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I'll be the death rain.  作者: 維酉
Chap.1 潜る
4/10

03 来訪と突撃!

   ◇ 7 ◇


 麦茶をコップに注ぎながら、鈴里はどうして彼らを家に上げたのだろうと考えていた。正直なところ、どうかしていると思う。玄関先で話を聞けばよかったよな、と今更ながらに溜息を吐いた。

 神谷と名乗る男と、そしてひとりの青年の話を聞くに、すこし長引きそうな気がして、つい中に入れてしまった。格好も信用できそうな感じだったし、問題ない気はした。でも、不用意にもほどがあるってやつだ。昨日襲われたばかりなのに……。


 鎖は見られたくなかったから、一応ローブに着替えた。「失礼ですが、普段着ですか?」と訊かれたのは、仕方のないことであろう。


 お盆にコップをのせて、リビングに戻ってテーブルに置いた。神谷たちはソファに座っている。お盆を先に片付けてから、鈴里は部屋の隅に置いていたデスクチェアに座った。


「あぁ、すみません、なんか……」神谷は申し訳なさそうに振舞った。「上がり込んじゃって……」

「いいんですよ」


 なにもよくないけど、と心の中で呟いた鈴里の顔には、なんの感情も浮かび上がっていなかった。


「それで、話の続き……」

「あぁ、はい。先ほどの写真なんですが」


 笑顔が磁石みたいにくっついている神谷の顔を見ながら、鈴里は頷いた。「あの……通り魔ですよね、あれ」――そういうと神谷はわざとらしく驚いたふりをしてみせた。


「よくご存知ですね」

「その、昨日、会っちゃいましたから」

「ほう」


 ふたりの男は目配せした。どうやら当たりみたいだぜ、といってるように見えなくもなかった。


「では、思い出すのは辛いことかと思うのですけど……本当にこいつでしたか? 顔は……」

「顔はよく見えなかったんです。暗かったので。でも、この写真……」


 神谷が出してきた写真は三枚あった。どれも隠し撮りしたふうな写真だが、一枚だけ、全身が写っている写真があった。それを鈴里は指で示す。


「背格好が同じでした……。その、あの、服もたぶん」

「なるほど」神谷は満面の笑みでいった。「古屋くん、天文ヶ原(てんもんがはら)さんに連絡してくれ」


 古屋と呼ばれた青年は頷いて、部屋を出ていった。話は終わったのかな、と思っていると、神谷が今度はこう訊いてきた。


「その、辛いことを何度もお尋ねして悪いのですけど……この写真の彼と、昨日より前にどこかで会ったことはありましたか?」

「えっ」思いがけない質問だった。「ない、と、思いますけど……どうして?」

「いえ、いいのです。会ったことがなかったのなら、それがわかれば。もうひとついいですか?」

「は、はい」

「どうやって逃げたのですか?」



 ――神谷の目が、急に鋭くなった。



 時計の針が、時間を刻み殺していく。秒針の音に、答えを、急かされているような気がした。でも、どう答えるべきなのだろう。

 地面に潜る超能力を手に入れて、逃げ延びました……なんていっても、信じてはもらえないだろう。ここは嘘を吐くほかない。


「……走って、逃げました」

「走って?」

「はい」


 もう、「はい」としか答えようがない。本当をしゃべって虚言癖があると思われるより、現実的な嘘をいい放ったほうがいいに決まってる。

 そう決めて、きっぱり嘘を吐いたら、彼は予想外な反応を示した。神谷の顔が一転して、すごく朗らかなものになったのであった。


「大変でしたよね、それは」疑いたくなるほど、あたたかい声音だった。「思い出させてしまってすみません。今日はこれで失礼しようと思います。調査にご協力いただいて、感謝します」

「え、あ、はい……」


 いままでの質問より厳しめに問われたような気がしたぶん、案外あっさり済まされたことに、呆気にとられてしまった。

 そんな鈴里は置いといて、というふうに神谷はさっさと写真をしまい出す。それから麦茶を一気に飲んで、「うお、これおいしい……」と呟いた。鈴里が「ありがとうございます」といおうとしたら、その前に彼は立ち上がった。


「今日は突然すみませんでした。変なことも聞いてしまって、大変申し訳ない」

「え、あ、ん、はい……」


 戸惑う鈴里に対して、神谷はにっこり笑った。「それでは失礼します」といって、玄関に向かう。いきなり帰る神谷に、鈴里はぽかんとしたままだ。それから神谷は玄関で一礼をして、そのまま出て行ってしまった。


 ガチャン、と扉が閉まったら、あとは時計の音しか部屋にはなかった。





   ◇ 8 ◇


「あの子はクロだね」と神谷がいった。「明らかに能力者だ」


 目の前に座る古屋伊緒ふるやいおは、「はぁ?」と呆れ顔をつくって、それから鼻で笑った。


「あり得ませんよ」

「あり得なくないよ」涼しい顔で神谷がいったころ、ちょうどウェイトレスが来た。「チーズ・イン・ハンバーグのCセットをひとつ。古屋くんはなに食べるの?」

「……和風ハンバーグのC」

「だって。そうだ、ドリンクバーって付いてたっけ? ……あ、付いてる? ありがとね」


 ウェイトレスは一礼して去っていった。


 神谷と古屋は、鈴里のアパートを立ち去ってから、近くのファミレスに入っていた。朝飯を兼ねたランチタイムであった。


「飲み物を取りにいこう」神谷は席を立った。「麦茶がいいな。あるかな、たぶんないよな」


 古屋も付いていくことにした。


「で、どうしてやつが能力者だと?」

「あはは、あの通り魔くん――郡孤尾流こおりこおるの能力は、君が一番知ってるだろう?」

「まぁね」

「あんなのから走って逃げれるわけないじゃないか」


 オレンジジュースをコップに注ぎながら、また神谷は「あはは」と笑った。古屋はそりゃそうかと思った。へんてこな力を持ったやつは案外多くこの街にいるし、そもそも、力を持ってるやつと出会いすぎて驚愕と猜疑の心が薄くなってしまっているらしい。

 飲み物はウーロン茶にした。


 席に戻るなり、こう訊いた。


「じゃ、あいつは郡の共犯者なのか?」

「いや、違うだろうね」

「え、でも神谷さん、さっきクロだって……」

「そりゃあれだ。能力者か否かという点ではクロ、そういったんだよ」


 紛らわしくいいやがって、と胸の内で悪態をついてみた。神谷は細いストローでオレンジジュースを吸い上げている。見ていると、なんとなくムカついた。


「……まぁ」くっきりした笑顔をつくって、神谷がいった。「どちらにせよ、生き残りがひとりでもいてよかったよ。彼女がもし殺されてたら、そのあとのことは……考えたくもないね」


 そういいつつ、神谷は笑顔を崩さなかった。よくできた仮面だ、と古屋は思う。こんな人間には死んでもなりたくない。


「このところ世間を騒がしている通り魔事件……それには報道されていない事実が多くある。どうしてかはわからんがね」

「死姦されていることと、被害者の遺体に“持ち去られた部位”があること……」

「そして、実は(・・)狙いが定められている(・・・・・・・・・・)こと」神谷は不気味なまでに笑顔だった。「この通り魔事件は、無差別犯罪に見せかけた計画的犯行だった。まぁそれを警察が知ってるかどうかは、あはは、怪しいのだけどね」

「ネットでちょっと出回ってますけどね」

「あぁ、たまに正確なのもあるよね。死姦されてるってのは、どうせ下卑た憶測だろうがね」


 神谷がそういったところで、ハンバーグが運ばれてきた。


「おお、うまそうじゃない。まぁ食おうよ。食事と風呂と睡眠のときは、仕事のことを忘れるべきだ。そして食い終わったら、六人目(・・・)に会いに行こう。無事を確認するためにね。あと……」フォークをハンバーグに突き刺して、神谷は目を細めた。「鈴無鈴里ちゃんについても、調べてもらおう」





   ◇ 9 ◇


「えーそれぜったい怪しいよ!」


 と灯伊那ととはいった。

 午後三時、ととは学校を途中でエスケープしたらしく、また鈴里の部屋に来ていた。遅刻したうえに、堂々と仮病で早退したようである。とはいえ、これはいまにはじまったことじゃなく、昔っからのサボり癖が灯伊那にはあるから、鈴里も驚きはしなかった。


 それで、先ほど来訪したある探偵事務所のふたりのことを話すと、「ぜったい怪しい」と断言されたのである。


「まずさ、鈴里ちゃん、よく家に上げたよね。ふつうに常識的に一般的な観点から見たらさ、見ず知らずの男ふたりを上がり込ませる女子高生がいる? しかも一人暮らしなのに? 馬鹿なの?」

「うぅ、それはわたしも反省してるし……」

「はぁ……。鈴里ちゃんって、昔っから無防備なところ、あるよね」

「そうかな……」

「そうだよ。ありあり」


 たしかに、そこまでいわれると、自分でもそうなのかなぁと思ってしまう。

 昨日の夜だって、もうちょっと用心して歩いていれば、通り魔にも遭遇しなかったかもしれない。ふむ、そう考えると、自分はあまりに不用意な人間なのかもしれない。次からはもうすこし、警戒心を持つことにしようかな。


「で、そういえば、その探偵さんたちはなにしにきたの?」

「なにって、調査だよ」

「なんの調査って訊いてるの」

「だから、通り魔の……」

「へ? 通り魔?」

「うん、昨日わたし、会っちゃって……あ」


 口から出してしまったあと、気づいた。灯伊那には、鈴里が通り魔に遭遇したことを伝えていなかったのである。

 灯伊那は案の定、口をだらしなくぱかりと開けていて、まったく驚きを隠せていない。それから数秒後、口を開けたまま上を向いて、それから口を閉じて、前を向くなり鈴里の肩をガッと掴んだ。


「あんたさ、ばっっっっかじゃないの!?」

「へぁっ」

「『へぁっ』じゃなくてさ! 生きてたからよかったものの……あぁもう、ほんと馬鹿!」

「だ、だって」

「だってもロッテもグリコもない! 気をつけて帰れっていったじゃん……」


 そのあと散々罵倒されて、鈴里は耳をふさぎたくなってきた。




 灯伊那のいいたい放題が終わったのは、暫く耐えたあとだった。息を切らすくらいまで、大声を上げて続けざまに悪口をいわれたけれど、さすがに疲れたらしい。

 肩を上下させながら、「もーいいや」と灯伊那はいって、鈴里の肩から手を離した。天井を仰ぐ。太陽光が黄色いキャンディーで透かしたような色をして差し込んでくる。


「ね、鈴里ちゃん」クールダウンした声色だった。「これだけは覚えておいてほしいな」

「……うん」

「鈴里ちゃんがいなくなったらね、あたし、独りぼっちなんだよ」


 そのときの灯伊那の顔は、上を向いていたからよく見えなかった。

 ゆっくり、ゆっくり、耳の穴から入ってきた彼女の言葉が、鈴里のお腹の奥底に落ちていく。もう一度だけ、「うん」と頷いた。


「あー……うん。まぁいいや。でさ、やっぱりその探偵、怪しいと思うんだよね」


 話がそれたね、と本題に戻して、灯伊那はそう仕切り直した。


「まずね、高校生くらいの子が探偵っていう時点で、ちょっと疑問に思わない? その……古屋とかいうやつ。ていうかね、なによりもまず、おかしなところがあるでしょ?」

「おかしなところ?」

「うん。どうしてその探偵さんたちが、鈴里ちゃんが通り魔に襲われたことを知っていたのかってこと」


 あ、と思った。たしかに知っているのはすごくおかしい。鈴里自身、昨日の夜中に起きたことは、だれひとりにも喋っていなかったのである。


 だというのに、それを知っていたということは、その様子をまさかだれかに目撃されていたのか。でも、襲われたとき、あたりに人気ひとけはまったく感じなかったし、鈴里自身が目立たない恰好していた(黒ローブを着ていたから、もちろん闇夜に紛れて見えにくかった)から、彼女の姿は見つけにくいはずである。

 それに、目撃者がいたとしたら、助けてくれるとか大声をあげてくれるとか、なにかしらアクションを起こしてくれたかもしれない。それがなかったのなら、目撃者がいたとは、あまり考えられないかもしれない。


「となるとね、その探偵はどうやって鈴里ちゃんが襲われたことを知りえたのか? まずそこがわからなきゃ、そいつらを信用することって、なかなかできないわけだよ」

「うん……そうだね」

「だから、ぜったい怪しいの」


 だとしたら、わたしは騙されてたのかな……。鈴里はそう思ったのだけれど、騙されたとて、なにか自分に不利益があったわけじゃない。怪しいといっても、鈴里は質問されてそれに答えただけであって、それ以外になにかしたわけでもないし、されたわけでもない。

 ――ますますわからなくなってきた。


「ね、そこ、なんていう探偵事務所だっけ?」

「え、あ」鈴里は神谷に渡された名刺を探した。「えっとね、待ってね……。秋手帖探偵事務所」

「お、けっこう近場じゃん」


 灯伊那はスマホで秋手帖探偵事務所の名前を検索にかけたらしい。ここから三駅ほど電車に乗ったところにあって、今日は営業日とのことだった。


「ふぅん、ちょうどいいじゃん」灯伊那は不敵に笑った。「突撃しよう、探偵事務所に」



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