14-1 俺、滅びる
在イラン日本国大使館に戻ると今回の作戦に関わった両国の戦士たちが凱旋の道を作ってくれていた。
俺のためにわざわざ集まって来てくれたんか。
ここの人たちにはすでに俺の姿を見せてるから正体を隠さなくていい。
邪魔くさいマントを脱ぎ捨て、両側から浴びせられる敬礼と賛美の雨を受けながら胸を張って一歩一歩踏みしめて進む。
人の姿をしていた当時、何も知らないうちに蜜団子を食べて良かった。心からそう思う。
猛毒だと事前に知っていたら絶対に食べなかった。食べなかったら、こんなに褒められる場所へ来れなかった。
ビクトリーロードの先、勲章付きの異なる制服を着た二人が俺に向かって敬礼した。お偉いさんに違いない。
中年の日本人が一歩前に出て胸を張る。肩に星が3つ付いていた。きっと陸将だ。
「ケー殿! この度の武勲の報酬の件を耳にしました。この場に全ての隊員は揃っておりませんが、我々イラン派遣隊及び陸上自衛隊は全面的に貴殿を支持いたします! 全員、敬礼!」
後ろの片方でザッと音がそろっていた。
陸将がサッと下がると中年のイラン人が一歩前に出た。この人も肩にカッコいいマークと星つけていた。階級はわからんけども。きっと陸軍の司令官。だって主力が白兵戦だから。
「《この度の戦勝おめでとうございます! ケー殿と日本に受けた恩は必ずや我が国の発展と共にお返しいたします。本日、我が国を襲う脅威のひとつを打ち滅ぼしてくださった感謝の気持ちを込めて、我々が調達できうる最高峰の食材をご用意させていただきました。ぜひ、苛烈な戦いの疲れを我が国で癒していってください。全員、敬礼!》」
イランって公用語はなんだっけ。ぺちゃくちゃ言ってるけど全然わからん。
ザッと後ろで音がして、サッとイラン陸軍司令官が道を開けた。
背後ではすすり泣く声。号泣している者もいた。今回の戦、あまりにも犠牲者が多い。7ヶ国全体でみると大きい街の人口と同じくらいの死者が出てるそうだ。
イラン兵の中には身内を失った者もいるだろう。
まるで戦に勝った後とは思えないほど辛気臭い空気だった。
この空気を明るくしたい。後ろ向きにサムズアップをしてかっこよく立ち去る。
イラン側の泣き声が怒号に変わった。
イラン兵士同士で揉めてるわ。なんでやねん。
「ケーちゃんケーちゃん! その親指を立てるポーズはくたばれって意味だよー!」
「そーなの!?
え、え、あ、じゃあYouTubeどうしてんの?
低評価orくたばれボタンじゃんか」
「それは知らないけどー。ちょっと説明するからその手下ろして」
うわー。やらかしたー。絶対後ろに顔向けられないわあ。
どうすんのこの空気。辛気臭いどころじゃないんですが。温度がスラム街ですが。
「《彼に悪気はないんです。日本でこのハンドサインはポジティブな意味で使われます。ただ彼は普段通りの意味で使っただけなんです。どうか彼の無知を許してください》」
「え! ヤヨイさん! すっげえ! イラン語使えるんか!」
「ペルシア語ねー。テヘラン方言は話せないけど」
でも場は白けちまったわ。自衛隊の皆さんがめっちゃ居心地悪そうにしてら。
「ヤヨイさん。どうしたらこの空気壊せるか教えて」
「ケーちゃんは主役なんだから、そーねー。ガッツポーズでもしたらみんなついてくるって」
俺もなんか気持ちを伝えたい。どっちにも伝わるやつ。
グッ、と片手を突き上げる!
「キャビアあああああああああ!」
「「キャビア?」」
「キャビアああああ!」
「「キャビアああああ!」」
「キャビア! キャビア!」
「「キャビア! キャビア!」」
「宴だあああああ!」
「「ウオオオオオオオオ!」」
サンキューキャビア。
料理をバイキング形式の立ち食いスタイルに変えてもらって、みんなでワイワイ騒いで飯を食う。ヤヨイさんを口説く奴もおったが、俺の視線に気づくと逃げていった。ヤヨイさんもホイホイ乗らないで欲しい。スキンシップを見せつけないで。俺の心がズタズタになるから。
壊れにくい体になっても心はずっとひび割れている。背中をちょっと押されただけでもバキバキと胸が苦しくなる。
最近はどんどん脆くなってる気がする。きっと恋の病に侵されてるからだ。しかも二人分。
ヤヨイさんとウヅキさんのどちらかしか救えないと言われたらヤヨイさんだけど、どちらに養われたいかと問われたらウヅキさんだ。
結婚制って本当にアホ。なくなれば不祥事もなくなるのに政治家は本当にアホ。
俺はぜってえ結婚しないぜ。責任は紙切れの中にはない。事実の中で生まれるものよ。金の問題には紙切れが必要だろうけど家族の証明に紙切れはいらない。個人が証明できればいい。憲法にある基本的人権って本来そういうもんじゃんか。
これくらいやらなきゃ弱い子供は虐待から逃げられない。家族の証明に縛り付けられる。
子が親を捨てる場合もあるだろう。取り戻したい親が警察に通報する場合もあるだろう。
でも誘拐監禁とかは柔軟に対応すりゃええのよ。子どもが社会から隔離された事実がわかったとき、行政が動けるようにすりゃええのよ。
要するに二人と一生一緒にいてぇよ。ずっと俺のそばで監視してほしい。誰か俺に愛させてくれや。俺を好いてください。
そんな恋愛観を自衛官の戦友と共有する。
「いいプロポーズ考えたぜ。こんなんどう? 『ずっと一緒にいて欲しい。一生俺を監視してください』って」
「ケーちゃん殿はなかなかロマンチックな人でありますな。ずっとそんなハッピーなことを考えてるのでありますか」
戦友って最高! 初対面でも仲間やからな! しかも初対面だからこそ秘めたる胸のうちを話せるぜ!
親しい仲よりも過去と無関係な相手の方が本音で相談しやすいのってなんだろう。この気持ちに誰か名前をつけてください。いや、知らないだけで医学用語とかありそう。
「どう? こんなプロポーズされたらオッケーする?」
「無論であります。オッケーしない女はアホであります。自分であれば即座に了承を示すでしょう」
「よーし、やってみるか」
「え、いま行くでありますか」
もちもちのナンを輪っかにして、キャビアを粘着液でくっつける。簡易的なプロポーズリングの完成だ。
「ずっと一緒にいて欲しい。そばで一生俺を監視してください」
目の前にいる女性自衛官へプロポーズ。もちろん真剣さ。
「え!? 自分でありますか!?」
「せやで」
「いゃー、あのー、えー、あ!
自分は本土に恋人を残してますので無理であります」
えー。えー。言ったじゃーん。自分なら即座に了承を示すって言ったじゃーん。うそつきー。
「れ、練習やし。冗談やし」
「そ、そーでありましたか! はははは! 冗談でありましたか! 失敬しました!
嘘をついたことを謝罪するであります。自分に恋人はおりません。こういうお仕事ですので」
二重に嘘つかれてるじゃーん。一番傷つくやつじゃんかー。
「ヤヨイさんも日本に恋人残してきてるしな。このプロポーズ失敗するやんけ。
ほんじゃあ、恋人からお付き合いしてください。好きっす」
「連絡先だけなら。オッケーであります」
「あざっす!」
ラップでも歌いたくなる気分だぜ。Yo!
戦友最高サンキュー相棒! ナンパ成功なんか勘がいい今日!
心を躍らす最強の回答! お粗末な男の最後の成長? 今日の今日こそ最初の性交?
おおお待て俺、保って平常! つんけんされちゃ意味ない死にたい? 短い掛け声出していくぞ!
「平常運転で行くぞ!」
Say Yo! チェケラ!
「これ、SNSアカウントのIDです。ダイレクトメールを送っていただけるとフォローするであります」
「部屋にスマホ置いてきたんやけど、一緒に行こうや」
スマホは置いていく主義なんよ。
「えー……あー。行くであります!
──そういう流れでありますか。ヘル、へるぷみー、ヘルプミー」
今なんか言った?
押しに弱い子で良かったぜ。ずっと独りで食べてたし、俺も独りが好きだから絶対カップル適正あるってば。
「ここが俺の部屋だぜ。高級ホテルみたいでめっちゃ広いやろ! 泊まっていいぜ!」
「えー……そ、そうするでありますぅ。
──これはまずい展開であります。断ったらもっとまずい展開でありますぅぅ。
くぅ、あの命令は罠か……」
今なんか言った?
俺みたいに独り言するタイプか。絶対に相性いいぜ。
陸将って本当に人を見る目があるんやな。全部言ったとおりに上手くいっとる。
上に立つ者はやっぱ違うわ。『ビジネス自己啓発本のほとんどは空っぽ。結局のところ積極的に押すのが人を動かす唯一の原則だ』って言葉は俺の名言帳に残すやで。
「さきにシャワー浴びていいぜ!」
「あわわわわわ……あ、浴びさせてもらいますぅ」
汗くさいしな。俺は汗臭くないしな。その間にアカウントフォローしとくか。
「アカウント名はー。テロロ少尉か。アニメアイコンやし絶対オタクやな。こりゃ、お近づきになりたいぜ。つーか、まじで三尉なんかな。若いのに戦地入りなんてすげえな」
うーん。やっぱツイートは読み込めないか。イラン政府の情報統制ってやつか。それともアメリカか。
──1時間後──
風呂なげえな。ショートヘアーでも女の子やしな。色々大変ってわけよな。
よーし。準備すっか。ワインとキャビアは絶対いる。あと、クラッカーとクリームチーズ。これをキャビアと合わせるとクソ美味い。よし、あとはー。
「歯磨きしとくか。ラッキースケベ頼むぜ」
シャワールームと洗面室は隣接してる。基本的な配置やな。裸と裸で鉢合わせ展開求む。
『ぐすっ…ちゃーらーへっちゃらー……ふんふーん……へのへのかっぱー』
うーん……泣いてるな。すごく悲しいことがあったんやね。
そりゃそうか。アジ・ダハーカに隊を半壊させられたんやし。今夜は俺が慰めてやるけんな。
『ちゃーらーへっちゃらー……ふーふーん、ふーふー……へのへのかっぱー』
シャコ、シャコ、シャコ……
──1時間後──
『ちゃーらーへっちゃらー……ふーふーん、ふーふー……へのへのかっぱー』
シャコ、シャコ、シャコ……
風呂長いなあ。何回同じ歌をリピートしとんねん。こちとら使い捨て歯ブラシがフニャフニャになるまで磨いとんねんやぞ。
もうすぐ1時間か。流石にラッキースケベタイムの許容を超えてるか。俺がここにいるのに気づいてるかな。
じゃあ下着のサイズを測ってるのも気付かれちまったかな。
うーん。やっぱり下着泥棒の気持ちがわからねえ。まったく興奮できねえわ。
つーか、戦闘服はどこだ。
「あー、風呂で戦闘服洗ってんのか。
テロロ少尉! この洗濯機、乾燥機にもなるから洗ったやつ乾かせるぜ!」
「ひゃああああ! そこにいたのでありますか! あ、あ、お気遣いありがとうございます!」
「パンツも新しいやつ作ったから使っていいぜ! ここに置いとくばい!」
「あ、はい。ええええ! 作ったあ?! あ、ありがとうございますぅ」
感謝された! ウヅキさんには引っ叩かれたのに! やっぱ人によって反応は違うんだな!
「へへっ。あとで履き心地の感想聞かせてくれよな!」
「え、ええぇ……」
ちぇ、ラキスケはしゃーねえ、諦めるか。あ、体重計あんじゃーん!
とりあえず体重減らしておかねぇと。ウヅキさんが言うには一番抱き心地が良いのは10キロって言ってた。よし、ジャスト10。
あー! 楽しみー! 絶対優しくしちゃるけんなー! イチャイチャラブラブメイクラブやー!
一夜限りの情熱とかありえねーから!
燃え盛るような恋愛をして、これから毎日家を焼こうぜ!
おや、部屋の方でお酒の匂いがするぞ。
おかしいな。ワインの蓋は開けてないのにどうしてだろう。
「あれぇ? ヤヨイさんどうしたのぉ? なんでワイン飲んでんのぉ?」
「飲まなきゃやってられんのにゃあ」
「そっちの部屋にも酒あるやんかぁ? どうしたのぉ?」
「全部飲んじゃったー」
ワインほとんど残ってないじゃんかー。あーあ、台無しだよまったくもー。お酒これしかないのに。
机の上がクラッカーの食べカスでボロッボロやし、クリームチーズはほぼ無いし、あーもー。
あ、キャビアは無傷だ。ラッキー。
そして見覚えのない開封済みの封筒が一通ある。
「その手紙はなんすか?」
「悪いニュースでへぇーす。ヒック。陸将さんから借りてきまひたー。読んでみれー。ウッ……」
ドロドロに酔ったヤヨイさんがトイレに駆け込んだ。一気に飲み過ぎやねん。
「どれどれ……」
堅苦しくて難しい文章だった。日付は俺がイランに旅立った翌日、時間は船舶でアジ・ダハーカの資料を読んでいた頃のようだ。
俺の故郷に核ミサイルが落ちた。




