Eerie
ルドとしては、こんな大会に出る事は望むところではなかった。まして、こんな人が多いところで、しかも、学外の人間も少なからず観戦に来ている中で、目立つことなど、望むところではない。
予選では大して目立たなかっただろう。そういう風に振舞ったし、そういう風に見せる演技も別に苦手ではない。相手によっては手を抜いていることがバレる気がするが、そもそもそんな相手なら手を抜く必要も無い。
ルドは、今までこの大会に出場など、した事は無かった。したくもなかった。何せ、非常に面倒くさい。出る事が、では無い。出場した後が、だ。さすがに本線まで勝ち残るような奴は、そこまで手を抜くことなどできないだろう。負けられればそれが一番いいのだが、今回はそうもいかない……気がする。
「はあ、面倒な……」
待合室となっている更衣室のベンチに座って、ルドは嘆息する。膝の上には今日の試合で使う模造剣がある。
この大会は文字通り何でもありな大会である。さすがに死人が出たとは聞いたことはないが、毎年何人かはけがを負って病院に運ばれるほどの過酷な大会である。
更衣室には合計で八人、皆男でその中にはルドの見知った顔も二人いた。というか、一人はルドの隣の床で体を解している。
その男、ガリグは顔に見合ったごつい声音でルドに語り掛けた。
「なんだよ、せっかく本戦にまで残ったっていうのに、浮かない顔してんな」
ルドはそれを一瞥し、これ見よがしにため息をつく。ガリグは見かけ通りの腕前で、かなりの武道の心得があるようだ。部活の顧問を務める手前、半ば強制的にこの大会に出場している。だが、それを踏まえてみても、彼は割と楽しんでいるようだ。
「俺は目立ちたくないんですよ」
ルドは視線をこうなった原因の一因である男に向ける。彼は試合の前の精神統一でもしているのか、ルドたちとは離れたところにあるベンチに腰掛け、目を閉じて何かをぶつぶつと呟いている。
「ああ、そういえば、ルドせんせは、出たくて出たわけじゃないんだったな。確か……」
「冗談の通じないリクアク先生に、引きずり込まれたんですよ」
ガリグが余計なことを言う前に、ルドは先手をついてそれに割り込むように言った。結果としてその試みは失敗に終わったわけだが。
「そうそう。いやー以外っちゃ意外だったな。せんせは色恋には興味がないもんだと思っていたんだがな」
これ以上詮索されると、また面倒なことになりそうだったので、話は終わりとばかりにルドは立ち上がって部屋を出た。この暑苦しい空間にいると少し、いや、かなり気がめいってくる。
「あんな筋肉の花園にずっとはいたくない」
しかし更衣室を出てもやることはない。ただ試合が始まるまで、隅っこの方で座って時間を待った。
眠くなりそうな時間の中、やっと試合が始まる時間になった。ルドは一試合目が一ブロック目なので、一番初めの試合だ。相手は確か、前回三位だったとかいう一般人だ。名前は憶えていない。
ルドは立ち上がり、近くの係員から一応の確認を受け、コートのラインの中に入る。
ふと目線をあげると、観客席にこの大会に出場することになったもう一人の原因であるアリサが、ある意味この件に噛んでいるテルフィと一緒にこちらを見ていた。彼女が多大な危害を被ることになることが予想されるため、ルドはそうならないように努力しようと思った。普段世話になっているうえ、今となっては同業者である。見捨てるには忍びない。
しかし珍しい組み合わせである。テルフィはアリサの事を目の敵にしている節があると思っていたのだが、何故か今は一緒にいる、いや、真ん中に一人女の子がいるからその影響かもしれない。なんにせよ、いい傾向と言えるのではないだろうか。
それにしてもあの子は……?
ルドはアリサとテルフィの隣に座る女子生徒に目を向けてしばらく観察した後、目を逸らした。
試合相手が入場してきたからである。見るからに喧嘩っ早そうな男がルドの正面に立つ。この距離でわかるほど、彼の身長は高い。ルドの身長が180弱であることを考えると、あれは確実に190くらいはあるだろう。
「試合開始!」
審判の合図とともに試合は始まった。ルドはその場を動かなかったが、さすがに本線まで勝ち上がってきただけあって、男は素早い踏込と共に前蹴りを放ってきた。
「シャアっ!」
ルドはそれを片手でいなし、逆に蹴りの軸足となった左足を同じく左足で薙ぎ払う。
「っ!!」
不意を突いた一撃を繰り出したつもりだったであろう男に、逆に不意を突いて繰り出した足払いだったのだが、それでも対応してうまく受け身を取って距離を離した男。ルドは追撃は仕掛けず、少し離れた場所で体勢を整える。
「…………っ」
男は警戒心からか、先ほどのように突っ込んでは来ない。不意打ちの一撃は看破されてしまえば普通の一撃である。しかしルドは、流石に前回大会で三位なだけはある、と感心していた。ルドとしてはあの足払いで昏倒させたつもりだったのだが、なかなかどうして上手くいかない。
結構勢いつけたつもりだったんだがな。
男が掛かってこないと見ると、ルドは手に持った模造剣を正眼に構える。
どうやら相手は徒手空拳の肉体派の様なので、心おきなく武器を振える。暗器なんかがあれば話は別だが、もしそうなら先の不意打ちの時に使用していたはずだ。不意打ちで決めにかかってきたのだからその成功率を少しでも上げる手段を選ぶ筈だからだ。
「はっ!」
ダンと地面を蹴り、一足で間合いを詰める。狙うは首筋、穿つは命。その踏込から何の遅延もなく、ルドの剣は振り下ろされる。見る人が見れば、その洗練された動きに感嘆するであろう。ルドの動きはそれほど素早く、正確であった。
男は対応できず、腕を顔の横に掲げる事しかできていなかった。何か武器があればそれで防げたかもしれないが……
「今のは”とれた”と思うのですが、如何でしょうか」
ルドは腕に当たる寸前で剣を引き戻し、男に語り掛けた。
喧嘩っ早そうな容姿はしているが、実際は武人気質なのだろう、悔しそうに顔をゆがめつつも、自分の負けを認め、引き下がった。こうして第一試合は終了した。予定よりもかなり早い決着だった。
ルドはこうして、次の試合も特に何事もなく勝ち、決勝戦に至った。ここまでは、ある意味で予定通りだ。問題は、相手方も"ここまで勝ち残っていた"というところであろうか。これは正直予想外である。決勝ではガリグ辺りと当たると思っていただけに、リクアクの台頭は、はっきり言って予想外であった。
実はルドが知らなかっただけで、彼は初めから優勝候補には上がっていた。ただまあ、自分がどういう風に"勝つか"以外に興味の無かったルドにとって、知る筈の無い話だ。
――
中年の巌のような男、ガリグと一見するとひょろりと長い男であるリクアクは、一歩も譲らぬ姿勢で睨み合っていた。それは決闘と言っても差し支えない程に切迫したもので、木剣を握るリクアクは素手であるガリグに対し、そのリーチを活かせずにいた。
彼の闘い方は隙がない、木剣を不用意に振ろうものならすぐさま反撃を食らうことになるだろう。巧い敵というのは単に力が"強い"敵よりもよっぽど恐ろしい。
かく言うガリグも決め手を打てずに内心焦っていた。
リクアクとは三年前から毎年闘っているが、最初に一度勝てただけで、あとの二回はどちらも黒星が付いている。意地があるとか、そういう事では無いのだが、出来るならば勝ちたい。しかし、ガリグは今それなりの歳である。体力面で言えばリクアクの方が有利であるのは明確である。おまけに、彼が持つのは剣である。一撃食らっても即刻敗退とはならないが、判定的には大きく不利に働くだろう。しかし、当たらないように立ち回るのは、このレベルになると絶望的だ。だからこそ短期決戦に持ち込むべきなのだが……
この勝負の勝敗は、意外にあっさりと、されど見る人が見れば感嘆するほどの技と技を双方がぶつけ合い、そして終わった。
――
ルドにとって、武術とは"暇つぶし"でしか無かった。
ルドの仕事では、武術など大した役にも立たないからだ。普通の人間に対してなら、それは大きく有利に働くが、逆に言えばそれだけの話だ。
極端な話、銃火器で武装されていたりすれば、そもそもそのままの肉体で闘おうなどと考えるのが愚かな話だ。まして、それが『異能力者』だったりすれば……
しかし、全く役に立たない訳では無い。同じ土俵に立っていれば、武術の有無は大いに勝敗に関わる筈だ。その立ち居振る舞い、在り方を幾つも学んで、その中から"最善"を導く事も出来るはずだ。ただし、一生をかけて一つの武術を極める人間も居るように、普通の人間にとって、それは殆ど不可能な事なのである。
――――普通の人間にとっては。
「正直、意外だよ。あんたが決勝戦まで残っているだなんてね」
リクアクは試合の直前、向かい合ったルドに嘲笑うように言った。
ルドは返答するのも面倒なので、ただ無言で手元の木剣を片手で持ち直し、下段にだらりと構えた。
「……っ」
「始め!」
リクアクがそれに何かを言おうとしたのと被るように、試合開始の掛け声が入る。どうせ、「何だその構えは、馬鹿にしているのか」とでも言うところだったに違いない。実際、ルドと同じく木剣を構えたリクアクは正眼の基本に忠実な構え方だ。まあ、確かに普通は正眼に構えるのが正解なのだが、今回に関して言えば、その限りでは無い。
「…………」
ルドはリクアクが睨んで来るのを平然と見返し、ただ、待った。
所謂、"読み合い"という奴なのだが、そもそもルドはリクアクが動こうが動かまいが、関係なく自分から"動く気"は無い。
一向に動く気配が無いからであろう。審判が近寄ってきた。だが、それでもルドは動かない。しかし、リクアクはそれを機にルドの周りを摺り足で周り始めた。
ルドは出来るだけ隙を晒している。付け入る隙などいくらでもある筈だ。リクアクに圧を発しているわけでもない。彼は動ける。こちらを打てるだけの要素は、いくらでもある。
「……しっ!」
ルドの真後ろに回ったリクアクは遂に、鋭い踏み込みと共に、木剣を振り下ろした。間合いに入った木剣はルドの頭部をかち割らんとする、気合と重さが篭っていた。
しかし、まあ、ルドにはそれが判った。
ルドは振り返りもせずに、軽く身を引いてそれを躱し、次いで木剣を無造作にリクアクの脇腹に叩き付けた。
「ぬっ!」
防具があるので、そこまで痛みは無いだろうが、少なくとも衝撃は通るだろう。リクアクのそれは渾身の一撃だっただろうが、ルドのそれは、その程度のものでしかない。
「クソっ」
「さっきから煩いよリクアク先生」
ルドは挑発するような言葉を敢えて口にする。どうせさっきの一撃程度では負けを認めたりもしないだろうから。
「な……ッチ!」
直感、あるいは勘、というものがある。戦場で自身に危険が迫った時に、それを事前に察知してその出来事を回避する。という、言うなれば"虫の知らせ"というものだ。
これは本当に第六感的な力なのか、と訊かれれば微妙だと答える他ないだろう。しかし、こと、闘いにおいて言うなれば、これはある程度説明ができる。
生体というのはある種の高精度な探知機だ。その感知距離には限度があるとは言え、音、光、臭気、それだけでなく温度や感触も判る。それらを殆ど無意識のうちに感じ取り、その類推を経験則として、行動する。つまり後ろを向きながらでもそれを感じ取ったとすれば、それは勘や偶然ではなく多数の経験による"危機回避"である。そして、ルドには、それが出来る。別にさっきのも、殺気を感じたとか、気配を感じた、とか、そういう特殊な能力は使っていない。
この世において一番の力となるのは"経験"だ。気持ちでは何ともならないことも、経験しておけば、対応できる。
機微な空気の流れ、聞こえてくる音……感じ取れる全ての要素が"見ない見切り"を可能にする。しかし、それが安定するまでは、気が遠くなるような経験が必要になる。一朝一夕で身につくものでは、決してない。
ルドの挑発は、今のところ上手く働いている。相手が突っ込んできてくれた方が、ルドとしては楽に対応できるからだ。
なまじ武術の知識があるが故に、リクアクはルドの動きについてこれていない。
「クソっ……そんな事は分かっているっ」
しかし、突然リクアクがルドの言葉に対する応えとしては素っ頓狂な事を呟いた時、ルドは軽い"嫌な予感"を感じ取った。違和感と言い直してもいいだろうその感覚の正体はルドが望むに関わらず露顕することとなった。
ルドはそれを見て、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「…………馬鹿騒ぎ、ね」
リクアクは、木剣を構え直すと今度は不気味な笑を浮かべてルドに相対して立った。
「さあ、続けよう」
リクアクは先程までの焦りが消え失せたかのよう落ち着いた、かと言って冷静ではない声音で言った。その声には隠しようのない狂気が滲んでいる。
ルドはしかし、構えを変えることはせず、先程と同じく、リクアクの出方を伺った。
そして、今度はルドが虚をつかれる事となった。
「……!?」
そこに先程までの余裕は無く、ルドは半ば慌てて木剣を合わせる。
カツンと乾いた音を立て、剣は交差する。鍔迫り合いになるのを避ける為、身を引いてリクアクの剣を流し、距離をとる。
「危ないな」
リクアクの動きは明らかに、先程までとは違っていた。それは、動きが良くなった、とかそういう事では無い。物理的に、速く、重くなった。
対応できたのはある意味偶然と呼べるもので、一歩間違えれば大打撃を受けていただろう。
「しゃあっ!」
距離を空けたその間を詰めて、またリクアクが切り込んでくる。
まあ、確かに不意は突かれた。ただ、逆に言えば、それだけである。
「…………」
まともに受け続けていれば、骨が折れかねない剣戟をその場からほとんど動くことなく全ていなす。観客からは歓声が上がる。リクアクとルドの会話は観客には聞き取れないだろう。
「さっきので決められなかったのは痛いですね、リクアク先生?」
ルドは自分に余裕がある事を示すために、剣を受けながらも敢えてリクアクに語り掛ける。と言うのも、リクアクは目に見えて焦った顔をしていたからだ。おそらく、ルドが言ったように彼自身もさっきの一撃で決めるつもりだったのだろう。
身体能力が上がったとは言え、その程度で実力差が埋まるほど、武術は単純じゃない。
「お前、何なんだよ。俺は国に認められた数少ない"達人"なんだぞ……」
不気味な奴め。
リクアクは剣戟を止め、ルドから距離をとる。そして、自分の変化は棚に上げて、ルドを怖れた目で見た。あるいは、自分が変化しているからこそかもしれない。なまじルドに近づいたがばかりにその異様さに気がついたのだろう。
それはそうだ。こんな若造に負けるほど、ルドは若くは無い。
「達人如きがいきがってるなんて、酷い世の中だよ」
リクアクに聞こえるかどうか、微妙な範疇の声音で呟いて、ルドは剣を大上段に構える敢えて隙を晒すように、同時に威圧するように。
「どこの誰があなたの背後にいるのかは知らないですけど……随分と過ぎた贈り物を貰ってるんですね」
「何だと……」
「それは、あなたの力ではないですし、使いこなせるわけもない。本当過ぎたものですよ」
そんな力に頼ったところで、ろくな事にはならないというのに。
彼の力は"オルト"だ。いきなり身体能力が上昇するなど、それ以外に説明はできない。しかし、彼はそれを使いこなしてはいない。いくら"オルト"とは言えど、"万能の超能力"などでは無い。法則があり、やり方というものが存在する。彼はそれが出来てない。
「これはね、こうするんですよ」
ルドは脚を一歩踏み出す。その脚を軸にして思い切り蹴りを放つ。風を切るその蹴りに、リクアクは木剣を顔の横に立てて慌てて跳び退いた。
それは反応のいい行動、普通ならそれが"正解"である。しかし、ルドは不自然出ない程に身体能力を強化し、無理やり次の行動に移した。
則ち、オルトによる強化によって、物理法則に従った範囲で蹴り足を無理矢理途中で止めて、間合いを詰めた。木剣を上へと投げ上げ、落ちてくる間にリクアクの胸ぐらを掴み、右腕を引いて、脚を払う。背中からリクアクは倒れ、その衝撃で息を吐き出す。咳き込んでいる彼の首筋に落ちてきた木剣の柄を掴み、それを突き当てる。
「勝負ありですね」
何も言わないリクアクを一瞥し、ルドは木剣を引きく。「勝者、『ルド・リューラ』!!」という審判の判定が降りた後、ルドはそのままその場を後にした。大方上手く戦えたと思う。床のマットが変な感じに捻れているが、それはまあ、不可抗力というやつとしよう。
そもそも、ルドはこんな大会、出たくなかったのだから。
表彰式は、一応出た。中高生の部の最後にもあったようだが、面倒で見ていなかったのだが、これを見るに、大したものでもない。
なにせ、校長から小さなメダルの入った額縁を貰う程度の簡素なものだった。ルドは一位、そしてリクアクは二位、三位はガリグという、なんと言うか、異様な結果になった。ガリグは準々決勝で勝ち残ったらしい。
「学校の評価上げに貢献してしまったわけだ。センセが図るに図らずに関わらず」
ガリグはニヤリと笑ってルドを苦笑させた。ガリグはさっぱりした性格だ。勝てなかったからと言って落ち込むような人間ではない。そもそも大会の前にも「俺ももう年なんだけど」とかボヤいていたから、自分の身体の衰えも感じているのだろう。その点で見れば、この結果はまずまずと言ったところなのだろう。問題なのはリクアクだろうか。今は特に表に出していないが、むしろ無口なのが逆に不気味だ。
「それでは、最後に、中高生の部優勝のレオ・ブラヌートくん、そして、一般の部優勝のルド・リューラさんによる締めの試合が行われます」
話半分に校長の話を聞いていルドだったが、校長の言葉に忘れていた事実を思い出した。
「……そう言えば、そんなの、あったな」
この大会では、優勝者同士がスペシャルマッチという形で試合を最後に行う事になっている。確か、向上心を持たせるため、とかなんとか。正直そこはどうだっていい。問題があるとしたら、今回の一般の部の優勝者はルドであり、中高生の部の勝者がレオであることだ。
ルドにとって、悪い事ばかりでは無かったということになる。戦力となるかもしれない存在を少しでも多く見つけておくのは、ルド達にとって、重要であった。
「ここは一つ、試してみるのもいいな」
ルドは見落としていたメリットを見つけ、お得な気分で一人、ほくそ笑んでいた。




