16-1 日本、ダンジョン開放!
ダンジョンが現れてからどれだけ待ったか。ずっとずっとずぅっとこの日を待っていた。
やっと日本のダンジョンも一般開放されるようになった!
ついに僕らの時代が来たんだ!
市民の安全を考慮できる体制、ダンジョン市場の開放、ダンジョンガイド職員の育成、入り口付近に医療センターを建設するなどその他もろもろ。
全国のダンジョンを把握して、ダンジョン内外における規則を整えていたら5年もかかったんだってね。
はークソ。出遅れすぎでしょ。他の国は迅速だったよね?
ニュースでは一般開放されていない国は沢山あると何度も繰り返すから、僕のまわりじゃ不満は少なかったけど僕は不満しかなかった。みんなも表に出さないだけで不満なはずなんだ。
だからこそ開放された喜びはやっぱりでかい!!!
早い段階から一般開放されたアメリカへ日本からたくさんの移住者が現れるほど、ダンジョンに夢を持つ人は多かった。海外のダンジョンでレベルアップした人は渡航制限されるから、もしかしたら二度と日本に帰ってこれないかもしれなかったのによくやる奴らだよ。
海外に移り住む知恵もツテもない僕らみたいな底辺にとってダンジョン生活は夢のまた夢。
近所にダンジョンがあるというのに、遠くから建設現場を見て妄想するくらいにしか楽しみはなかった。
僕と同じような考えの人は日本中にいて、現代ダンジョンジャンルの書籍がランキングトップを独占するほどの飢えっぷりだ。
本日いよいよ日本中のダンジョンが一斉に一般開放されるということで、朝からテレビがその話題で持ちきり。
一週間前からダンジョン付近の公園にテントを建ててキャンプしてる人たちもいるくらいだ。当日受付は最大10人までと決まっているから熱の入れようが半端じゃない。
事前受付はダンジョン協会のホームページから受けられる。最初の登録時はマイナンバーカードと紐付けされた地域でダンジョンを指定されるから窮屈だけどね。指定されたダンジョンを変更する場合は、再度市役所で入域先のダンジョンがある地域を登録してマイナンバーと紐付けしないといけないから時間がかかって面倒くさい。
事前受付には申込者が殺到していて、うちの地域も抽選になった。
そして僕は抽選に当たった。毎週4日間のダンジョン入域権を2ヶ月分勝ち取れた。キャンプしてる人たちは抽選に外れた人たちだ。なんとも哀れ。
あ、そうだ。そろそろ準備しないと。
「もしもし、うん。今行くから待っててね。今日がほんとのほんとの最後だからさ。お金たんまりくれたらサービスするよ」
高校を中退してから生活費を体で稼ぐ日々。可愛く産んでくれた両親に感謝。運動部に入らなかった過去の自分にハグ。
でもそんな生活も今日で最後だよ。だからかもしれないけど今日は予定が詰まってる。退職金ってやつだね。
明日はダンジョン研修の予定が入れられている。予定や研修をスキップするなら今日からでもダンジョンに入れるけど、急ぐ必要もないからね。なにせ5年も待ったんだ。このくらい待てるよ。
それに研修をスキップするとデメリットが大きいしね。そんなにスタートダッシュがしたいなら自衛官になってる。
人に命令されるのが嫌だから、自由に冒険したいから、今日の今日まで待ったんだから。
これから僕は組織に縛られずダンジョンで稼げるようになるんだ。ダンジョン検定1級の資格も取ったし、素材を優先的に買ってもらえるようにツテも作った。10年は遊んで暮らせるくらいのお金も貯めた。
男の客も女の客も老いも若いも、選り好みせずに寝てきた賜物だよ。
自分の賞味期限が近いのはわかってる。老いれば老いるほど需要が無くなるのは業界に属してなくとも常識だ。
もうすぐ20歳。「そろそろ日焼けサロンやタトゥーに手を出さないとヤバいぞ」と周りから脅されて怖くなった。ここらが潮時さ。僕は清楚ビッチを売りにしてるんだからそんなことしたら商品価値がガタ落ちする。新規の顧客を今から見つける気力はもうない。
プレゼントされた化粧台の前で最期の赤い口紅を塗る。まだ新品でもったいないけど今夜化粧品を全部捨てるつもりだ。過去との決別さ。
鏡に映るのはまるで高級ラブドールのように整った顔。白くてきめ細かい肌。
長く伸びた黒髪を細い指でかき上げる。
体を売り始めてから伸ばし続けた髪。もうこんなに長くなったんだね。
これまでの肉体労働がフラッシュバックして一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ねえ、君はだれ?」
・・・ ーーー ・・・
今日は初のダンジョン研修の日。心機一転、ナンパ避けも含めてバッサリと美容室で整髪してきた。
流石にボウズにするのは勇気が出なくてショートカットにしてもらったけど、両親が死んでからも一度も会っていない姉に似ていて少し気分が落ち込んだ。
姉は今も汗臭い現場の中間管理職として頑張っているんじゃないかな。思い出してツイッターのアカウントを覗くと今日も愚痴を呟いていた。
どうやら福岡県のダンジョンでガイドを兼任することになったらしい。勤務先を漏らすのはどうかと思うけど、相変わらず裏表の激しい人ね。
「あれ、もしかして博多じゃないよね」
どうやら僕らは運命で繋がっているようだ。
姉が知らない僕のアカウントで質問してみたら、博多ダンジョンのガイドをすると回答が返ってきた。僕がこれから通う予定のダンジョンだ。
もしかしたら今日の研修にも来るかもしれない。そういう内容の質問をしてみたら返事が返ってこなかった。
出会い厨と思われたらしい。アカウントがブロックされてる。
行ってみたらわかることだし、そろそろ動こう。
研修は午後から始まる。そのおかげで美容室にも行けた。
もうワクワクが止まらない。コンビニで買ったパン。ナイフとランプをリュックに詰め込んで。自衛隊駐屯所へいざゆかん───。
窓のない研修室には同期となる新人探索者たちが続々と集まってきていた。性別も年齢層もバラバラだ。夏なのにボロボロのスカジャンを着た世捨て人までたくさんいる。
多数を占めるのは知り合いで固まったグループと見られる人たち。同じ色の服で揃えたグループや、頭にバンダナを巻いたグループなど。様々いるけど外見に共通の特徴をつけている。
その中で浮いている僕らのような個人探索者は前の席に誘導された。群れる人たちは僕らに前を譲ることで後ろの席をキープしているようだ。賢いね。
そろそろ研修開始の時間だ。案内してくれた自衛官は壁側に配置されてるけど教官はまだ来てない。
出入り口のドアが閉じられ、探索者たちは着席した。
後ろの方を振り返ってみると満席だ。欠席者がいない。
今頃、当日受付参加者は研修をスキップして命知らずの探索をしているところだろう。それに比べてここにいるみんなは真面目だ。世捨て人すら基本がわかっている。
シンとした研修室の扉が開けられ、教官が入ってきた。
やっぱりお姉ちゃんだ。目が合ったけど、すぐにそらされた。
「こんにちは! 皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日ぅ、研修の指導官を担当させていただくぅ三等陸佐の手代ロミであります! よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!!」」
ドヤ顔で見下しながら挨拶するお姉ちゃん。裏の顔がちょっぴり出てる。なにゆえドヤ顔なのかはわからないけど。
「ダンジョン内部の環境を長々と口頭で説明するのは時間の無駄であります。皆さんは最低でもダンジョン検定3級を取得済みと把握しておりますので、簡略版で研修を進めたいと思います」
へー。世捨て人たちも3級以上の資格持ってるんだ。人は見かけによらないね。
教壇側のホワイトボードにプロジェクターの光が向けられ、室内の照明が落とされた。
「まずはこちらをご覧ください。我々自衛官が命がけで記録したビデオを上映します」
ホワイトボードに投射されたのは博多ダンジョン内部で撮影された映像だった。僕やここに集まってる人たちが指定されたダンジョンだ。
ダンジョン内は明るく、空があった。まるで地下とは思えないほどの晴天。画面いっぱいに広がる草原にモンスターたちが生態系を築いていた。
これだよ。これだ。これを待ってたんだ。常識から逸脱したファンタジーの世界を自由に駆け回るのが夢だったんだ。
事前に配られた資料には、博多ダンジョンに生息するモンスター図鑑があった。それと見比べながらモンスターの大きさを脳内で修正していく。こういうのは事前にイメージしておかないと対峙したときに動けなくなっちゃうからね。
モンスター図鑑は結構分厚い。ボスの情報まで細かく書かれていて、攻略班を目指す人達の夢を奪っている。
まるで『市民は探索が目的であり、冒険はするな』というメッセージが込められているみたいだ。
映像と見比べた感じだとマップは未完成のようで、モンスター情報も完璧では無いそうだ。でも博多ダンジョンのラスボスは倒されていた。ラスボスの推定レベルは300もある鬼の巨人だ。体の大きさは一軒家ほどある。
ビデオではラスボスの討伐映像が流れた。腕の一振りで多くの自衛隊員の命が散っていき、命からがら攻撃を掻い潜ってラスボスの足を斬りつけても、次の瞬間には傷が埋まり始めていた。
なんとか波状攻撃で両足を潰し、倒れたラスボスの頭部へ複数人が集まる。そしてハンマーを餅つきのようにリズム良く振り下ろしてトドメを刺していた。
その勇敢さと冷酷さを併せ持つ映像を見て、僕は個人でラスボスを倒すのを諦めた。
夢にまで見た現代ダンジョンの主人公にはなれなさそうだ。
「ビデオは以上です。ご覧になった感想はいかがでしょうか。皆さんの中から探索者を諦める方もいらっしゃるかもしれません。
しかしご安心ください。我々自衛隊の場合は短期攻略を期待されたため、危険な攻略を強行したに過ぎません。
世界の潮流に追いつき、国民の皆様に安心してダンジョン探索を楽しんでもらうため、戦闘のプロの誇りにかけて全力で開拓した所存であります。
国民の皆様の場合は自分のペースでダンジョンに入れます。じっくりとレベルを上げて探索し、素材を集め、充分な装備を揃えれていただければ個人でもラスボスと戦えます。
皆さんは我々のようにはならないでください。決して先を急いではいけません。どうか我々の犠牲を忘れないでください。お願いします」
目に涙を溜めた演説。新人探索者達の中には感化されてもらい泣きする人もいた。
あれは嘘泣きだ。僕にはわかる。お姉ちゃんがお母さん相手によくやってた演技だから。
その証拠にほら、口もとが笑ってる。
「短いですが座学研修はこれにて終了であります。この後は実技研修についての説明を行います。その前に5分間の休憩を挟みますので、実技研修を受講されたい方はそれまでに席についておいてください。解散」
声をかけようかどうか迷っているうちにお姉ちゃんは部屋を出て行ってしまった。
お姉ちゃんはいつもやるべき仕事を真面目に取り組む人だった。今もその性格が変わってなかったら無視される可能性のほうが高そうだし、恥ずかしい思いをしなくて済んだかもしれない。




