13-3 俺、参上!
───イラン上空 ダマバンド山
ヘリコプターの窓からカスピ海が見えるぜ。今日の晩飯にはキャビアを食いたい。
ここ数日、イランの日本国大使館で作戦の段取りを何度も確認して精神的にクタクタだった。それを癒してくれたのはキャビアだ。
俺はロシア産のキャビアよりイラン産のキャビアの方が好きだぜ。通訳を通してそう伝えてやったら毎日食わせてくれた。
アジ・ダハーカとの戦闘は各国交代で行われる。戦闘終了から次の国、間を空けて次の国とローテーションするため、今日倒せなかったら次の日本の番までに数週間の空白期間ができる。
これはのんびりできるチャンスと思い、アジ・ダハーカを今日倒せなかった場合はイランを観光したいと申し出た。
観光は許可されなかった。
大使館の中にずっと缶詰なのは息苦しい。これが数週間続くとなれば本気でやるしかない。
ここから解放されるためにも、この一回でアジ・ダハーカを仕留めてやる。
「じゅんび、おっけー、でぇすか?」
カタコトの日本語で確認してくるイラン兵。
俺がサムズアップしたら顔をしかめた。なんでやねん。
ぱんぱん! ぱんぱん!
「キャビア! キャビア!」
「「キャビア! キャビア!」」
頭の上で両手を叩き、白けた場を盛り上げる。機嫌を良くしたイラン兵たちも乗ってくれた。
「よし!」
翼膜を作り、飛び立つ前にサムズアップする。
イラン兵たちが顔をしかめた。なんでやねん。
ぱんぱん! ぱんぱん!
「キャビア! キャビア!」
「「キャビア! キャビア!」」
「よし! いくぜ! スカイダイビーング!」
勢いをつけてヘリコプターから飛んだ。翼を広げて滑空。
ヘリコプターの方からイラン兵たちの激励が飛んでくる。
「「フゥウウウウウ! ダッタラダッタッタケーチャン! ダッタラダッタッタニッポン! ニッポンチャチャチャ! ニッポンチャチャチャ!」」
風に乗ったら羽ばたいてダマバンド山の頂上を目指す。
アジ・ダハーカは火口に居座ってるらしい。雪に覆われた中で唯一温かい場所だからだろうか。
温泉もあるらしいし、終わったら浸かろうと思う。
見えた。資料で見たよりも巨大に映るアジ・ダハーカ。
その3つの口から灼熱の息を吹きかけてきた。
「うおおおおお! 飛ばされる! 飛ばされるううう!」
熱は大丈夫だけど突風がきつい。飛行中は体重を軽くするから動きが乱れる。
いったん降りてダッシュしよう。結構近づけたし飛ぶより走った方が速い。
俺が地面に降り立った途端、アジ・ダハーカが3つある口から毒の滝を降らした。溶解液だ。地面を溶かしてきやがった。
各国の戦士たちはよく白兵戦できたな。たどり着くまでにどれだけの犠牲を払ったのか。
火、毒ときて今度は大量の水で押し流してくる。溶解液と混ざって土砂崩れが襲いかかった。
「ちょっとウザいねえ。黒紫のオーラ!」
加えてスーパー黄色人になり、地中に触手を這わせて沈む体を支える。土砂崩れの中を進み、一直線にアジ・ダハーカを目指した。
こうして俺が引き付ける間も日本側の作戦は動いている。すでに155mm榴弾砲がアジ・ダハーカへ向いているはずだ。
俺の抜け殻で包んだ通信機を起動して射撃要請を出す。そして全力ダッシュの構えで待機。
榴弾砲で倒せないのは前回の戦いから自衛隊も学んでいる。しかし、一時的にアジ・ダハーカの行動を阻害する効果があることも前回の戦いからわかっていた。
それを資料で読んだから今回の作戦での攻撃タイミングを委ねさせてもらった。
精密に操作された榴弾が飛ぶ。
そして3つの首へ同時に命中した。
的が動いているのに正確に当ててしまう。この命中精度には頭が下がる。
都合により3門しか配備できなかった榴弾砲だ。さすが訓練された精鋭たち。本番でも全弾外さない。
「よっしゃあ! 俺のターン!」
ドロドロの土砂を黒紫のオーラで取り込みながらダッシュ。
資料によればアジ・ダハーカが復活するまでに数分の隙がある。
20秒あれば余裕で辿り着く。サンキュー榴弾。サンキュー自衛隊。
「よお! 俺、参上!」
3つの首の傷口から大量のモンスターが溢れ出てきて、焼け焦げた肉を埋めていた。すごく気持ち悪い。帰りたくなる。
「げえー。きっしょいなあ。白兵戦、やーめた」
俺も戦士たちのように近接戦闘してみようと思ったけど、こんなに気色悪い奴とは思わなかった。資料を読み飛ばしてたからかもしれん。
つまり長くて堅苦しい文章を読まされたせいだ。もっと一般向けにしてほしい。
「味見させてもらうぜ。黒紫光線!」
「「「ギャオオオオオオオ!」」」
うん。カオス。いろいろ混ざった味がする。ファミレスのドリンクバー全種類混ぜたジュースに生玉葱と牛肉を漬けたような味。記憶にある味だ。
「美味い! もう一杯!」
「ギャオオオオオオオ!」
アジ・ダハーカは3つの口から熱線を吐き出してきた。それをノーガードで受ける。
熱線を浴びせてくれるアジ・ダハーカのおかげでカオスな味が薄れた。
少し薄めだけど本殿ホタルの発光に似た味がする。もっと味わいたい。
「んま、んま……」
───食べすぎて気が緩む。
どぉん! どんどん!
そんなとき3発の榴弾がアジ・ダハーカに炸裂した。
「あ、なにすんだ!」
はっ! 我を忘れて熱線を浴びちまった。
榴弾が俺の目を覚まさせてくれたらしい。そういえば戦闘中だった。
「危ねえ危ねえ、日が暮れてるじゃんか。朝出たのに」
「「「ギャオオオオオオオ!」」」
いつのまにか全回復していたアジ・ダハーカに黒紫光線を浴びせる。
3つの頭を残して他の部分を一気に食った。今度こそ決着だ。
「こちらコードネーム・ケー。司令部、応答願います。こちらコードネーム・ケー。司令部、応答願います。アジ・ダハーカの討伐は成功です!」
「あはははは! だめだ。壊れとる」
熱線を浴びすぎた。抜け殻は無事だけど中の通信機が粘度みたいになってるわ。
「なかなか手強い相手やった。あのまま続いたらどうなってたか。数週間も監禁されるハメになっただろうぜ! あはははは!」
なんか卵臭いなあ。硫黄か?
「あ! そうだ! 温泉入らな! 忘れるところやった!」
ぽちゃん。
ふー。アジ・ダハーカの残り湯でも極楽やで。
常時裸ってサイコー!
さて、アジ・ダハーカの蜜団子をいただきますか。
触手を脳みそに突っ込んでっと。あったあった蜜団子。やっぱ体が大きいと蜜団子もおっきいなー。
ゴミになった頭は黒紫食いで。
温泉蜜団子やってみよー! 3つもあるぜ! ラッキー!
軽く温泉に浸からせてからひとつ目の蜜団子にガブリ。
表面はねっとりで肉質は弾力のある歯応え。味はしょっぱくて若干磯の味がする。カスピ海の塩水を飲んでるのかな。
「うんうん。美味い。2つはもうちょい温泉に浸からせるか」
ブロロロロロロ!!
あ、ヘリコプターだ!
「もう迎えが来たか。早いねえ。せっかくやし温泉蜜団子を食べてもらおっか」
先陣を切って降り立ったのはヤヨイさん。行きはイランのだったけど、帰りは日本のヘリコプターっぽい。
「おつかれー! すごいね! 黒紫のオーラに限界はないって感じ?」
「もちろんよ。だって俺の必殺技やもん。まあでも今回は危なかったぜ。ああいう美味しい光線を浴び続けると時間を忘れちゃうけんな。自衛隊のアシストがなかったら日を跨ぐところだったぜ。あざっす」
「その魔石は?」
「お土産の温泉蜜団子よ。でけえからみんなで分けて食べようぜ」
お茶碗1杯分で換算すると戦闘に参加した自衛隊員たちの分くらいはある。
「ケーちゃん。あのね。ずっと言おうか迷ってたけど……魔石は猛毒だから人に食べさせたらダメよ」
「そんなことはないぜ。めっちゃうまいから!」
「いやだから。あのね、味どうこうじゃなくてねー。とても少ない量で死んでしまうくらい強力な毒素があるからもう二度と人に勧めたらダメよ。間違って人を殺したくないでしょー?」
じゃあ俺が死なないのはなんでやねん。蜜団子のおかげでここまで強くなれたのに。
みんなは強くなりたくないのかと。単独でアジ・ダハーカを倒せる力が欲しくないのかと。
みんなも強大な力のためなら毒を食うべきと思うけどね。
「……うす。じゃあ、これも食っちまうから待っとって」
まあ、俺の場合は強さどうこうより美味いから食ってるだけやけど。
「あ! ちょっと待って! もしよかったらで良いんだけどー。その魔石を研究のためにイランと日本に提供してくれないかなー」
「いいぜ。ただし、一部の研究のためじゃなくみんなのためになるならや。これはみんなに食わせるために残したんやから」
「とりあえず話は中でしましょー。大使館でキャビアでも食べながら」
「うす!」
硫黄臭い体を黒紫のオーラで綺麗にする。
バサリとフード付きのマントを被せられてヘリコプターに乗り込んだ。
〈ミッションコンプリート!〉
次は日本政府が頑張る番だ。裏切ったらサブクエスト発生でイランを滅ぼす。




