Fool
闇夜、住宅街のある家の前に、彼女は現れた。
上空では流れ星のように車が飛び交っている。しかし整然と整えられたそれは、流れ星と言うよりむしろ、星の軌跡を早回しの映像で眺めているかのようであった。
その中に飛来する一つの黒い影を見つけ、彼女は呟いた。
「あら、クロウ」
クロウはこの国にはいない筈の真っ黒な鳥である。澄んだきれいな声で鳴く、美しい鳥である。
肩にとまった奇麗な光沢を放つ羽をもつクロウの頭をなでながら、彼女はその脚に手紙が巻かれていることに気が付いた。こんなことをする奴は、一人しかいない。
「さてと……」
手紙をクロウから受け取り、小さくたたまれたそれをもとの大きさに広げる。
『ジェーン宛
お前にこの手紙を送ることが些か増えた気がしなくもない。まあ、それはさて置き。今回は一応お前に伝えたいことがあったからクロウに手紙を持たせた。マフニ殿からの依頼として読んでくれ。
簡潔に書くが、前回捕まえた能力者二人が脱走したらしい。民間への被害も考えられるから早い事対処することが望まれている。内容は簡単だ。早急な排除。これに尽きる。
追伸、少なくとも男の方は死んでいたはずだ。それが少し引っかかる、注意されたし。』
ジェーンはそれを読み終え、半分に折りたたんで、それに向かって爪を弾いて燃やす。それを地面に投げ捨て
「なるほどねぇ……。クロウ、ありがと」
クロウはジェーンのその言葉を聞いて誇らしげに一声鳴いた後、彼女の肩から飛び立った。
「さて」
ジェーンは呟き、歩き出す。
足に力を籠め、闇夜に飛び上がった。白いコートと白い髪をたなびかせて空を駆る。彼女の力は、こういうことをするのが得意だった。あらゆることに必要なエネルギーを節約してしまう、ある意味で力任せな力なのだ。
この世の理を捻じ曲げる、ある意味で”オルト”らしい力ではあるとは思うが……
何度目かの跳躍の後、力を調整して体に負担を掛けないようにして、地面におり立つ。
ジェーンはその時、何か異質な気配を感じ取った。
彼女がここに来たのはただの偶然で、何かをしようと思っていた訳ではない。ただ、何となく散歩感覚で寂れた住宅街に来ていただけだ。しかし、そこで感じた異質な感覚はさも彼女を待ち受けていたかのように近づいてきた。
「誰かしら?」
「お久しぶりです。白髪のお姉さん」
それは、男だった。体格からして、少なくとも女ではない。そして、彼の付けた真っ黒な仮面には見覚えがあった。
「あら?『ジャック』さん、だったかしら。アナタから訪ねてくるなんて、意外な事もあったものね」
ジェーンは、意外感を隠しもせずに、ジャックに応じた。
成程、彼ほどの男ならこの異様な感覚も納得できる。
「えぇ、昨日の今日……という程でも無いですが、不自然なのは自分が一番理解していることですよ」
ジャックはジェーンを前に、警戒もせず自然体で立っている。それを見て、ジェーンは彼が今日、闘うために来たのでは無いということが分かった。
「それじゃ、不自然な訪問の裏には何があるのかしら?」
「『均衡』ですかね」
「アナタ……」
「それも文字通り、世界規模の」
ジャックの声は至って真面目で、冗談や嘘を言っているようではない。最も、そんなのは訓練でいくらでも操作は可能だから、あんまり当てにはならないのだが。
「アナタには同じ匂いがしないのだけれど……まあ、いいわ。
それで?」
ジェーンは手を振ってその話を流し、本題に戻る。まだ、彼が何をしに来たのかを聞いていない。
「彼女らの居場所をお教えしましょう」
ジャックは平然と、そう述べた。少なからず、ジェーンはそれに驚き、同時に彼の言ったことに納得した。
「アナタは仮にもアレの仲間でしょう?いいのかしら、そんな事して。むしろ助けるべきではなくて?」
「確かに、普通はそうすべきなのでしょうが……彼女達は、少なくとも彼は死んでおりますので」
「助ける必要は無いと仰る?
少なくとも女の方は生きているんじゃないかしら」
彼の返答は平然とした冷たいものであった。まるで慈悲と言うものが感じられない。だが同時に、そこには何か"信念"のようなものも感じられた。
「今の彼女は"生きている"なんて言える状態ではないですよ」
ジェーンはジャックが仮面の下で苦笑している事を雰囲気で感じ取った。
悲しみなどではない、決して、断じて。そして、それと同じような雰囲気を放つ人物を彼女はよく知っている。
「アイツに似てるのね、アナタ」
問でも何でもない、ただ、口をついて出た言葉。
「はて、どなたでしょうかね」
当然ながら、ジャックも首を捻っている。
「いや、何でもないわ。そうね、アナタが何を企んでいるのかは知らないけれど、アナタの持っている情報はとても美味しそう。
話を聞かせてもらっても、いいかしら?」
「喜んで」
執事のように頭を下げた彼の仮面の下は、ニンマリと笑っているよう感じた。
ーー
ーーーー
「馬鹿な!何をどうしたらそうなると言うんだ!」
男の怒声が部屋に満ちた。薄暗い部屋には彼以外に人影はない。しかし、彼はあたかも何者かがいるかの様に怒りを振りまく。
「僕が依頼したのは、アイツの情報を仕入れる事だろ!」
すると、どこからとも無く声が響いて聞こえてくる。その声音は呆れているようでもあった。
『そうは言ってもねぇ……、本当の意味で彼を貶めるためなら、それだけでは足りないと思うよ、僕はね。
そりゃあ、僕も彼は憎い、だから君にも協力している。だけど、君の方針だけじゃ、君は彼には勝てないよ』
「うるさい!死体を集めて何になるって言うんだ!お陰で僕の家は墓場だよ!大体、本当に協力する気なら、ちゃんと言った通りにしろよ!」
『本当に君は……
まあ、いいさ。君に協力すると言ったのは僕だからね。今は、君がいない事には僕もどうしようもない。仕方ないから従うよ』
「ああ、そうだ、それでいい」
見えない声が呆れながらも男に協力する素振りを見せると、彼はそれで満足したのか、息を荒くしたまま、一先ずは鎮まった。
『ああ、ただ、死体集めは続けさせてもらうよ?君の計画はさて置きね。それに今のままの君じゃ、どうやっても彼には勝てないというのは、紛れもない事実だよ。確かに同じ土俵の上に立たせたことは素晴らしい戦果だけど、それだけじゃ足りない』
「なんだと……?
お前の力があっても足りないって言うのか?馬鹿言うなよ」
『はぁ、まあ、いいさ……それじゃぁ、君の言った通りにするよ。それじゃまたね』
男は誰もいなくなった部屋で一人、今後の事に思いを馳せて、下卑た笑を浮かべていた。彼には今、周りは見えていない。盲目的なまでの恋慕は、彼を紛れもない狂気へと導いていた。
狂気には二つの種類がある。
一つは自分だけにとどまらず、世界をも良い方向へと転ばせてしまう狂気。
これを成すものは、大抵は生前、狂気として切り捨てられたような"英雄"である。その死後に英雄として祭り上げられたその存在は、何れも一つは狂った信念を元に動き続けていた。その在り方は確かに狂気だ。
――――そしてもう一つは、周りをも巻き込んで自滅へと至る狂気。
たとえ名を成せど、それを讃えられることは決してなく、時に禁忌として語られることすら憚られるような、絶対的な狂気。
狂気とは、人を動かす絶対的なエネルギーだ。それがいい事なのか悪い事なのかは、後にならなくては絶対に、分からない。
果たして彼はどちらの狂気を味方につけているのか、それを知る由は、誰にもない。




