持ちみたいで出口が渋滞した。
リュックを肩に担いで出口に並ぶ。だんだんと悔しくてなってきて涙がこぼれた。
「こんなのってないよ。こんな研修ってないじゃん……」
外に出ると肩を寄せ合う他グループのメンバーたちがいた。たった数分の間だったけど、確かにみんなの絆は深まった。
まだ涙が止まらない僕。そんな僕の背中を優しく撫でてくれるお兄さんに惚れそう。そのお兄さんも泣いてたみたいで鼻水が出てる。
「SNSの情報通りならあの御方がケー・スマイル・ダークだ。知ってるか?」
「知ってるけど、あれが……本物なんだね」
ダンジョン検定2級から出題される朝廷指定のモンスター。ダンジョン検定1級からはその偉業までを解答する必要があるけど、その異形までは参考書の図に無かった。ていうかSNSやってるのね。サブカルチャーに柔軟なモンスターね。
偉業の中でも特に目立つのはピラミッドの建造。核ミサイルが投下された爆心地に超巨大なピラミッドを建造し、これを住居とする墓守だ。
観に行ったことはないけど、ピラミッドの白い外壁は慰霊碑になっているらしい。核ミサイルで亡くなった人たちや全壊した神社や寺、ペットの名前まで刻まれているそうだ。あたり一帯は放射能汚染地帯だけど観光名所になっている。
曰く、大政奉還に一役買った尊王志士。曰く、世界初のダンジョン完全攻略者。曰く、ダンジョン崩壊と共に現れるレイドモンスターを単独討伐してきた実績をいくつも持つ。そして討伐対象から外すことを世界が合意した指定モンスター。
まさかあれほどの化け物とは思いもしなかった。それに間違いなくイタズラ好き。悪魔のような性格だと思った。
「オレさ、2年前の東京レッドドラゴン討伐戦をテレビで見たとき、ドラゴンに絞め技をかけるケーちゃんさんの巨大な姿に憧れて探索者を目指そうと思ったんだ。政治的発言多めでもSNSを毎日追っかけてさ。人からモンスターになっても国の為に戦い続ける英雄になりたいと思って」
「そうなんだー。夢があるんだね」
急に語り始めたね。いるいるこういう人。肯定的な相槌を打つだけで喜んでくれるから相手にするのが楽。
ていうか、あれって元人間なんだ。参考書には載ってなかったな。
「おう。オレも英雄みたいなモンスターになるのが夢なんだ。でもあの姿を見て迷ってる。もっと変身ヒーローみたいな感じかと思ったら、めちゃくちゃ怖かった。あれが強さの代償なんだろうな」
「すごくウニョウニョしてたもんね」
お姉ちゃんはよくあんな化け物と結婚できたよね。まだ信じられないけど。
最低でも一緒に寝てるのかな。僕だったら大金積まれても引き受けられるかどうか。
「頭の透けた部分から脳みそが見えるって噂があったけど、あれ本当だったな」
「よく見てたね。僕は見てなかったよ。君って洞察力が高いんだね」
怖い。脳みそが見えるんだ。僕はアレと目も合わせられないのに彼はよく顔を見れたよね。
「人間のとは形も大きさも違かったな。ああなるのを覚悟するのはキツいものがある」
「モンスターになることだけが英雄への道じゃないよ」
お兄さんはパッと目を光らせてこっちを見てきた。へぇ、けっこうイケメンじゃん。
「ありがとう。でもオレはモンスターを目指そうと思う。手を貸してくれないか?
君とならいいコンビになれそうな気がする」
「今日の実技研修の間ならいいよ」
「じゃあ、研修でオレのことを気に入ってくれたらコンビを組んで欲しい。一緒にダンジョンを探索しよう」
ナンパじゃなきゃいいけどね。もう遊び相手はいらないんだよ。
「わかった。僕は手代ロロです。君は?」
「大吉ハナマルです。よろしく。聞いたことある組み合わせだろ。お笑い芸人から取られた名前なんだ。たまたま苗字が大吉だったから」
お笑い芸人……ああ。
「ああ〜。テレビでよく出てるコンビね。ハナマル君っていくつなの?」
「19だよ。高卒。手代って呼んだ方がいいか? あれ? 手代……」
全国放送で大人気のお笑いコンビか。ハナマル君が産まれた頃って、確かまだ人気が出る前だから名付けた親はかなりのお笑い通だね。
「ロロでいいよ。あの教官は僕の姉なんだ。っていうか、ハナマル君と僕って同い年なんだね。もしかしたら、どこかで会ったことがあるかもしれないね」
「そーだな。そろそろ研修室に戻らないか。身内の繋がりでお姉さんと話をさせて欲しい。特にケーちゃんさんの話とか」
それは僕の方が聞きたいくらいだ。でもなー。職務中は口を聞いてくれなさそう。
「あー、どうだろ。姉とは久しぶりに会うからうまく話が運べるかわからないよ。まあ、試してはみるけど」
「ありがとうロロちゃん! お礼にご飯奢るけど、どう?」
ご飯おごるねぇ……なんだか雲行きが怪しくなって来たんじゃない?
「お礼を言うのはまだ早いよ。それとさ、ご飯奢るって定番の口説き文句じゃん」
「いや、別に口説いてなんか…」
はいはい。みんなそう言うんだよ。口説いてますよね完全に。
「もしかして、僕のこと女の子だと思った?
ざんねーん。男でしたー。ナンパ目的で僕に近づいたんならこれでバイバイするけどいいよね?」
ほんと、男って下半身に脳みそついてんだね。僕も男だけどさ。上の脳みそが馬鹿だから下の脳みそで金稼ぎしてんだけどさ。
「別にナンパ目的じゃないって。なに勘違いしてんだロロちゃん。本当にご飯奢るだけだって」
なんか反応がおかしいな。もしかして、ただただ真面目くんなだけ?
「ふーん。じゃあ、『ちゃん呼び』やめて『くん呼び』にしてくれるなら信じてもいいよ」
「その方が気を悪くしないならそう呼ばせてもらうけど……こりゃ相当コンプレックス抱えてんな」
「なにか言った?」
「いやなにも。それじゃ、お姉さんに口利き頼むよロロ君」
もう帰るつもりだったけど、リュックを背負い直して研修室を目指した。




