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12-1 ニート、家に帰ろう


 坐禅を組んだニートは変化の編集を始めた。長いこと毎日やっているからか魔石融合のコツを掴んだようだ。

 よほど殺虫剤の不味さが効いたらしい。真っ先にイメージしたのは五感を調節する機能だった。オンオフスイッチだと0か100かしか無いことに気付いて五感調節装置を脳内に作ったようだ。オーディオミキサーのツマミを意識している。


 融合が終わると早速、ニートはDJのように耳に手を当てた。味覚を調節するようだ。苦味と渋味とえぐ味と金属味と刺激味を最小に設定した。0を設定しないのが彼らしいところだ。少しは悪い味も知りたいらしい。


 坐禅する間、ヤヨイとサツキは様子を見ていた。殺虫剤の範囲外から音を頼りにニートの動きを探っている。


「動きが止まりましたねー。薬が効いたっぽいー?」

「さて、どうかね。ちょいと調べる必要がありそうだよ」


 互いに口もとをニヤっと緩ませ、手に持ったのは手榴弾。


「泣いても笑ってもこれが最後の手榴弾だ。外すんじゃないよ」

「任せてー。カウントよろー」


 足場は悪くない。ここら一帯は岩盤のエリアが広がっている。

 ピンが抜かれ1、2、で投げ込まれた爆弾が壁を跳ね返り、カランコロンと固い地面を転がっていった。


 彼女たちは耳を塞ぐ。しかし爆発音がやってこない。不思議に感じた彼女たちはついに動き出し、目視できる距離まで近づいた。


 曲がり角から顔だけ出す。急激な寒気が彼女たちを襲った。ダンジョン内の温度に変化はない。これは精神的なものだ。

 固定観念をぶち壊す光景を目の当たりにして、同時にふたりの肌が粟立った。


 暗い。暗すぎる。ホタルの光が全て失われていた。暗闇の中で黒紫色の禍々しいオーラを放つ怪物がいる。


 頭に装着したヘッドライトの光が怪物に吸い込まれて消えた。すぐさま後ろに退がった彼女たちだったが、無事だったはずの通路のホタルまで光を失っていた。

 完全な暗闇が訪れる。唯一の光源は黒紫の怪物のみ。

 ファンタジーが急にホラーに変わった。



「やるしかないよ。ヤヨイちゃん」

「ですよねー。ま、まさかアリを超える化け物がいるなんて思いもしませんでしたよ。こ、これ、なんなんですかねー。魔法だったりするんでしょうかねー」


 彼女たちの声は震えていた。これまで戦闘を避けてきたモンスターとは格が違うことを瞬時にわからされた。ダンジョンの環境を変えるアリには出会っているが、短時間で広いエリアを支配するほどの実力は持っていなかった。


 彼女たちに光はないが、黒紫の怪物には光がある。この差がどれだけのディスアドバンテージなのか彼女たちは知っている。なにせ倒してきたモンスターのほとんどは奇襲の成功が勝利の要因だ。光の有無が戦闘を有利にする。彼女たちは暗闇を操る狩人だった。


 光が無ければ逃げ場もない。倒す以外に活路は無い。


 彼女たちはスモークグレネードを投げた。直接ぶつけるのではなく、近くに落ちるように壁に跳ね返らせて投げた。カランコロンと音がする。しかし、起動する前にそれは消えた。


「なんでっ……!?」


 煙幕が撒かれなかったことに驚きを隠せない。もはや小細工は通じないと理解して改造農具を持ち、最後の特攻を仕掛ける。


 しかし次の瞬間。通路が真白く照らされた。


 まるで天井にLEDライトでもあるかのような明るさに彼女たちの動きが止められた。


 床に、天井に、壁に、光る触手があった。彼女たちの足もとにまで。


 敗北を悟る。しかし武器は落とさない。最後まで足掻くのが人の意地だ。


「あ、さーせん。あ、う、ウヅキさんに頼まれて救助に来たんすけど。

 どーも、こ、この度は俺のために危険を犯してまで捜索を、つ、続けて下さり、あり、あざっした!」


 彼女たちが覚悟を決めている間もニートは坐禅を崩さず、念仏を唱えるように口の中で言葉を転がしていた。

 坐禅を土下座に変え、お礼の言葉をやっと口にした。


「あんた、もしかしてケーちゃんかい?」

「うす。どちらがヤヨイさんでどちらがサツキさんっすか?」


「あんた! 見てわからんのかい!」


「え? いや、なんが?」


 競輪選手のように隆起した太もも。女子ボクサーの腰ほどある太い二の腕。以前まで曲がっていた腰は盛り上がった腹筋と背筋によって矯正された。広い肩幅と首を結ぶ太い僧帽筋が引き締まった頭を支える。生涯一健康なサツキだ。


「いやいや。え? 婆ちゃんか? こんなマッチョな婆さんがおるか? 確かに婆ちゃんはサツキだけど、え、アレ偽名じゃなかったんか」


 むしろ彼がケーちゃんだとよく気づけたものだ。さすが祖母といったところだろう。


 ケーちゃんの顔なんてもう人の面影が無い。目のまわりなんて、まるでホルスの目の模様のようだ。これ、ぜーんぶ複眼。ばっちり見える。

 顔の大半が外骨格に覆われ、鼻が髑髏のように窪み、口からは2本の大きな牙が飛び出している。耳すらも外骨格に変わってしまった。耳の機能は全て骨と神経で成り立っている。写真と見比べても以前の彼を見つけるのは不可能。


 目を見ればわかるという人もいるかもしれない。しかし彼の瞳は六角形で、虹彩は虹色だ。


「あのー! ちょっと! 頼まれたって、ウヅキは無事なの!?」

「あ、うす。外に出たっす。ヤヨイさんっすよね。ほんとあざっす!」


「よかったーー……」

「よかったね。ヤヨイちゃん」


「ほんじゃあ帰りますか。ほんとビニール紐あざっす」


 ニートは光る触手を伸ばして帰路の明かりを確保した。ホタルは五感調整のための犠牲となったのだ。サツキとヤヨイのヘッドライトも壊れてしまった。


「あんたその姿で外に出るつもりかい?」

「せやで」


 オークル色の肌、白い外骨格、半透明な数々の発光器、透けた頭からは脳みそが見える。

 背中から出た8本の大触手、大きな尻尾、56本の手足の指。

 頭にコルク抜きのような角(髪)を生やした怪物。まるで地獄からの使者だ。


「ヤヨイちゃん、どう思う。ケーちゃんがこのまま外に出たら」

「そーですね。見つかったら話題になると思いますよー。見た目がすごくハロウィンですし」


「でも髪型変えたらハロウィンじゃなくなるんやけど。帰ったらちょんまげにするつもりやし」


 ニートは固定した髪の力を解いて、虹色に輝く黒髪を下ろした。


「ちょんまげは似合わないでしょー。そのままの角がいいと思いますよー」

「ほんじゃあそうする」


 再び悪魔の角に戻した。心変わりが早い。女に褒められるとすぐ流される。そう、ニートはヤヨイに一目惚れしていた。


「ヤヨイさんって前に会ったっすよね。警察の」

「へー、覚えててくれたんだー」

「野菜どうでした?」

「えーと、確かー。天ぷらにしたっけなー。ずいぶん前だからー……ずいぶん前だけど美味しかったのは覚えてるね」


「あざっす!」


 落ちたな、恋に。これがニートの良いところであり危ない部分でもある。相手を自分の味方と判断すると従順になる。以前のニートならば単に都合の良い人として扱われていた。

 しかし、今となってはその実力を存分に利用する者が出てきてもおかしくない。


 ただしニートの好意を裏切らない限りの話だ。危ない部分とは彼が一方的に裏切られたと思い込んでしまうところである。


 マリアで例えるならば夫が殺された。

 チェリーで例えるならば夫候補が殺された。


 これは相手がモンスターだからという理由ではない。ニートは以前から純粋な人なのだ。

 被害に遭うのは周りの者であり、不幸になるのはニートが愛する者である。


 ケーちゃんはソシオパス。ニートを望む者であることを忘れてはいけない。


 ソシオパスとは反社会的な振る舞いをする後天的なパーソナリティ障害のことである。ケーちゃんがそうなったのは小学生の時に後頭部を打ったからではない。


 それよりもずっと前、つまらない殺生がきっかけだ。


 まだ幼稚園にも通っていない頃、公園で小さな芋虫を噛み殺したときの柔らかい快感がケーちゃんの成長を歪ませる。それからすぐに彼は性欲に目覚めた。隣人の女の子に無理やりキスを迫ったり、裸で抱きついたりした。

 親の都合でその土地を離れた後、別れの悲しみが彼の生き方を修正するかと思いきや、不良行為はさらに悪化した。


 引越し先での行いは法に触れるようなことばかりだ。当時はカトリック幼稚園の園児、お縄になることはなかったが犯した罪の数は多い。公開できないレベルのエピソードもあるが、ユニークなものでも非常に危険なものばかり。


 例えばシャボン玉合戦。互いの顔面にシャボン玉を当て続ける度胸試しだが、一歩間違えば失明騒ぎだ。彼はこれで6つ年上の小学生を泣かせた。


 例えばスイカ割り事件。お笑い芸人の真似をしたいがために八百屋のスイカを落として割った。地べたを這いずってスイカの早食いをする園児たちに店長は爆笑。店頭価格の半額を支払うことで事なきを得た。


 例えば消火器暴発騒動。ケーちゃんが大勢の子どもたちを率いて悪事を働くときは定位置の椅子に座る。それが消火器だ。

 なぜかその日だけ消火器のピンが抜かれていた。彼がいつもどおり消火器のレバーに座った次の瞬間、ホースからピンク色の粉が噴き出した。

 社宅マンションの廊下をまっピンクにして、蜘蛛の子を散らすように子どもたちが逃げ出した。

 もちろん彼も逃げたが流石に反省したのか、いつもの反省場所のベランダに自ら出て、親が怒りにくるまで縮こまっていた。

 消火器のピンは今も見つかっていない。園児にピンは抜けないという消防士の助言のおかげか1万5千円を父親の会社が支払うことで笑い話に終わった。


 この私だから言えるが犯人はケーちゃんが泣かした小学生の兄弟だ。高校生の兄がピンを引き抜いた。その兄もピンクの現場で楽しそうに笑っていたようだ。


 その後、幼稚園卒業と共にケーちゃんは親の都合で引っ越した。


 それからも反社会的行為は後頭部を打つまで続いた。脳震盪は極愛神による遅めのお仕置きだったのかもしれない。脳震盪のおかげでケーちゃんの不良行為による被害者は減り、彼自身が被害者に回ったのだから。


 しかし、鬱病の克服と共にケーちゃんはソシオパスに戻った。そしてダンジョンで力を得てしまった。

 これからは彼が培ってきた常識と良心が試される。

 もはや世間が放っておかない。ニートのふるまいが世界を揺るがす。


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