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神の継承者  作者: 夢世操
Student
39/45

Guess

 俺はあいつの事が好きでは無い。

 どこか、危ない匂いがするのだ。その正体は俺には分からない。実態が掴めない。

 俺とて、普通ではない。むしろ、異常な存在だろう。だがそれでも、あいつは異常だと、警戒すべきだと、今では鋭くなりすぎた感覚が、教えてくれる。

 俺は今も、あいつの正体を探ろうとしている。見つかるとは思っていない。ただ、何かを。切っ掛けだけでも……

 そして、アイツを……


 レオは目の前に立っているその男を見た。

 決勝では木剣を持っていたが、何故か今は持っていない。

 レオは、この男の決勝戦での戦いを見て、心底驚いた。何故なら動きがレオのそれ(・・)とひどく似通っていたからである。後ろを見ずに攻撃を躱してみせる、それは現実的には不可能だ。後ろに目でもあれば話は別だが、よくマンガ作品にある『殺気を感じる』なんて、あんなの嘘っぱちだ。レオは後ろの音や、それ以外の感覚を元に、それを察知して行動することが出来る。しかしそれは、今の自分の超五感とも呼ぶべき"力"があるからである。

 それが彼にも出来るということが驚きなのだ。同時にレオは、彼が自分と全く同じでは無いとも感じて(・・・)いた。矛盾するようだが、今の自分には『殺気』というものを感じ取ることも出来るのではないかと思っている。それと同様に、何となく感じる『気配』というものも。

 いま自分が持っている異能力は文字通りの異物(・・)だ。物理法則なんかで測れるものではない。だから、そういう"曖昧(あいまい)"なモノも感じ取れるのだと、レオは考えている。

 そして、ルドが自分とは違う事に、レオは何となく気がついていたのである。

 彼にはレオが持つ超五感のような、鋭い五感なんて無く、しかしそれに似ていて、かと言って別の方法でアレを避けたのだ、と。

 レオはこの男が好きではない。しかし同様に強く興味も()かれてもいた。感覚としては怖いもの見たさ、に近いだろうか。近づいてはいけない、そう感じてはいても、そこにある以上、それが何なのかをどうしても知りたくなる。

「試合はじめ!」

 審判の手が振り下げられ、レオは自分の瞬発力に物言わせて、真っ先にルドへと突っ込んだ。木剣を持っていないのが手加減なのか別の理由なのかは分からないが、長物を持ってこなかったことを後悔させてやろうと考えた故に。

 速さは良好、踏み込みも深く、拳も重い。

 しかし、その渾身の一撃をルドはあっさりと躱して見せた。物の見事に、無理ない姿勢で。

 反撃を予測して後方に下がるも、予測に反して反撃は来なかった。

 速くはない、決して速い訳ではない。ただ、無駄が全くない。隙がない、つけ込めない。

 レオはいつの間にか留めていた息を一気に吐き出した。そしてそこで、自分が嫌な汗をかいているのにやっと気がついた。

 思えばこんな感覚は親父に小さい頃しばかれた時以来かもしれない。

「いい動きだな。まるで野生動物のように機敏だ」

 距離を取ったところにルドに声をかけられ、レオはタダでさえ高い警戒心をさらに引き上げた。そして、自分の心を嘲笑するかのように呟いた。

「……何だって、こんなに差を感じるんだ」

 レオは姿勢を低く保ち、ルドの出方を伺った。

「そりゃあ、異能力者とは言え一般人が、俺に追いついちゃ、ダメだろ。まあ、君はすこーしだけコッチに寄りつつあるようだけど」

 ルドはなんの緊張も感じられない声でレオの呟きに答えた。

 その言葉は自分の事を見透かされているようで、レオにとって、心地は最悪だった。

 異能力についてなら、テルフィに聞いていたのかもしれない。しかし、自分が今、どういう状態で生活しているのかさえも分かっているかのようなその口調は、それだけでは説明出来ない。

「かかってきなよ、(ため)してあげるからさ」

 ルドの口調は終始挑発的だ。まるで(わざ)とレオを怒らせようとしているかのように。

 その手には乗らないとは思いつつも、緊張が高まりすぎて、もう、はち切れそうだ。

「君は恐らくだけど、"オルト"に適応しすぎるタイプの人間だ。アリサ先生もその嫌いはあるが、まあ、彼女の場合はあまり影響はない。

 君は……まるで獣だ。思考力がある獣ほど、厄介なものは無いよ」

 情報量が多い。この男は何を、どこまで知っているのだろう。

「君はもう、戻れない」

 その言葉と共に、レオの意識は切れた。張り詰めていた緊張の糸が、プツリと裂けてしまった。

「うる、さいっ」

 これ以上、彼の言葉を聞きたくない一心で、レオは飛び出した。

 意識が無いわけじゃない。ただ、我慢出来なかったのだ。心の奥を、自分でさえ気にしていなかった不安を掻き立てられるようで、一刻も早くあの男を黙らせたかった。

 視界が反転し、いつの間にか地面に叩きつけられていた。受け身も取れず背中から叩きつけられたので、レオはむせ返った。

「ダメだろ、実力も分からない相手に正面から突っ込んじゃ。それとも投げられに来たのか」

 間合いに入った瞬間だった。最早、彼の動きは見ることすらできない。何をやられたのか、全く分からない。まるで、死角を知り尽くしているように見える。いや実際にそうなのかもしれない。

「……っ」

 レオは彼が嫌いだ。心底恐ろしいと思う。しかし、だからこそ、その実力は認めない訳にはいかない。インチキだ、イカサマだなどとは文字通りの口が裂けても絶対に言えない。

 単純な肉弾戦になると、今のレオには(・・・・・・)彼に一泡吹かせるどころか、自分の意思で指一本を触れる事すら……

「降さ……」

 両手を挙げて降参しようとした所で、レオの言葉を遮るように、体育館の外から轟音が聞こえた。まるで、壁が崩れるような、何かが穿たれるかのような轟音。

「…………ッチ!」

 ルドがその音が聞こえる一瞬前に、辺りを見渡して普段の彼の様子には似合わない舌打ちと共に走り出した。

 その速さたるや、レオが無意識にその後を追おうとした時には既に体育館の出口に立っていた。通信機のようなものをどこからが取り出して、仕切りに何かを話している。

「おい!ちょっと待て!」

 レオは廊下を走りながら、前を走るルドの背中に向かって叫んだ。

「君か」

 ルドはこちらを一瞥して一言呟いたが、それきり何も言わず、走り続けた。

「待てって!何だって……あぁ!くそ!」

 彼の背中が徐々に遠くなって行くのを感じ、レオは躊躇いを消した。

 サボって自分達の教室にいたのであろう生徒達が、必死の表情で玄関口まで走っていく中、レオは自分の"力"を解放した。


 今回必要なのは脚。アイツに追いつけるだけの脚だ。それ以外は、上体を支える筋力。あとは、目だろうか。あの速度についていけるだけの動体視力。


 レオは走りながら目を閉じて意識を集中する。身体の中を異物が這い回るような感覚のあと、レオは自分の身体が軽くなったのを感じ取る。

 目を開けると、(試合中だったので)素足だった脚は、異形のものに変容を遂げている。毛むくじゃらのゴツゴツだ。服もパンパンで今にもはちきれそうになっている。

 部分獣化の弊害だな……

 全身獣化ならば何故か服なんかは獣化の影響は受けず、元の姿に戻った時には元の通りに服を着ているのだが、部分獣化はそうもいかないらしい。この状態だと、損傷したり脱いだりした服はそのままだ。靴を脱いでいて良かったと、レオは密かに安堵する。

 この状態ならば、簡単にルドに追いつくことが出来た。しばらく併走を続け、再度疑問を投げかける。

「何だってんだ、あの音は何だ!アンタは分かってんだろ」

 思わず荒い口調になってしまったが、この際は気にしない。そんな事に気を使ってられるほど、レオには余裕は無かった。

「やっぱり獣化か」

 横を見て、ニンマリと笑って全く関係の無いことを言うルド、それに少しイラつきつつ、答えを待つ。

「外を見なよ」

 言われて林の方を見ると、そこにはおどろおどろしい、異様なものが有った。

「なんだよ、あれ」

 ルドがあれが開けたのであろう壁の穴の前に立ち止まったので、レオもその隣に立ち止まり、部分獣化を解く。しかし、何でこの男は獣化してもいないのにあんな速度で走れるんだ?

「こりゃ、国際問題モノだな……上手く誤魔化せるかね……無理だろうな。そもそも国防軍じゃ、ここに来るのも間に合わないだろうし」

 そのルドは苦笑とも、嘲笑とも、失笑とも、微笑とも取れる顔で笑っていた。

「なるべく目立ちたくは無かったけど、これは……なぁ」

 何を言っているのかは分からないが、レオは彼が今から何をしようとしているのかを察した。

 闘うつもりなのだろう。

先生(あんた)、あんなのと闘うのかよ」

 レオは穴から、その化け物の全貌を見る。


 全長は十メートルはあるだろう、校舎の高さ程あるその巨体は黒っぽいモヤで被われており、時折、血管のように青色の光が浮かび上がる。

 その形は、最早なんだか分からない。無数の触手を生やし、その体表に時たま巨大な人の顔と思えるものが浮かんでは沈んでいく。

 それに手や脚に当たる部分はなく、触手を使って這いずるように進んでいる。進むたびに地は(えぐ)れ、木はなぎ倒される。


「お前も、アリサ先生達と一緒に、避難誘導をしててくれないか」

 ルドは、防具を脱ぎ捨て、いつものスーツの姿に戻るとレオにそう言った。

 レオは、こいつ防具の下にスーツ着てたのか、と条件反射的に思う。

先生(あんた)はどうするんだ」

「分かってんだろ」

 ルドはそれきり、走り去ってしまった。


「何だってんだ……」

 レオはどうするかを考えた。彼の指示に従って避難誘導を行うか。(ある)いは指示など聞かずに、別の行動に走るか。

 この場合の別の行動というのは、つまりあれに付いて行く事。

 レオは笑った。

 レオはルドの事が嫌い(・・)である。だから、レオは逆の事をしてやろうと、らしくもない童心ながらもそう思った。付いて……いや、付けていく事に決めたのだ。

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