15-1 じゃあなみんな、また会う日まで
「俺を……滅ぼしてほしい」
決めていたことだ。原爆程度じゃ俺は死ねない。
もう人の世で生きていくのは辛い。でも死ねない。
首を吊っても苦しいだけだ。毒を飲んでも美味しいだけだ。
神様だったら俺を殺せる。だって神様だもの。
『それはダメだ。他の願いを言え』
「ほんじゃあ、何が叶えられんねん! 何が神様や! サンタさんかコラ!」
『急に元気になったな。その調子で頑張って生きろ。さあ、何を願う。
基準は……そうだな。この私にしか叶えられない願いだけ叶えてやれる。今までの願いはこの私でなくても叶えられる願いだったからな。例えば、その髪の毛はこの私にしかできないことだ』
「わかった。それだけ聞けりゃあええわ。新しく住民票が必要になるやろうから、俺に新しい名前をつけて欲しい」
『その願い。聞き届けた』
「ええ!? 急に願いの質が落ちたであります! 他に何かありませんかヤヨイ殿!」
「おそらく、他にも同じような神様がいるはず。この神様じゃなければ……」
『この世界に他の神はいない。残念だったな。だが、これからダンジョンにて神を騙るものが沢山現れるだろう。その者たちならばお前たちの願いを叶えられるかもしれないな』
「かっこいい名前頼むぜ」
『名前をつけるのはあらゆる神の特権だ。偶然とはいえよくぞ選んだ。
二回目に到達するとは最短記録だぞ。急いでいるから簡易版だ。この私の分裂神となれ。
名付けよう。貴様の名は……
【ケー】【スマイル】【ダーク】です。
暗黒微笑ケーとなりました。おめでとうございます』
暗黒微笑ケー……嫌だな。ケー・スマイル・ダークの方がまだマシや。
「助かる。なんか単語の組み合わせっぽいけど」
『単語の組み合わせだ。今日までの記憶を解析して一番多い単語をはめ込んだ』
やっぱりね。脳内メーカーみたいな感じやもんな。
「つーか、分裂神ってなんや。生まれて初めて聞いたぜその単語。具体的にどう変わったん?」
『もし貴様が死んでも、この私の意思でノーリスクに蘇らせられるようになった』
「寿命がさらに遠のいたぜ」
「どうやら私たちは置いてけぼりみたいね」
「すごい瞬間に立ち会った気はするでありますが……」
『それと分裂神として相応しい能力を使えるようになっている。神っぽいことはなんでもできるぞ。なかには人を蘇らせる術もある。
ただし、この予備世界ではやめておけ。この世界は貰い物と以前に言っただろう。元々予備世界のルールはガチガチに固められている。
この私の世界と繋げて少しはルールが緩和されたが、魂のルールには触れていない。ダンジョンゲートの先ならば低リスクで死者蘇生はできるが、ここで行えば世界が終わる。よかったな、宇宙破壊スイッチをゲットだぞ』
「万策尽きた。俺の願いは叶わない」
『この私の分裂神となった今、他の使者が接触してくるはずだ。新参の使者だからといってナメられるなよ。この私に気を遣う必要はない。好きなように殺していいからな。では帰る』
バタン、と入ってきた時と同じドアを閉めて神様は消えた。
そっか……みんなは生き返らないのか……
目頭が熱くなってくる。くぼんで穴だけになった鼻がツンとする。たくさんの思い出があふれてくる。
チョロ、ヒメ、父さん、母さん、婆ちゃん……
みんな、本当になくなっちまったんか?
全部、燃えてしまったんか……
朝早く、まだ寝るって言ってるのに何度も何度もチョロが顔を舐めて起こしてくれたっけ。
もうベッドに来てくれることもなくなっちゃったのか。最後に起こしてくれたのいつだっけ……
退屈なとき、ピンと尻尾を立ててヒメが遊びに誘ってくれたよな。
こんな体になったから、もうずっと遊んでないや。もっと遊びたかったよ。最後に遊んだのいつだっけ……
月に一度、父さんがラーメンを食いに連れてってくれたな。いつものラーメン屋も焼けちまったのか。最後にラーメン食べたのいつだっけ……
毎日毎日、母さんが作ってくれた手料理。食べたいなあ……
ごめんな、婆ちゃん。婆ちゃんはいつも俺を助けてくれたのに、俺は婆ちゃんに怖い思いばっかりさせちまった。
あのダンジョンから俺を助けてくれたから、たくさんの人を救えて、たくさんの人に褒められたんだぜ。
みんな、ありがとう。
そして、ごめんな。ごめんな。ごめんなみんな……
みんな一生懸命に生きてきただけなんだよな。
自分の人生を必死に生きてきただけなんだよな。
生きづらくても踏ん張って、苦しい日々を乗り越えてきたんだもんな。
怖かったよな、みんな……
みんなは何も悪くないのに、こんな理不尽な終わり方って無いよな。そうだよな。
なあ? なんか俺、そんなに罪深い行いをしたか?
爆弾を落とさなきゃなんないほど悪いことしたか?
なあ? なあ?
誰か……本当のことを教えてくれよ……
気づけば涙が流れていた。
好きな子たちの前で恥ずかしいぜ。まったく……
「くっそ! 一歩遅かったか! おい貴様ら! あの方は何処だ!」
哀悼する時間を邪魔しやがって……何者だ?
スーツ姿の天使? コスプレには見えないな。
「言え、娘。あの方は何処だ」
「あ、あの、かた?」
「さっきまでここにおられた方だ!」
「きえ、たで、あり、ます」
ありゃりゃ。ありゃ催眠か。
マジか。催眠プレイか。俺にもできるんかな。こりゃあ捗るぜ……クソが。下ネタじゃ元気でねぇよ。
「そうか。くそっ。ご苦労。では、そちらの雑魚どもと一緒に死ね」
「おらぁ!」
好きなように殺していいって言ったもんな。多分こいつ先輩使者だろ。
「ぐわぁあああ! 痛い! なぜ!?」
「愛がこもってるからさ……
人によぉ! 人に『死ね』とか言うんじゃねえ! おらぁ!」
翼を羽ばたかせてスウェーバックでパンチを躱された。
でも残念。こちとら腕が伸びるんでね。届くよ。
「ぐわぁあああ! なぜダメージがある!? 貴様何者だ!」
「ケー・スマイル・ダーク。来世でよろしくな、先輩。黒紫のパンチとキックだオラァ!」
ワンツーフィニッシュ! 首だけお化けに大変身だぜ!
まあまあ美味い。うすしお味だな。
「なぜ……なぜ……神を傷つけられる……」
「ほら二人とも! 出たぜ神を騙る者だ! こいつに願いを叶えてもらおうぜ。
おい、先輩! ちょっとでもこの二人に何かしたら頭から食ってやるからな! お願いをいくつか叶えたら解放してやるぜ!」
一番のりはテロロ少尉か。洗脳は解けたみたいやな。
「ギャルのパンティをおくれー!」
「これで……いいか……」
ふわりと派手なパンティが舞い降りてきた。
さては、この天使……ギャルと寝たことがあるな!
簡単にこのデザインは出せないぜ。
「本当に叶った。じゃあもう一つ、あたしのお母さんを生き返らせてください。お願いします」
「で、でき……ない。それは外では禁じられている。大いなる災いが……世界を滅ぼすぞ」
「誰に禁じられてんだぁ? おめぇは神じゃねえのか? あぁん?」
「神にも……上下、ある」
「うっせぇ下っ端だぜ。神様について何もわかっちゃいねえ。ヤヨイさん。何かお願い叶えてもらおうぜ」
「うーん。そーだなー。じゃあ同じパンティを二枚もらおうかなー」
「安い女たち……だな」
ふわりとギャルのパンティが二枚舞い降りてきた。ウヅキさんの分かな。
「叶えたぞ……解放しろ……」
「おまけに俺の分も頼むぜ」
「ギャルのパンティ……でいいのか」
アホか。俺の姿を見て言ってんのか。服なんていらねえよ。
俺が欲しいのは……
「先輩の頭を食いたいぜ」
「女を殺してや……」
パクリ、と黒紫食い。言い終わる時間も与えてやらん。
邪悪な奴め。自分が助からないとわかった瞬間、女二人を巻き込むつもりやったな。
蜜団子の味がないな。使者には無いのか。
『ガッチャ! はやくも一人やったな! あと100年は生き返らないから安心しろ』
「アナウンスしてくれるんか。アフターケア助かるぜ」
二人が神がかりパンティを不思議そうに見つめている。先ほどまでの暴走が嘘みたいに大人しくなっていた。
「どうせならもっと高価なものにすればよかったであります……」
「欲張りな自衛官ねー。多くを求めすぎるとゴミが増えるわよー」
帰りてえ。黒田次長なら俺の家族を逃してくれてるかもしれねえし。確認してえ。同封されてた写真通りなら家はもうダメだろうけど。
「あー、派手にやっちゃったねー」
「そうでありますなー」
当事者同士がしみじみやってんな。あ、俺もギリギリ当事者やんけ。
「い、いま羽根をはやしたスーツ姿のモンスターが中に入って行きましたが!」
「大使! モンスターは無事討伐しました! 皆さんを避難させるためとはいえ、大使館を壊してしまい申し訳ありませんでした」
さすがヤヨイさん。頭が回るねえ。この惨状の責任を先輩使者になすりつけるつもりやな。
「そ、そうでしたか。いやはやしかし迫真の演技でしたな。ケー殿が助けてくれるまで死ぬかと思いましたぞ」
「ヤヨイさん。ヤヨイさん。俺、名前」
「あー、大使。こちらにはまだ届いていませんが、じきにイランの情報統制が解かれて日本の状況が伝わると思います。
彼はこれまで偽名を使っておりましたが、これから日本で新しい名前の住民票を作成します。名前はケー……なんだっけ」
「ケー・スマイル・ダーク。厨二病を拗らせた名前であります」
「ケー・スマイル・ダーク殿ですな。わかりました。修正しておきます」
何かが俺の中から湧き上がってくる。なんだろうこの気持ち。
これは……壊れた物を直したい気持ちだ。
「ちょっと神っぽいことやってみるわ。使者になって初めてのチュートリアルが来たぜ」
サンキュー神様。こんな感じで技が増えていくんやな。
「神パワー!!」
穴だらけの壁が内側から膨らむように直っていく。
壊れた部分に光を照らしてやると更に復元が早まった。光る触手を増やし、どんどん伸ばして建物内の復元を早める。
俺はチュートリアルを真面目にやるタイプよ。
生物は生き返らないけど無機物は元に戻せる感じか。
「す、すごい。これは魔法でありますか」
「わからねえけどたぶんそうだぜ。散らかったゴミの掃除は頼む」
テロロ少尉もすっかり落ち着いたな。身内を一気に亡くしても悲しみは一瞬なんやな。
怒りと復讐心は消えねえけど。
やっぱりよ。親の仇がのうのうと生きてると思うと胸騒ぎがおさまらねぇな。憎しみの連鎖が続くのも無理ねえや。
今回犠牲になった自衛隊員の遺族のためにも俺の希望を叶えねえとな。自殺扱いで憎しみの連鎖は断ち切れても国や自衛隊に恨みを持ったら可哀想だもんな。
恨むなら命まで節約させるドケチ政権だけ恨めばいい。俺の希望が叶って、『遺族たちへ弔意金』が給付されたら、国民は今の政権を見直すはずやけどな。
でも今のタイミングで自衛隊だけを依怙贔屓したら非難されるかな。犠牲になったのは自衛隊だけじゃない。核ミサイルが落ちた朝倉市だって補償が必要になる。
故郷か……。
「意外と婆ちゃんは生きてたりしてなあ」
「ありそー」
思わず笑みが溢れる。生きている可能性はある。やたら深い倉庫ダンジョンに入っていればいいんだから。
ただ……最愛の猫たちとはもう二度と会えないかもしれないと思うと胸が苦しくなる。
誰か、この寂しさを埋めてくれ。
「テロロ少尉は俺の部屋やろ。行こうや」
「今日はヤヨイ殿の部屋に泊まりたい気分であります」
「なんかー。ロミちゃんはウチのことをちょっと誤解してるな。女と二人で同じ部屋に寝られるわけないでしょ。こっちには嫉妬深い彼女がいるんだからさー。浮気するような尻軽女にみえた?」
仲直りはしてないみたいやな。ムードは険悪や。居心地が悪い。
「ケーちゃん殿。絶対に襲わないと約束していただければ同じベッドで寝ることもやぶさかではないであります」
「え! 相思相愛なのに?」
「自分はそうは思いません。ケーちゃん殿の一方的な勘違いであります」
「ギュッとするくらいならええやろ」
「絶対に襲わないと約束していただければ、であります」
「体の相性からはじまる恋物語もあるわけやんか」
俺が嫌いな分野だけどさ。ヤリ目的とか薬物強姦とか。
「それはエロ漫画の世界だけであります」
エッ、エロ漫画だって!?
「へー、ロミちゃんってそーゆーの読むんだー。性にオープンなところとかお似合いだと思うなー」
「俺もそう思う」
「もう! 野宿するであります!」
「バスローブ姿で野宿するのは危ないぜ」
俺が身を案じてやったら、テロロ少尉が下から見上げるように顔を近づけてきた。うへへ。
「ケーちゃん殿。神パワーでキャンプセットを出して欲しいであります」
「チッ」
なんだかイラついてるヤヨイさんがテロロ少尉の耳元で何かを囁いた。
次の瞬間、テロロ少尉の額から汗が噴き出した。
内容は聞こうと思えば〖神パワー〗で聞ける気がする。心と記憶を読めそうな気がする。でもチュートリアルを保留した。
心を読まれるのは苦しい。以心伝心は物語の中だけと気づかされるまで苦しみ続けたからわかる。心を読まれてない状態でも自分を殺さなきゃいけない苦しさが俺にはわかる。
使うのは他の誰かを救うときだけでいい。そうなるまでは騙されたって構わない。
「ケーちゃん殿と一緒に寝たくなったであります。考えてみれば趣味の合う異性はケーちゃん殿が初めてでありますし」
「なんか言わされとらんか?」
あれ? もしかして今こそ使いどきなのか?
「そんなことないであります! 行きましょう!」
大触手を掴まれてズルズルと床を引き摺られる。床が焼けるくらい尻に摩擦がかかった。
熱いのはいいけど、尻にゴミが付くから体重を1グラムまで落とす。自重が減って揚力が強く働き、全身が宙に浮いた。
バレないように〖神パワー〗でロミ少尉の汚れたバスローブをきれいに戻す。汗臭かったしな。ワキガじゃねえけど汗臭い。フェロモンむんむん。
触手を握る柔らかい手の握力が心地いい。
心が救われる。




